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ケアする人の「聞く・話す」を語る!_小瀬古伸幸×こど看_『対話の実践力』刊行記念セミナー開催レポート 【前編】「対話」の捉え方、実践で注意すべきポイント

小瀬古伸幸さんによる著書『対話の実践力 ケアを極める聞き方・話し方』(中央法規出版)が9月に刊行されたことを記念して、精神科認定看護師のこど看さんをゲストにお招きしたトークイベントが開催されました。11月18日にオンラインで開催された対談の概要を、前編・後編に分けてお届けします。
▶後編 子どもの“困った行動”の背景と支援者へのエール


登壇者プロフィール
■小瀬古伸幸(こせこ・のぶゆき)
訪問看護ステーションみのり副社長(広報戦略担当)
精神科認定看護師、WRAPファシリテーター、Family Work Practitioner。
精神医療分野における在宅医療の実践はもちろん、多数の執筆、研究実績あり。現在は訪問型の家族支援に力を注いでいる。
X @nobuyukikoseko
YouTube @tokino.minori
■こど看(こどかん)
精神科認定看護師。精神科単科病院の児童思春期精神科病棟に10年以上勤める。現在も看護師として病棟勤務しながら、「子どもとのかかわりを豊かにするための考え方」をSNS等で発信中。単著に『子どもの傷つきやすいこころの守りかた』『児童精神科の看護師が伝える 10代のこわれやすいこころの包みかた』(KADOKAWA)がある。
X・YouTube・Instagram @kodokanchildpsy

「実践力」は武器であり、自分を守る術でもある

小瀬古 本書のタイトルでもありますが、「対話の実践力」と聞くと、こど看さんはどんなイメージをもちますか。

こど看 小瀬古さんの書籍の中にある「主観と主観の交通」という話は、最初読んでみて、難しい概念なのかとも思ったりしたのですが、対話は臨床でなくても、家の中や様々な場所で起こり得ます。そんなとき、「対話の実践力」は私たちにとってすごい武器になるのかなと感じました。

対話には、お互いを尊重し合い、主観をしっかりと同じテーブルに並べることで、自分を守る、という側面もあります。実践力というと、背中を押して攻めていく力のように感じるかもしれませんが、しっかりと自分自身のためにもなる考え方が、対話の「原則」や「型」などで提示されていると感じました。これらを参考にすると、対話が楽になるだけでなく、楽しくなってくるだろうと感じています。その楽しさから新しい相互コミュニケーションが生まれ、よりよいケアにつながる、という好循環が生まれそうだと読んでいて思いました。

対話は「事故る」し、「渋滞もする」


小瀬古 ありがとうございます。私とこど看さんは看護師という共通点があり、特に「ケアにおける対話」を大切にしています。まず、最初に「対話とは何か」というところから始めたいと思います。
対話は、「主観と主観の交通」「スムーズ」「渋滞」「事故」などのキーワードを使って表現したのですが、実は私は2年ほど前まで、対話をすればすべてが平和的に解決する、という、非常にポジティブなイメージをもっていました。

対話とは、「主観と主観の交通」。スムーズにいく対話もあれば、渋滞することや事故も起こり得る。

しかし、対話を深く学んでいくと、事故ることもあるし、渋滞することもあるし、うまくいかないこともやはりあると気づきました。対話を突き詰めていくと、「主観と主観が交通すること」なんだな、と私は感じたのです。
ケアの文脈で対話を考えたとき、事故や渋滞は起こるかもしれないけれども、いかに安全に開いていくかを考えながら対話を続けることが大事なのだと感じました。対話はすべて平和的に解決するのではなく、「どう安全に開いていくか」ということのほうがむしろ大事だと気づいた、という経緯があります。

こど看 臨床の中で、対話に対する考えが変わったということなんですね。何かきっかけになるような出来事があったんでしょうか。

小瀬古 はい。対話をしたくないと思う場面が何回かあったんですよ。腹が立っているときや、話すのが嫌だなと感じるとき。そういう気持ちのまま対話したら、うまくいくわけがない、という葛藤がありました。相手の意見を聞きたくない、避けたい、そういう時間をもつのが気が重い、ということがあったんです。

