見知らぬ人の、親切——名前も、知らないのに
一 傘を、貸してくれた人
名前も知らない人に、ふいに、優しくされた記憶は、なぜか、ずっと、残っている。
もう、何年も前のことだ。突然の、夕立に、降られたことがある。傘を、持っていなかった。駅の、軒下で、雨が、弱まるのを、待っていた。けれど、雨は、いっこうに、やまない。困り果てて、立ち尽くしていたら、隣にいた、年配の女性が、そっと、ビニール傘を、差し出してくれた。「これ、使って。私は、もう、すぐそこだから」と。
私は、驚いて、「でも、お返しが」と、言いかけた。その人は、笑って、「いいのよ、そんなの。誰かに、また、貸してあげて」と、言って、雨の中を、歩いていった。私は、その、名前も知らない人の、背中に、頭を下げた。傘は、どこにでもある、安い、ビニール傘だった。けれど、あの、雨の日に、差し出された、その傘の、温かさを、私は、いまでも、よく、覚えている。
不思議なものだ。もっと、親しい人から、もっと、高価なものを、もらったことも、あるはずなのに、その、名前も知らない人の、ビニール傘のことを、私は、何年経っても、忘れられない。今日は、その、見知らぬ人の、親切について書きたい。名前も、知らない。二度と、会うことも、ない。それなのに、なぜか、ずっと、心に、残る。あの、ふいの、優しさの、話を。
二 見返りを、求めない、優しさ
見知らぬ人の、親切が、なぜ、こんなにも、心に、残るのか。考えてみて、思い当たったのは、そこに、見返りが、ないからだ、ということだ。
親しい人との、優しさには、どうしても、関係性が、絡む。お世話に、なったから、お返しをする。次に、会ったときに、気まずくないように。あるいは、無意識に、「これだけ、してあげたのだから」という、期待が、混じる。それが、悪いわけでは、ない。人間関係とは、そういう、やりとりの、積み重ねだ。けれど、見知らぬ人の、親切には、それが、ない。あの、傘を、くれた人は、私から、何かを、返してもらうことを、まったく、期待していなかった。二度と、会わないのだから、当然だ。お礼を、言われることすら、求めていなかった。ただ、困っている人が、いたから、手を、差し伸べた。それだけだった。
この、見返りの、ない優しさ、というものに、私は、なぜか、深く、打たれる。人が、何の、得にも、ならないのに、他人に、優しくする。その、瞬間に、その人の、いちばん、澄んだ部分が、表れているような、気がするのだ。損得を、超えて、ただ、目の前の、困っている人に、手を、貸す。前に、感謝について書いたとき、見えない手を、見る、という話をした。見知らぬ人の、親切は、その、見えない手が、ふいに、目の前に、現れる、瞬間だ。世界は、案外、こういう、名もなき優しさで、そっと、支えられているのかもしれない。
そして、この、見返りのない優しさは、受け取った側の、心に、不思議な、余韻を、残す。お返しを、しようがないから、その、優しさは、宙に、浮いたまま、心に、留まり続ける。返せない、贈り物は、いつまでも、光を、放ち続ける。あの、傘の、温かさが、何年も、消えないのは、たぶん、私が、それを、あの人に、返せなかったからだ。返せない、からこそ、私は、それを、別の、誰かに、渡したくなる。「誰かに、また、貸してあげて」。あの人の、言葉は、そういう、優しさの、めぐり方を、教えていたのである。
三 コンビニの、店員さんの、一言
大それた、親切だけが、心に、残るわけでは、ない。もっと、小さな、ささやかな、優しさも、ふいに、心を、温める。
ある、ひどく、落ち込んでいた日のことだ。何もかも、うまくいかなくて、うつむいて、歩いていた。夜、コンビニに、寄って、温かい、飲み物を、買った。レジの、店員さんは、若い、男の子だった。特に、愛想が、いいわけでも、なかった。ただ、飲み物を、渡すときに、「あったかいの、入れときますね。寒いですから」と、ぼそっと、言った。それだけだ。それだけの、ことだった。
