話せなかった私が、“言葉にすること”を始めた理由
「言わない」が当たり前だった日々
“誰かに話す”ということがいかに難しく、
同時に、どれほど大切なことだったかという実感である。
「誰に話せばいいのか分からなかった」
「“強く見せなければ”と頑張りすぎていた」
「ひとりで抱えることが習慣になっていた」
かつての私は、“話さない”ことで自分を守ってきたつもりだった。
だが今になって思う。
本当は誰かに、ほんの少しでも気づいてほしかったのではないかと。
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「話せる場所」があれば、もっと頑張れたのに
ちょっとした愚痴や違和感。
それをただ「うん、わかる」と受け止めてくれる人。
そんな存在が近くにあれば、
もっと安心して働けていたかもしれない。
当時は「些細なこと」と切り捨てていた感情も、
言葉にできないまま蓄積していたものが、
日々のしんどさを確実に増幅させていた。
なかったからこそ気づけた。
今の私は、自分の言葉で感情をすくい上げ、整えていこうとしている。
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このnoteが「話せる場所」のひとつであれたら
今こうして、書くことを続けている。
誰かにわかってもらうためでもあり、
何より、自分自身を置き去りにしないためでもある。
本音を言える相手がいないとき、
まず自分に問いかけてみる。
そのプロセスのなかにこそ、自分を大切にするヒントがあると思う。
このnoteが、誰かにとっての“話せる場所”のひとつになれたら嬉しい。
そして何より、これを綴っている私自身が、
ようやく自分の言葉を取り戻しつつあることを、静かに喜びたい。
