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「復旧しました」と言われて、私が思い浮かべたものは違いました

熊本の地震で被害に遭われた方に、お見舞い申し上げます。
私は離れたところで、画面越しに報せを追っていました。そのあいだに自分の中で起きたことを、書いておきます。


私は、どちらかが間違っていると思いました

きっかけは、同じ日に二つの情報を見たことです。片方は「復旧した」という報せ、もう片方はインスタグラムに流れてきた、まだ復旧していないという投稿でした。フォローしている人ではありません。

私が最初に考えたのは、どちらかが間違っているのだろう、ということでした。食い違いを見たとき、それ以外の可能性を、私は思い浮かべていませんでした。

どちらも、間違いではありませんでした

調べてみると、電気の復旧は一続きの作業ではありませんでした。街まで送る線、街の中の太い線、家の前の細い線、家に引き込む線。工程が分かれ、それぞれ別の日程で進みます。

今回は、高圧の配電線の復旧が完了したのが7月31日の夕方でした。ここで「全域で解消」という報せが出ます。ただし九州電力送配電はそのあとも、低圧の線や引込線が原因の停電は連絡を受け次第、当日か翌日までの解消を目指す体制を続けていました。8月3日の県の資料にも、そう書かれています。

つまり電力会社にとっての「復旧」は、線が回復したという意味でした。私が思い浮かべたのは、家の照明がつくことでした。どちらも間違っていません。同じ言葉が、二つの正しい意味を持っていたのです。

しかも九州電力送配電は、そのことを知っていて、書いていました。停電情報のページには、一帯が復旧しても停電が続く場合は引込線の断線などがありうる、という注記が常設で置かれています。それを受けた業界紙の見出しも「高圧配電線きょう復旧」と、範囲を書き分けていました。

落ちていたのは、いつも但し書きのほうです。以前、AIに引用されやすい文章と正しい文章は違うという話でも同じことを書きました(その記事はこちら )。あのときは年限や調査の幅、今回は「どの線が」という範囲でした。

先日書いた「ポップコーン肺」は名前が実体からずれている話でしたが(その記事はこちら)、今回は二つとも正しいので、確かめても決着がつきません。

私を止めたのは、AIの一言でした

正直に書くと、私は投稿のほうを確かめようとしました。

AIに相談したら、撮影日時が本文に書かれているか確認しては、と返ってきました。確かにそうだな、と思った瞬間に気づきました。私は裏どりをせずに、一方の情報だけで判断するところでした。

誤解のないように書いておきますが、私はその人を疑っていたわけではありません。何が本当なのだろう、と思っていただけです。ただ、そう思って動きはじめると、手順のほうは個人の投稿を検証する形になります。報道の見出しは私の手では確かめられず、確かめられるのはそれだけでした。気持ちがどうであれ、やることは同じ形になるのです。

助言そのものは正しくて、私を引き止めてくれました。困ったのはそのあとです。

もし数日前の写真だと分かったとして、私はどうすればよかったのでしょうか。フォローもしていない、遠くにいる私が言うのは失礼だと思い、結局、何も言いませんでした。確かめ方は教わりましたが、確かめたあとどうするかは、誰にも教わっていませんでした。

私も、同じ言葉を外に出していました

化合物を分析した報告書でも、同じことが起きます。「化合物を同定した」と言い切るのは、かなり強い意味を持ちます。だから報告では「推定した」と書くことのほうが多い。装置のデータから、いちばん確からしい候補を選んだ、という意味です。書く側は、この二つを書き分けています。業界紙が高圧配電線と引込線を書き分けていたのと同じです。

けれど受け取った人は、どちらで書かれていても、その成分が入っていた、と読みます。「検出されなかった」も同じで、これは「入っていない」ではなく「この装置のこの条件では見えなかった」という意味です。

これは私にも起きています。専門の言葉を、その分野の意味のままここに書くことがある。受け取る人は日常語で読む。だからこの話は、誰かの言葉づかいを採点する話にはなりません。

報告書は、受け取った人のところで止まりません。誰かが要約し、見出しをつけ、短くなって別の人に届きます。短くする作業には、どの但し書きを残すかの判断がついてきます。短くするほど、残るのは強いほうの言葉です。「推定した」より「同定した」、「高圧配電線が復旧」より「全域で解消」。私も、読んだものを短くして毎日書いています。間に立つ人がいることではなく、間に立つと必ず何かが落ちることのほうが問題です。

AIの「確認しました」も、一つの定義です

AIも、間に立って短くする層のひとつです。「確認しました」と返ってくるとき、その確認がどこまでを指すのかは、こちらが想像している範囲とは限りません。以前、プロンプトに「シミュレーションです」とあったのに実際は本物につながっていた事例を書きました(その記事はこちら)。あのときは書いてあることと実際が別で、今回は書いてあること自体が二つの意味を持っています。

私がこれからやるのは、言葉を疑うことではありません。一度だけ聞き返すことです。それは何をもって、そう言っているのか。たいていは同じ答えが返ってきます。返ってこなかったときだけが、大事なときです。

あなたが今日「できました」「終わりました」と受け取った報せは、誰の定義で書かれていたでしょうか。


この記事は「AIと、正しく付き合うために」にまとめています。AIの答えを確かめる、自分の記録を確かめる、そういう回を集めた棚です。


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