小瀬古 そうした状況を考えたときに、対話したとしても、すべてが平和的に解決するわけじゃないだろうと感じました。「交通」という言葉は、バフチンが使っている言葉で、「対話は交通だ」としか言っていないんです。それは、言葉の共有や、主観と主観の交流といった交通を指しています。
最初、「交通」という訳に不思議な感じがあったのですが、いろいろな実践者の方に聞くと、平和的に解決しない対話もあるという例を聞き、渋滞や事故も対話の中で起こるんだな、だから「交通」なんだな、と自分の中で腑に落ちたんです。

こど看 「対話は交通」としか書かれていなかったら、僕だったら「よくわからん」で終わってしまうかもしれません。そこから、いろいろな人に聞いて探っていくのはすごいことだと思います。

ケアの文脈に潜む「権威勾配」の弊害


小瀬古 では、次のお題として、「ケアにおける権威勾配の弊害」について進めたいと思います。権威勾配(けんいこうばい)という言葉は聞き慣れない方もいらっしゃるかもしれませんので、少し説明させていただきます。

対話の中では、権威勾配による弊害を、特に「権威をもつ側」が意識することが大切である。


このグラフィックにあるように、権威勾配とは、ある種の権威のある人と、その人よりも権威の差がある人との関係性を示す図です。最もわかりやすい構図は、「医療者」と「患者さん」でしょう。他にも会社の上役とスタッフ、病棟の師長とスタッフといった関係も当てはまります。私は、この権威勾配による弊害がケアの現場にかなりあると感じています。

こど看 おっしゃる通りです。特に子どもたちの支援をしていると、この権威勾配の問題は深く関わってきます。一昔前は、医師が上から指示を出すパターナリズムが一般的でしたが、今は医師も看護師も、様々な職種のスタッフが横に並び、患者さんを中心に支援する横一列の体制がスタンダードになっています。
しかし、それは私たち医療者がそう思っているだけかもしれません。利用者さんや患者さんは、家でも「お医者さんが言うなら」「看護師さんが言うなら」という感情をどこかしらで感じてしまっているという前提で、私たちは関わる必要があります。私たちが「私たちは横一列ですよ」と伝えても、そう感じられない部分があることを知っておかなければなりません。

「子どもだから」で済ませてはいけない


こど看 子どもたちとの関わりでは、大人は知識や経験で優位に立っているため、「子どもだから」という考えがふと出てきてしまいやすい。これは私たち大人が気をつけなければならない点です。
成人の患者さんと違うのは、子どもたちは結構跳ね返してくることですね。例えば、私たちが「ルールだから、9時に消灯です」と言うと、「なんで9時なの?」と跳ね返ってきます。
そのときに、「ルールだから」「そういうことになってるから」と説明も対話もせずにそのまま押し通してしまうことこそが、まさに権威勾配の現れです。子どもだからわからないだろうと説明を端折るのではなく、なぜ9時になっているのかを、その子に合わせた言葉やタイミングで伝える工夫や努力を、私たちは常に行わなければなりません。

小瀬古 なるほど。病棟のルールだから、と返されたとき、それでも子どもは跳ね返し続けるのですか?

こど看 はい、もちろんずっと跳ね返し続ける子もいます。その都度、私たちは「なぜ9時なのか」という説明を、根気よく繰り返して伝えます。子どもは、ルールに納得はできないとしても、理由があって経緯を伝えてくれる大人がいる、という認識はしっかり持っています。
さらに、意見をちゃんと聞いてくれ、説明もしてくれるけれど、どうしても納得できないという場合は、チームで話し合います。今のルールがこの子たちのためになっているのかを検討し、柔軟にカンファレンスを開きます。私たちも常にルールを疑わなきゃいけないと思っています。

言葉を封じない環境の重要性


小瀬古 以前、誰かの言葉で「対話が一番上手なのは0歳児」という話を聞いたことがあります。歳をとるにつれて対話が下手になるのは、権威勾配が強すぎたり、逆境体験があったりするからかもしれません。0歳のときは、言葉を発せられなくても、不快なら泣く、気持ちよければ笑う、という非言語的な対話をしています。

こど看 本当そうですね。成人の患者さんの場合、特に「私たち医療者の言うことだから」という部分を吸収しつつ、納得できなくても「そうなんだ」と受け入れてしまいがちです。医療者側が少しゴリ押しのようなことを言っても、患者さんが我慢しながらもやってくれると、医療者側は「こういう説明をすればやってくれる」という成功体験になってしまう。これがループになり、見えない間にが深まっていくんです。
逆に子どもたちは「なんで?」と跳ね返すので、私たちとしては苦慮することがよくあります。