けれど、その、一言に、私は、泣きそうに、なった。誰も、私の、落ち込みなど、知らない。あの、店員さんも、もちろん、知らない。ただ、寒い夜に、温かい飲み物を、買った客に、「寒いですから」と、言っただけだ。マニュアルにも、ない、ただの、ひとりごとのような、一言。それなのに、その、何気ない、気遣いが、その日の、私の、こわばった心を、ふっと、ゆるめた。誰かが、私のことを、ほんの少し、気にかけてくれた。ただ、それだけのことが、あんなに、しんどかった夜に、どれほど、しみたことか。
前に、聞くことについて書いたとき、人は、気にかけてもらえると、この世界に、居場所が、一つ増えた気がする、と記した。あの、店員さんの、一言は、まさに、それだった。私に、ほんの一瞬、居場所を、くれた。彼は、たぶん、そんなことを、意図しては、いなかっただろう。次の、瞬間には、忘れていたに、違いない。けれど、彼の、何気ない一言は、私の、いちばん、しんどい夜に、確かに、届いた。優しさは、大きさでは、ない。あの、七文字ほどの、一言が、どんな、立派な、励ましよりも、私を、支えたのである。
四 親切は、記憶の中で、育つ
見知らぬ人の、親切について、面白いと思うのは、それが、時間が、経つほど、心の中で、育っていく、ということだ。
その場では、「ありがとうございます」と、言って、通り過ぎた、小さな親切。それが、あとになって、ふと、思い出されて、じわじわと、温かさを、増していく。あの、傘の人も、コンビニの、店員さんも、その瞬間は、ほんの、数秒の、出来事だった。けれど、その、数秒の、優しさが、私の中で、何年も、残り、思い出すたびに、心を、温め続けている。親切は、受け取った、その瞬間よりも、あとから、効いてくる。まるで、遅れて、届く、手紙のように。
なぜ、そうなるのか。たぶん、見知らぬ人の、親切は、「世界は、そんなに、冷たくない」という、証拠だからだと思う。日々、生きていると、理不尽なことや、冷たい仕打ちに、傷つくことが、ある。人間不信に、なりかける、ことも、ある。そういうときに、ふと、あの、傘の人や、コンビニの、店員さんの、優しさを、思い出す。すると、「そうだ、世界には、見返りも、求めずに、他人に、優しくできる人が、いるんだ」と、思い出せる。前に、不安について書いたとき、小さな確かなものが、錨になる、と記した。見知らぬ人の、親切の、記憶も、似ている。それは、世界への、信頼を、つなぎとめる、小さな、錨なのだ。
だから、私は、そういう、小さな親切の、記憶を、大切に、しまっている。すぐに、忘れて、しまいそうな、ささやかな、優しさを、心の、引き出しに、そっと、入れておく。そして、世界が、冷たく、感じられるときに、その、引き出しを、開ける。傘の人の、笑顔。店員さんの、ぼそっとした、一言。それらを、思い出すと、ささくれた心が、少し、なだらかに、なる。見知らぬ人の、親切は、その場限りの、出来事のようで、実は、一生ものの、宝物に、なりうるのである。
五 道を、教えてくれた、親子
もう一つ、忘れられない、光景が、ある。ずいぶん前、知らない街で、道に、迷ったときのことだ。
地図を、見ても、どうにも、方向が、わからず、途方に暮れて、いた。そこへ、小さな、男の子を、連れた、お母さんが、通りかかった。私が、地図と、街並みを、見比べて、困っているのに、気づいたのだろう。「どこか、お探しですか」と、声を、かけてくれた。私が、行き先を、告げると、お母さんは、少し、考えて、「ここからだと、少し、わかりにくいんですよ」と言って、なんと、その、曲がり角まで、一緒に、歩いて、案内してくれた。
驚いたのは、その、男の子だ。まだ、五つか、六つくらいの、その子が、私を、見上げて、「こっちだよ」と、小さな手で、道の先を、指さした。お母さんの、真似を、しているのだ。困っている人が、いたら、助ける。その、当たり前のことを、その子は、お母さんの、背中から、学んでいる、最中だった。曲がり角で、お礼を、言うと、お母さんは、「いえいえ」と、笑い、男の子も、得意げに、手を、振ってくれた。私は、その、親子の、後ろ姿を、見送りながら、なんだか、胸が、いっぱいに、なった。
