物語で覚える「プライバシーと個人情報」―知っていることと、話してよいことは違う
介護の仕事では、利用者さんについて多くのことを知ります。
病気や服薬のこと。 排泄や入浴の状況。 家族との関係。 これまで歩んできた人生。 本人が不安に思っていること。
こうした情報は、よりよい支援を考えるために必要です。
しかし、仕事を通して知った情報だからといって、誰にでも、どこででも話してよいわけではありません。
家族だから伝えてよい。 職員同士だから何でも共有してよい。 名前を出していないから問題ない。
そう思っていても、利用者さんが特定されたり、知られたくないことが伝わったりする場合があります。
今回のテーマは、 プライバシーと個人情報の保護です。
新人介護職のユウさんは、施設で行われたレクリエーションに参加していました。
その日は、利用者さんたちと一緒に季節の飾りを作っています。
キヨコさんは、青い折り紙で花を作りました。
「きれいにできましたね」
ユウさんが声をかけると、キヨコさんはうれしそうに笑いました。
「娘にも見せてあげたいね」
施設では、活動の記録を残すために、事業所が管理している端末で写真を撮ることがあります。
ユウさんは、写真を撮る目的を伝えてから尋ねました。
「キヨコさん、お花を持っているところを撮ってもよいですか?」
「いいよ」
「この写真を、娘さんにも見せてよいですか?」
「娘には見せていいよ。でも、施設のお便りやホームページには載せないでね」
「分かりました」
ユウさんは、キヨコさんの希望を記録し、施設の端末で写真を撮りました。
職員に見せるだけなら大丈夫?
レクリエーションが終わったあと、ユウさんは写真を見返していました。
キヨコさんの笑顔が、とてもよく撮れています。
その日、休みだった先輩職員も、普段からキヨコさんのことを気にかけていました。
ユウさんは、
「この写真を見たら、先輩も喜ぶだろうな」
と思いました。
そこで、自分のスマートフォンで施設の端末画面を撮影し、職員同士で使っている私的なメッセージグループへ送ろうとしました。
その様子を見たサトウさんが声をかけました。
「ユウさん、何をしているの?」
「キヨコさんの写真がきれいに撮れたので、休みの先輩にも見せようと思って」
「その写真を、自分のスマートフォンに保存してもいいことになっている?」
ユウさんは手を止めました。
「職員に見せるだけなので、大丈夫だと思いました」
サトウさんは言いました。
「支援に必要な情報を共有することと、自分の端末や私的な方法で自由に送ることは別だよ」
「職員同士であっても、誰に、何のために、どの方法で共有するのかを考えないといけないんだ」
本人が許可したのは、どこまで?
サトウさんは、さらに尋ねました。
「キヨコさんは、写真をどう使ってよいと言っていたの?」
「娘さんには見せてもよいと言っていました」
「それなら、職員の私的なグループへ送ることにも同意していたのかな?」
ユウさんは答えられませんでした。
キヨコさんは、
「写真を撮ってよい」 「娘には見せてよい」
とは話していました。
しかし、
「職員の私物端末へ保存してよい」 「勤務していない職員へ私的なメッセージで送ってよい」
とは言っていません。
「同意を得るというのは、ただ『いいですか』と聞くだけではないんですね」
ユウさんが言うと、サトウさんはうなずきました。
「何のために使うのか、誰に見せるのかまで分かるように伝えることが大切だね」
家族に聞かれたこと
その日の午後、キヨコさんの娘が面会に来ました。
ユウさんは、施設で決められた方法に沿って、レクリエーションの写真を見せました。
「母は楽しそうですね」
写真には、隣に座っていたトミコさんも少し写っていました。
娘は、トミコさんを見て尋ねました。
「こちらの方、最近よく母と一緒にいますね。何という方ですか?」
「トミコさんです」
ユウさんは、そこまで答えたあと、続けそうになりました。
「最近、認知症が進んでいて、ご家族もなかなか面会に……」
しかし、サトウさんの言葉を思い出して口を止めました。
トミコさんの病気や家族の状況は、キヨコさんの娘へ伝える必要のない情報です。
「ほかの利用者さんについて、私から詳しいことをお話しすることはできないんです」
ユウさんが答えると、娘はうなずきました。
「そうですよね。すみません」
知っていることと、話してよいことは違います。
そのことを、ユウさんは少しずつ理解し始めました。
プライバシーと個人情報
プライバシーとは、本人がむやみに他人から立ち入られたり、知られたりしたくない私生活上の事柄を守る考え方です。名前や住所だけでなく、身体の状態、病気や障害、排泄・入浴の状況、家族関係、生活歴、本人の悩みなども含まれます。居室へ入る前にノックをする、着替えや排泄の際に扉やカーテンを閉めるといった日常の配慮も、プライバシーの保護につながります。
日本介護福祉士会の倫理綱領では、介護福祉士は利用者のプライバシーの権利を守り、業務上知り得た個人情報について、勤務中かどうかを問わず秘密を保持するとされ、その義務は仕事を辞めたあとも続くものとして示されています。(日本介護福祉士会)
個人情報とは、生存する個人に関する情報で、特定の人を識別できるものです。氏名や住所だけでなく、顔が分かる写真や映像、声のデータ、病気や服薬の情報、介護記録、生活歴なども該当します。名前を書かなくても、他の情報と組み合わせて誰のことか分かる場合は個人情報に含まれるため、SNS投稿などでも注意が必要です。
目的を考え、必要な範囲で共有する
「介護に関係しそうだから」という理由だけで、何でも聞いてよいわけではありません。何のために必要なのか、目的を明確にすることが大切です。
