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第17回「骨に肉を付けてみろ!」演奏:メイベル・ケリー、ささやきのハープ オニール編

ささやきのハープ・オニール編、第17回です。
前回は、オニールの前の時代に活躍していた、マーフィーという有名なハープ奏者のお話をしました。彼はフランス王ルイ14世の宮廷でも演奏した大音楽家でしたが、その一方で、父親を階段から蹴落としたと伝えられるような、嫌な人物としても描かれています。

オニールは、マーフィーとカロランにまつわる、次のような滑稽な逸話を残しています。

「カロランはマーフィーの高慢さを我慢できなかった。ある夜、カロランがキャッスルブレイニーのパブにいると、マーフィーが威張って入ってきた。彼はカロランに辛辣な言葉を投げかけ、彼の作品を『肉のない骨のようだ』と評した。カロランは苛立ちながら、『くそ野郎、だが、退く前に曲を作ってやる。骨に好きなだけ肉をつけてみろ』と言った。そして席を立ち、注意深くマーフィーの背後に回り、髪をつかんで容赦なく部屋中に引きずり回し、蹴りを入れた。その間、マーフィーの悲鳴は遠くまで響いた。カロランは、マーフィーが叫ぶ間じゅう、『その旋律に肉を付けてみろ、この子犬め!』と言い続けたという」

このエピソードを初めて聞いたとき、私はジョン・フォード監督の映画『静かなる男』の乱闘シーンを思い出しました。ほかにも、カロランがかなりの武闘派だったことを示す逸話は数多く残っています。ハープが弾けるだけでなく、喧嘩も強かったわけですね。

それにしても、マーフィーの泣き叫ぶ声を「曲」に見立て、それに「肉を付けてみろ」と言い放つあたり、カロランの頭の回転の速さもうかがえます。

さて、この話は単なる笑い話というだけではありません。実は、カロランの音楽を考えるうえで、とても重要な示唆を与えてくれます。マーフィーが言った「肉のない骨のようだ」という批評は、いったい何を意味していたのでしょうか。

実は、「カロランのハープ演奏は、単旋律のみで、伴奏がほとんど付いていなかった」という証言が残されています。

音楽学者サイモン・チャドウィック氏は、チャールズ・バーニー Charles Burney (1726-1814) が執筆した『リーズ百科事典』の「ハープ」の項目に、次のような記述があることを指摘しています。

「カロランの曲には、もともと低音(バス)が付いていなかったと伝えられている。これは、アイルランド出身で音楽の優れた鑑識家であり、カロラン老人が演奏するのを何度も実際に見聞きしたという、故キーン・フィッツジェラルドの証言によるものである。
カロランが1738年に没した後になって初めて、彼の曲は収集され、通奏低音を付けられて、チェンバロ、ヴァイオリン、ジャーマン・フルート用に編曲された。これらは彼の息子によって編集され、1747年にロンドンで予約購読方式により出版された」
(実際には、カロランの生前1724年にダブリンのニール父子がカロランの曲を出版しているのでこの記述は誤りである)

またチャドウィック氏は、バーニーの『一般音楽史 A General History of Music』(1776) に、次のような記述があることも紹介しています。

「アイリッシュ・ハープは、長らくリラよりも多くの弦を備えていたにもかかわらず、それらの弦は、ハープ奏者たちに対位法、あるいは複数声部で演奏するという発想を促すことはなかった。というのも、この楽器は非常に長い時代にわたって、単旋律的、すなわちトレブル声部のみの楽器であり続け、もっぱら単純な旋律、あるいは単一声部を演奏する目的にのみ用いられていたからである」

ただし、この記録は事実としては正確ではありません。

たとえば12世紀のギラルドゥス・カンブレンシスの記録には、アイリッシュ・ハープが対位法的に演奏されていたことが記されています。

16世紀には、エリザベス1世やジェームズ1世の宮廷音楽家であったコーマック・マクダーモット、またデンマーク王クリスチャン4世に仕えたダービー・スコットらが、コンソート音楽の中でアイリッシュ・ハープを演奏していました。通奏低音楽器として用いられていた時代が、確実に存在していたのです。

さらに近代になると、バンティングが盲目のハープ奏者たちから書き取った音楽には、単音やオクターヴ、五度などの伴奏が付けられており、三度の音を省略した、高音から低音へ向かうアルペジオ的な和音が用いられていたことも確認されています。

こうした点を踏まえたうえで、あらためて今回の喧嘩の場面に現れた「骨に肉を付けてみろ」という言葉に戻ってみたいと思います。前回、マーフィーがアントニオ・コレア・ブラガの曲を独奏していたという記録を紹介しましたが、「第6旋法のバターリャ」などから推測すると、彼は西洋音楽理論に基づいた、対位法的で和声的な肉付けを行う演奏をしていたと考えられます。

一方、カロランは和声理論を体系的に学んだことがなかったとされ、作曲の際には上着のボタンを使って旋律を組み立てていた、という逸話も残されています。

おそらく彼は、バンティングが採譜したアイルランド土着のハープ奏者たちと同様、旋律を最優先し、ごく限定的な低音しか用いない演奏をしていたのでしょう。少なくとも、チェンバロやピアノのような鍵盤楽器的発想による伴奏は付けていなかったと考えられます。

この考え方は、20世紀以降の金属弦ハープ復興運動の中でも受け継がれています。残響が長く、倍音の豊かな金属弦アイリッシュ・ハープは、マーフィーのように厚く和声を重ねると、かえって響きすぎて耳障りになってしまいます。そのため、弦の数は多くとも、音を引き算しながら奏でる演奏法こそが、この楽器の美意識にかなっていたのです。

私自身も、ついピアノ的な発想で低音を付けすぎてしまうことがありますが、そのたびにこの喧嘩のエピソードを思い出し、音数を減らすようにアレンジしています。

今回は、そうした古い伴奏法を意識して演奏した、カロランの《メイベル・ケリー》をお聴きください。美しいケルト模様が描かれた、27弦のゆりのき製金属弦ハープ(op.65)による演奏です。


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