前に、育て方について書いたとき、良いものは、説教ではなく、用例として、手渡される、と記した。あの、男の子は、まさに、それを、受け取っている、途中だった。お母さんが、見知らぬ人に、優しくする、その姿を、そばで、見て、優しさの、作法を、体で、覚えている。あの子は、いつか、大きくなって、また、誰かに、道を、教えるのだろう。そのとき、あの子は、覚えていないかもしれない。でも、あの日、お母さんと、一緒に、私を、案内した、その経験は、あの子の中に、確かに、残る。優しさは、こうして、親から、子へ、そして、次の、世代へと、受け継がれていくのだと、その、小さな手の、しぐさが、教えてくれたのである。
六 渡す側に、なる
これだけ、見知らぬ人の、親切に、支えられてきたのだから、今度は、私が、渡す側に、なりたい。そう、思うように、なった。
けれど、これが、意外と、難しい。見知らぬ人に、親切にするのは、少し、勇気が、いる。声を、かけて、迷惑がられたら、どうしよう。おせっかいだと、思われたら、どうしよう。そういう、ためらいが、湧いてくる。困っている人が、いても、「余計な、お世話かもしれない」と、思って、通り過ぎてしまう。あの、傘の人のように、さらりと、手を、差し伸べることが、私には、なかなか、できなかった。
でも、あるとき、思い切って、やってみた。駅で、大きな荷物を、抱えて、階段の前で、困っている、お年寄りが、いた。以前の、私なら、迷って、通り過ぎていた。けれど、あの、傘の人のことを、思い出して、「お持ちしましょうか」と、声を、かけてみた。その人は、少し、驚いた顔をして、それから、「ありがとう、助かるわ」と、笑ってくれた。荷物を、運んだのは、ほんの、数十秒。けれど、その、数十秒で、私の、胸は、じんわりと、温かくなった。親切を、渡すことは、渡された側だけでなく、渡した側の、心も、温めるのだと、そのとき、初めて、知った。
前に、感謝について書いたとき、感謝は、伝えた側も、温かくなる、と記した。親切も、同じだった。渡すことで、自分も、温かくなる。しかも、面白いことに、一度、渡してみると、その、ためらいの、ハードルが、少し、下がる。「案外、喜んでもらえるんだ」と、わかると、次から、少し、声を、かけやすくなる。前に、続けることについて書いたとき、小さな成功が、次の力になる、と記した。親切も、同じだ。小さな、親切を、一つ、渡すと、それが、次の、親切への、勇気に、なる。私も、少しずつ、あの、傘の人に、近づいていけるかもしれない。そう、思えるように、なったのである。
七 優しさは、めぐる
見知らぬ人の、親切について、いちばん、美しいと思うのは、それが、めぐっていく、ということだ。
あの、傘の人は、言った。「誰かに、また、貸してあげて」と。あの言葉が、ずっと、私の中に、残っている。あの人は、私に、傘を、貸すと同時に、優しさを、めぐらせる、という、宿題を、そっと、手渡していったのだ。私が、受け取った、優しさは、私のところで、終わらない。私が、それを、別の、誰かに、渡す。渡された人が、また、別の、誰かに、渡す。こうして、名もなき優しさは、人から、人へと、めぐっていく。前に、感謝や、機嫌について書いたとき、良いものは、伝染し、循環する、と記した。優しさも、同じだ。ひとつの、親切が、めぐりめぐって、いつか、思いがけない、ところで、また、誰かを、救う。
考えてみると、私が、あの、お年寄りの、荷物を、運んだのも、めぐりの、一部だった。私は、傘の人から、受け取った、優しさを、階段の前の、お年寄りに、渡した。あのお年寄りも、いつか、別の、誰かに、優しくするかもしれない。傘の人が、まいた、種が、私を通って、次の、誰かへと、渡っていく。前に、育て方について書いたとき、良いものは、時差を、もって、めぐる、と記した。優しさの、めぐりにも、時差がある。何年も前に、受け取った、傘の温かさが、いま、私を通して、別の、誰かへと、渡っていく。この、時間を、超えた、めぐりに、私は、静かな、感動を、覚える。
そして、この、めぐりの、いちばん、いいところは、渡した相手から、返してもらう、必要が、ないことだ。私は、傘の人に、傘を、返せなかった。けれど、代わりに、別の、誰かに、渡すことで、その、優しさに、報いることが、できる。前に、受け取ることについて書いたとき、受け取ったものを、そのまま、次に、こぼす、という話をした。見知らぬ人の、親切は、まさに、それだ。受け取った、優しさを、くれた人に、返すのでは、なく、次の、誰かに、渡す。この、「返す」のでは、なく「渡す」という、めぐり方が、優しさを、世界中に、広げていく。優しさは、貸し借りでは、なく、リレーなのである。