個人情報を取り扱う事業者は、利用目的をできる限り特定し、原則として、その目的を超えて利用する場合には本人の同意を得る必要があります。(PPC) キヨコさんが「娘には見せてよいが、ホームページには載せたくない」と話したように、同じ写真でも利用目的によって本人の希望が異なる場合があります。「撮ってもよい」という一度の返事を、あらゆる利用への同意と考えないことが重要です。
個人情報を守ることは、誰にも何も話さないことではありません。介護職員、看護師、医師、ケアマネジャーなどが連携するためには、必要な情報を共有しなければならない場面があります。日本介護福祉士会の倫理綱領でも、他職種と協働し、円滑な連携のために情報を共有することが示されています。(日本介護福祉士会)
必要な目的のために、必要な人へ、必要な範囲で、決められた方法を使って共有する。 この視点が大切です。
家族への説明と第三者提供
家族であるという理由だけで、本人に関するすべての情報を無条件に伝えてよいとは限りません。家族などへ状態を説明する場合は、可能な限り、本人に誰へ説明してよいかをあらかじめ確認することが望ましいとされ、判断能力や緊急性によって対応が異なる場合もあるため、介護職員が個人で決めず、事業所の規程や関係職種との確認に基づいて判断します。(PPC) また、家族への説明であっても、本人とは関係のない別の利用者さんの情報まで伝えてよいわけではありません。
介護関係事業者が個人データを外部の第三者へ提供する場合も、原則として、あらかじめ本人の同意が必要です。ただし、法令に基づく場合や、人の生命・身体・財産を守るために必要で同意を得ることが難しい場合など、法律上の例外があります。(PPC) 現場では、介護職員が独自に判断せず、管理者や個人情報保護の担当者へ相談し、法令と事業所の規程に基づいて対応します。
写真・動画と安全管理
顔が分かる写真や動画も個人情報になり得ます。撮影するときには、何のために撮影するのか、誰が見るのか、どこへ掲載するのか、本人が断れることなどを、理解できるように説明することが大切です。施設の記録用に同意を得た写真を、職員個人のSNSへ載せたり、私的なメッセージで送ったりしてよいことにはなりません。本人の同意の有無だけでなく、事業所が定めた端末、保存場所、送信方法を守る必要があります。
個人情報は、記録を置いたまま離れる、私物の端末へ保存する、パスワードを使い回すといった日常の小さな不注意からも漏れることがあります。医療・介護関係事業者には、こうした漏えいなどを防ぐため、組織的・人的・物理的・技術的な安全管理措置を講じることが求められています。(PPC) 保管や持ち出しのルールを定め、研修を行い、アクセスできる人を限定するなど、組織としての取り組みが必要です。
誤った相手へ送信したり記録を紛失したりした場合、「すぐに削除してもらったから」「気づかれていないから」と黙っていてはいけません。被害が小さく見えても、速やかに事業所の手順に従い上司や担当者へ報告します。ミスを隠さず、早い段階で組織につなぐことが重要です。
開示請求と記録の書き方
利用者本人は、事業者が保有する自分の個人データについて開示を請求できます。事業者は原則として遅滞なく開示しますが、本人や第三者の権利利益を害するおそれがある場合などには、全部または一部を開示しないことがあります。(PPC) 現場の職員がその場で判断せず、事業所が定めた開示の手続きにつなぎます。
介護記録は、客観的かつ具体的に書く必要があります。
「わがままで、何度もトイレを要求した」
ではなく、
「21時、22時、23時にナースコールがあり、その都度『トイレへ行きたい』との発言があった」
と、確認した事実を書きます。記録は職員だけの秘密の日記ではなく、本人から開示を求められる可能性がある情報です。尊厳を傷つける表現や根拠のない推測を書かず、事実と判断を分けて記録する姿勢が大切です。
試験対策として覚えたいポイント
プライバシー:本人がむやみに立ち入られたり知られたりしたくない私生活上の事柄を守る考え方。情報管理だけでなく介助時の配慮も含む。
個人情報:生存する個人に関する情報で、特定の個人を識別できるもの。写真・映像・音声・記録も該当し得る。
利用目的:できる限り具体的に特定し、超えて使う場合は原則本人の同意が必要。
情報共有:保護することは共有しないことではない。必要な人へ、必要な範囲で、決められた方法で共有する。
第三者提供:原則あらかじめ本人の同意が必要。法令に基づく場合などは例外。
安全管理:漏えい・紛失・破損を防ぐため、事業所は必要な安全管理措置を講じる。
開示請求:本人は自分の個人データの開示を請求できる。権利利益を害するおそれがある場合などは非開示もある。
守秘義務:業務上知り得た秘密は、勤務時間外や退職後もむやみに話してはいけない。
まとめ
ユウさんは、キヨコさんの写真を、休んでいた先輩職員にも見せようとしました。悪気があったわけではありません。
しかし、本人が写真撮影に同意したからといって、職員が自由な方法で共有してよいわけではありません。介護の仕事を通して知った情報であっても、支援に必要のない相手へ話してよいわけでもありません。
誰の情報なのか。何のために使うのか。誰に伝える必要があるのか。本人はどこまで同意しているのか。どの方法なら安全に共有できるのか。
一つずつ考える必要があります。
個人情報を守ることは、情報を隠すことではありません。利用者さんが安心して自分のことを話し、必要な支援を受けられるように、情報を適切に扱うことです。
知っているから、話すのではない。支援に必要だから、必要な範囲でつなぐ。その判断の積み重ねが、利用者さんのプライバシーと信頼を守るのです。
※この記事に登場する人物・場面は、介護について学ぶために作成した架空のものです。 ※介護サービスの利用条件や内容は、要介護度、本人の状態、自治体、事業所などによって異なります。実際の利用については、市区町村や地域包括支援センター、担当のケアマネジャーなどへの確認が必要です。
