【自分らしく】の【自分】がなくてもいい
先日、yukariさんからコメント欄でこんな言葉をいただきました。
カンナさんって本当に面白ステキです🤣
yukariさんは、noteで知り合ってお会いしたこともある、とっても美しく魅力的なフローリストさんです。そんな素敵な方から「面白ステキ」というときめく言葉をいただけて嬉しかったので、これを私カンナの公式キャッチコピーに制定させていただきます!
これから自己紹介では
「あ、どうも。 面白ステキな をかし探求隊 隊長 カンナです。
以後、お見知りおきを( • ̀ω•́ )キラーン✧」
と名乗ることにします。
noteに来たのは2022年7月。そのときは、ただのカンナでした。
をかし探求隊隊長になったのが、2024年2月24日です。
そしてこれからは 面白ステキな をかし探求隊 隊長 カンナ です。
このように、私を形作ってくれたのは「note」であり、その中身である私自身は空っぽです。
空っぽとはどういうことかというと、そこにあなたが流れ込んでくるのです。
「自分らしく」とはよく聞く言葉です。
自分らしくの自分てなんでしょう?
私は、自分には自分がないと子どもの頃からずっと思っていました。
それはたとえば自我が目覚めてくる思春期ごろ、まわりの友達は自己と他己が激しくぶつかり合い、火花を散らします。
「Aちゃんがこれこれこうでむかつく」とBちゃんが言います。
私はそれはそうだよね、と同意します。
「Bちゃんがこれこれこうでむかつく」とAちゃんが言います。
私はそれはそうだよね、と同意します。
これってずるいコウモリなんじゃ?と思うわけです。
でも、Aちゃんと話しているときもBちゃんと話しているときも、私は本心からなるほどそうだよね、と思っているのです。
私の中では矛盾がないのですが、外からの視点でみれば、意見に一貫性がなく、最悪嘘つきと思われることになります。
「自分らしく」と言われても自分に一貫した自己がなく、それはおかしいと思っていました。それが、つい最近あるきっかけで「自分らしさがない人もいる」とわかったのです。
それはスタエフで偶々見つけた配信で「自愛をするな!自分らしく生きたらアウト」というかなり強い口調のタイトルでした。
この煽り文句に惹かれて聴いてみると、実に腑に落ちたのです。
星占いとはまた別の区切り方で誕生日によって分類されたグループの中の、あるひとつのグループに所属する人は、自分がないので、自分らしく生きようとすると自分を攻撃してしまうという話でした。
このグループの人は、セルフヒールの力を外側に向けて使う、人様が自分らしく生きられることを創り出す、手伝う、プロデュースすることが使命であるということです。私もそのグループだったのです。
この占い?宗教?自体には興味がないので、これ以上深掘りはしませんが、この配信単体の内容は本当に腹落ちするものでした。
私が今noteでやっていることも、これだと思ったのです。
さらに、このグループの人は、演技派俳優に多いということです。
自分がないから、自分じゃない誰かになれる才能があるのだとか。
これまたシンクロで、私は今スタエフの声劇で、自分ではないキャラクターを演じるのが楽しくてしょうがないのです。
この考え方を知り、今どんどん自由になってきている自分が、さらに自由になれた気がしました。
もし、私と同じように自分がないと感じ、自分を責めている人がいたら伝えたいです。自分がないタイプもいるということを。
自分がないので、人の話を信じやすいです。ちょろいです。
あなたの言葉、全部真に受けます。
若いころにはだまされて傷ついたこともありました。
私はあまり他人に関心がありません。
空っぽの私に、目の前のあなたが100パーセント流れ込んでくる。
それが私の向き合い方です。
noteで、スタエフで、これからも皆さまに楽しんでもらえるよう精進しますので、また一緒に遊んでください。

真ん中の鳥が隊長ですねわかります
Kanna じゃなくて Canna です