小瀬古 子どもが声を上げる環境は大切ですね。フィンランドでは、公園を作るときに、大人が設計するのではなく、子どもが「子どものことは私たちにしかわからないでしょ」と話し合って設計する文化があるそうです。

こど看 私たちの病院でも、月1回、患者さん(子どもたち)全員を集めて意見を出してもらう場を作ったり、意見箱を設置したりしています。そこで出た意見を、子どもたちの前で共有し、「皆さんはどうしたらいいと思いますか」と話し合う場を作っています。
また、個別の支援会議でも、子どもが必ず参加し、子どもの意見が第一に優先されるようにコーディネートしています。

小瀬古 「言葉が封じられない」環境がよいと思いました。

こど看 そうです。私たちが強めに言ってしまうと、やはり言葉を封じてしまいますから。


■ Q&A:訪問看護の時間管理、どうしてますか?


Q. 訪問看護では限られた時間内でのケアですが、コミュニケーションで何か工夫されていることはありますか?

小瀬古 これ、あるあるなんですよね。時間を意識しすぎて、焦ってやると雑になってしまう。私がやっている一つの工夫としては、一番最初に時間をお伝えしています。例えば「今日は9時40分に終わります」と。で、残り10分ほどになったところで、「あと10分ほどのお時間になるんですけれど、何か優先的に話したいことや、伝えておきたいことはありますか」と聞きます。

こど看 なるほど。

小瀬古 本人の声で最後ちゃんとその時間を得られるようなところに、時間のリーダー性を返す。「あまり私たちがコントロールしすぎない」という原則にも通じることなんですが。
……というか私、結構時間管理が下手で、話しすぎてしまって、最後の10分とかを伝え忘れることもあって(笑)。そしたら逆に、利用者さんのほうから「小瀬古さん、次の方もう間に合いませんよ。もう早く行ってください」と言われて、すごく助けられています。

こど看 小瀬古さんでも普通に忘れるんだということで、質問者さんも安心したと思いますよ(笑)。でも、「時間の使い方が完全にこっち側(医療者側)」になってしまうと権威勾配になっちゃうので、そこを意識するのは本当に大事ですね。


■ Q&A:トラウマの話は掘り下げていい?

Q. 訪問看護で、トラウマに関して詳しく話を掘り下げて聞いていいものか迷います。専門でない看護師がどこまで踏み込んでいいのでしょうか?

こど看 これは非常に難しいというか……。基本的には「トレーニングをしっかり積んだ心理士さんにお任せする」というのがその通りなんですよね。
大前提として、トラウマ体験を改めて経験させる「再トラウマ体験」は、本当に気を使って避けなければいけない。訪問に行って、「あの人が来たらトラウマのことを聞かれる、また思い出してしまう」となると、やっぱりつらい経験になってしまいます。

小瀬古 そうですね。トラウマの場合、「話せば楽になる」わけではなく、話すのはつらい、苦痛なんです。今まで頑張って思い出さないように蓋を閉じていたのに、私たちがふとその蓋をパカっと開けてしまって、そのまま「じゃあ」って帰るわけなんですよ。

こど看 そうなんですよ! 開けたままになってしまうとつらい。だから、深く掘り下げなくても、「この方は今、私との関わりでフラッシュバックの症状が出ていないな、安全を感じてもらえているんだな」という情報を記録として残す。その情報は看護師しか持っていないものなので、それを専門家に伝えるために日々関わる。そこが大事かなと思います。

(後編へ続く)


■もっと詳しく知りたい方はこちら

■『対話の実践力』刊行イベントのご案内

【AIで変わる医療・福祉職のコミュニケーション―AIにできること、人間がすべき対話(アーカイブ配信あり)】
■日時:2026年1月18日(日) 13:40開場 / 14:00
(アーカイブ配信は、1月24日~2月8日)
■会場:紀伊國屋書店新宿本店 3階アカデミック・ラウンジ
■講師:小瀬古伸幸先生、ゲスト:益田裕介先生
■参加費無料
その他、詳細につきましては紀伊國屋書店さんのHPをご参照ください。


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