効率化も取捨選択が必要
知識があれば仕事ができる、というわけではないのは明らかです。
テレビのクイズ番組を観ても「頭が良い=知識が豊富」といった図式になりがちだと思います。
プログラミングでも、すでにあるパーツを組み立てるようにすれば一応は機能するものが出来上がります。「車輪を再発明する必要などない」というわけです。
しかしそれで「考える」能力が高まるのでしょうか。少ない命令であらゆる動作をさせるプログラムを組むことは無駄な努力なのでしょうか。
効率化を追い求めると、究極的には「問題解決の情報をいかに早く見つけるか」に行き着くように思います。誰かが考えたソリューション(アルゴリズム)を見つけ出すほうが、自分で考え出すよりも明らかに早いからです。
それで万事がうまく回るのであればよいのですが、それでも「予期せぬ出来事」というものは起こるものです。解決方法が見つからないとなれば、どうするのでしょう。場合によっては何をすればよいのかわからない「パニック状態」になるかもしれません。
そんな時に瞬時に判断し行動するためには、普段の思考(アルゴリズムを作り出すこと)が必要だと思います。誰かが考えた解決策に頼らず、自分自身で判断する能力は普段から鍛えておくことが必要です。
どのような複雑な問題であっても、その解決に必要なパーツはそう多くないと思います。要はベースとなるルールがあって、そのルールを守る形でいかに解決方法を見つけ出す(アルゴリズムを生み出す)かがポイントというわけです。これはまさに、数個の命令でプログラムを組むのと同じ理屈だと思います。
あとは自分なりにどうルールを作り、それをどのように組み合わせてあらゆる問題や課題を解決するのかを場数を踏んで考えることが必要だと考えます。
そのためには非効率と思えることもしなければなりません。つまり効率化の取捨選択が必要だと思うのです。
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