マッチ箱の家
私が生まれてから七歳まで住んでいた家は、府中にあるマッチ箱のような小さな一軒家でした。狭いながらも庭があり、母が四季折々の花を育てていました。隣の家との境には、絵本の中にあるような白い手作りの柵が建てられ、チャノキが植えられていました。
家の前は砂利道で、周辺には畑や原っぱも多く、砂埃でしょっちゅう結膜炎になっていました。当時は近所の子どもたちが集まって集団で遊んでいました。何をしていたのか覚えていませんが、よく畑に入って大人から怒られていたような気がします。畑には葱坊主が植わっていました。
家では、二段ベッドの下段で寝ていました。冬の寒い時期になると、足が冷たくて眠れないので、母のふとんにもぐりこんで太腿で温めてもらっていました。
ある夏の夜、落雷で部屋の裸電球が破裂しました。真下にいた姉が、粉々になったガラスの破片を被りました。その髪を母に櫛でといてもらっているシーンが、今も目に焼き付いています。
父はよく三畳間で胡坐をかき、アマチュア無線をやっていました。私は父の胡坐の中に納まって、どこか遠くの人と通信しているのを聴きながら過ごすのが好きでした。父はそんな私の頭に顎を乗せて、カクカク歯を鳴らして遊んでいました。
私の頭蓋骨の頭頂部が陥没しているのは、そのせいだと思っています。
