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最初のカナダ留学:想定外のホストファミリー(2)

前回のお話:

ネルソンさんはフレデリクトンの空港で長年管制官を勤めたあと、今は退職して趣味のアマチュア無線と語学の勉強をしながらのんびり暮らしているのだと言っていました。奥さんは退職した看護婦さん、子供は6人いて、4人は結婚して独立(そのうちの1人がカルガリーの娘さん)、2人が今でも実家で一緒に暮らしていました。

ネルソンさんはロシア語を勉強中とのことでした。私は新潟大学で培ったロシア語の知識を披露して拍手喝采を受けました。余談ですが、第二外国語でロシア語を選んだのは「落第しそうでも学園祭でロシア語劇に出れば単位を出してもらえる」から。というわけで私が知っているロシア語は「ああ、私の綺麗なこども部屋!」(チェーホフ「桜の園」)とかホント役に立たないんですが、国際交流の場での一発芸としては有用でありました。

カルガリーの娘さんが言っていた「天使のような妹」は、ジニーという名で老人ホームの看護婦さんをしている30代、弟のアルは高校を卒業した後メンタルを病んで実家暮らし、ホテルの皿洗いの仕事をしていました。

移民と交流するのが大好きだというネルソンさんの一家は、とんでもなく遠い国から来たアジア人の留学生を「ウチの子」扱いして可愛がってくれました。ご近所の方にも親戚にも、「うちで日本人の女の子を引き取ったんだよ!なんと髪が黒いんだよ!わははは!」といつも同じネタで紹介され、週末ごとにゴハンを食べさせてくれて、私の持病が悪化したときには病院にも連れて行ってくれました。

UNBの寮は、日本の少女漫画に出てくるヨーロッパの寄宿学校のようで、それはそれは素敵な雰囲気のところでした。しかし私はなかなか寮の生活に馴染めませんでした。寮生はみんな高校を出たばかりの新入生でハイテンション、新入生歓迎の大騒ぎが続く中、口数も少なく、監督生でもないのに個室をもらっている留学生は、友達をつくるきっかけをつかめずにいました。

ちょっと寂しい思いをしていた私を、ネルソンさんの一家は心配して、金曜日には当たり前のように寮に迎えにきて、週末を一緒に過ごすようになりました。その後、上級生が多い寮に引っ越してからは友達もでき、学校生活にも慣れてきましたが、ネルソンさんちへの「帰省」は留学期間が終わるまで続いたのです。(続く)

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