八 名前を、知らないから、こそ
見知らぬ人の、親切には、名前を、知らない、からこその、良さも、ある。
親しい人からの、優しさは、うれしい。けれど、そこには、どうしても、「私だから、優しくしてくれた」という、要素が、ある。私という、特定の、人間への、好意。それは、それで、ありがたい。一方、見知らぬ人の、親切は、違う。あの、傘の人は、私が、誰なのかも、知らずに、優しくしてくれた。私が、どんな、人間で、どんな、価値が、あるかとは、まったく、関係なく、ただ、「困っている、人間」だから、手を、差し伸べてくれた。
これは、考えると、すごいことだ。相手の、素性も、価値も、問わずに、ただ、目の前の、人間だから、優しくする。そこには、条件が、ない。あなたが、こういう人だから、優しくする、のでは、ない。ただ、あなたが、そこにいて、困っているから、優しくする。前に、感謝と敬意について書いたとき、敬意は、条件つきの、評価とは違う、という話をした。見知らぬ人の、親切も、同じだ。それは、無条件の、優しさだ。だからこそ、そこには、人間の、いちばん、根源的な、善さのようなものが、表れている、気がする。
そして、名前を、知らないからこそ、その優しさは、純粋なまま、記憶に、残る。もし、あの、傘の人と、その後、親しくなって、いろいろな、面が、見えてきたら、あの、傘の記憶も、複雑な、ものに、なっていただろう。けれど、名前も、知らず、二度と、会わないからこそ、あの、優しさは、あの、一瞬の、美しさのまま、私の中に、保存されている。すれ違っただけの、関係だからこその、混じりけのない、優しさ。それは、深い、関係の中の、優しさとは、また、違う、種類の、輝きを、放っているのである。
九 結び——世界は、案外、優しい
雨の日に、傘を、貸してくれた、名前も知らない人。落ち込んだ夜に、「寒いですから」と、言ってくれた、コンビニの、店員さん。荷物を、運ばせてくれた、階段の前の、お年寄り。どれも、ほんの、数秒か、数十秒の、出来事だ。けれど、その、小さな、優しさの、記憶は、私の中で、いつまでも、温かい光を、放ち続けている。
これまで、私は、たくさんの、感情や、関係の、作法について、書いてきた。不機嫌、焦り、嫌いな人。しんどいことも、たくさん、書いた。世界は、ときに、理不尽で、冷たい。それは、本当だ。けれど、それと、同じくらい、確かなことが、ある。世界には、見返りも、求めずに、見知らぬ他人に、優しくできる人が、たくさん、いる、ということだ。名もなき、優しさが、そこら中に、ひっそりと、存在している。私たちは、その、優しさに、気づかないだけで、実は、たくさん、支えられて、生きている。
前に、小さな幸せについて書いたとき、幸せは、探すのではなく、気づくものだ、と記した。見知らぬ人の、親切も、同じだ。気づこうと、思えば、日々の中に、小さな、優しさは、たくさん、ある。道を、譲ってくれた人。落とし物を、拾ってくれた人。エレベーターを、待っていてくれた人。それらの、名もなき優しさに、気づき、心の中で、そっと、お礼を、言う。そして、今度は、自分が、渡す側に、なる。受け取った、優しさを、次の、誰かへと、めぐらせる。そうやって、優しさの、リレーの、一部に、なる。
今日、どこかで、誰かが、私に、小さな親切を、してくれるかもしれない。あるいは、私が、誰かに、傘を、差し出す、番かもしれない。「誰かに、また、貸してあげて」。あの、傘の人の、言葉を、私は、これからも、覚えていたい。名前も、知らない、二度と、会わない、それでも、確かに、心を、温めてくれた、あの人たちのことを。世界は、案外、優しい。その、優しさの、めぐりの、輪の中に、私も、いる。そう、思えるだけで、明日も、また、少し、優しい気持ちで、生きていける、気がするのである。
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