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儚いプロンプト、残るのは「眼」:AIポートレートの経験値




どうも、ナギです。

AIでポートレイトのプロンプトを手探りする中で、
気づいたことを書き留めておこうと思います。


私は主に「FLOW」というツールを使っているので、
生成モデルは「nano banana」や「imagen」系になります。

その中で理想の絵作りを模索しているのですが
つくづく思うのは、
プロンプトは、実に「はかない」
ということです。

最高の組み合わせを見つけて「これだ!」と思っても、
モデルが変わればその効き目はガラリと変わってしまいます。
それどころか、同じモデルでもバージョンが上がっただけで、
昨日まで出せていた画像が二度と作れなくなることすらあります。

さすがにnsfw規制ほどの変化が早いわけではないにせよ
手堅く積み上げるということが難しい。

道具の癖を学ぶ「恩恵」が短い時代

アナログ写真の時代を思い返すと、カメラやレンズ、あるいはフィルムには、それぞれ固有の「癖」がありました。ユーザーはそれらを体験的に学び、時間をかけて手の内に収めていく。この習熟のプロセスこそが「スキルの向上」のひとつでした。

でも、画像生成AIの世界は違います。
大前提である学習モデルの癖をようやく掴んだとしても、
その恩恵にあずかれる期間は酷なほど短いのです。

そんな変化の激しい世界で、一体何が「経験値」として
自分の血肉になっていくのだろう?

そう考えたとき、いくつか思い当たることがありました。

経験値の正体:語彙とアプローチ

ひとつは、シンプルに「プロンプトの語彙(言葉)」を増やすことです。

単語をたくさん知っていれば、新しいモデルに対しても
「これなら効くか?」
「こっちはどうだ?」と、
自分の引き出しの中から次々と試せます。

もうひとつは、「伝え方の選択肢」です。
いや、正直、うまい表現が見当たらないのですが、

「腰に手を当てる」という具合に、具体的に指示するのか、
あるいは「自信に満ちた性格」と内面から指定するのか。
そういう問題です。

抽象的な意図を汲み取れるモデルならば、
後者のような指示が可能だし、
研究次第ではさらにオプションは増やせそうです。

こうした「伝え方の表現方法の引き出し」を
増やすことも、確かな経験になります。

最後に残るのは「判断する目」

でも、これら以上に大切な「究極の経験値」がある気がします。
それは、
出てきた画像の良し悪しを判断する目」。

どんなに優れたプロンプトを使っても、
最後の最後に「これが良い」と判断するのは人間です。
優れた画家や写真家と、そうでない人の違いはきっと
「見えているものの解像度」が違う。

細かな光の回り方、影の落ち方、モデルの視線のわずかな揺らぎ……。
それを見逃さず、瞬時に「これだ!」と判断できる感覚。

こればかりは、モデルがいくら進化しても、
古びることのない「腕前」なのだと思います。

おわりに

結局のところ、まずは
「良い」と言われている作品をたくさん見ること
が、一番の近道なのかもしれません。

AIという魔法の道具を手にしても、最後は自分自身の「眼」がたいせつ。

そんな原点に立ち返り、名作と呼ばれる写真たちを
普段からいろいろと眺めていこうと思いました。

皆さんは、画像AI時代の「腕前」とは何だと思われますか?
好きなフォトグラファーはいらっしゃいますか?

model: whisk(imagen) / プロンプトは近日シェアします.
最後までご覧くださり、ありがとうございました.



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