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“Volcano” Lawrence Osborne

日本語訳されていないのがもったいない短編小説をひとつ、ラストまでネタバレでご紹介したいと思う。暑く寝苦しい夜にぴったりの、ドロドロとした悪夢のような作品(なので、ぴったりというのはますます寝つきが悪くなりそう、という意味)だ。いつか翻訳が出ることを期待する。

*****

46歳のマーサは、明晰夢セミナーに参加するために、ハワイのリゾートにやって来た。
彼女は半年前に夫の浮気現場を目撃し、裁判と離婚を経験したばかりである。
食事も気遣い、ジム通いもしていたのに、結局女として劣化したために夫が他所に女を作ってしまった。老いによって人間としての価値が下がったという敗北感にはセラピーも親友の存在も薬とならず、離婚以来彼女はずっと、癒えぬ心を抱えていた。

・・・明晰夢セミナーの開催地は活火山に隣接したリゾートで、送迎車の運転手は、彼女の前にもう14人のセミナー参加者を送迎しているとマーサに話す。

Most of them, he said cattily, were middle-aged women who looked like they were having a bad time.
“A bad time?” she said tartly. “Do I look like I’m having a bad time?”
“No,ma’am. You look real eager.”
Eager, was she that? In a way, she was.

「ほとんどが中年の女の人で、」彼は含みのある言い方で言った。「辛い状況っていう感じの人達でしたよ。」
「辛い状況?」彼女は尖った声で答えた。「私、辛い状況に見える?」
「いえいえ、お客さんは、すごくやる気がある感じに見えますよ。」
やる気がある。そうなのだろうか。ある意味、その通りだ。

(ヨンデラ訳)

彼女のセミナー参加には、心の傷を癒してくれる男性と出会うという目論見も潜んでいたのである。

セミナーでは、アルツハイマー病治療などにも使われるガランタミンという薬と、睡眠時に装着する特殊なゴーグルを用いることで、参加者は夢の中で「覚醒」し、夢の流れそのものをダイレクトに認識しながら体験できるようになると説明される。

参加者は送迎の運転手の言っていたとおり中年女性が多く、ローマからやって来た神経衰弱を抱えた精神科医や、ノイローゼのニューヨーカー、Burning Man(アートと自己表現の祭典)に参加していそうなタイプなどで、皆が皆、マーサがそうであるように、人生の失望に打ちひしがれた顔をしていた。そしてマーサは、その半数が、不誠実な夫が若い女に走った経験を持つに違いないと確信する。その経験が顔に刻まれているのだ。

参加者たちは、寝る前にゴーグルを装着すること、ゴーグルが発する赤外線で目が覚めてもそのまま外さないで眠りに戻ることを指示される。

“Hopefully, we won’t wake up at all.  We’ll
simply become conscious inside our dreams.”
“Really” said the Italian psychiatrist.
“Certainly.  When that happens, you all have to remember a few basic things.  To change your dream, simply reach out and rub a rough things.  A wall is perfect.  Then the dream will change immediately and you can enjoy the next one.

「うまくいけば、全く目は覚めません。そのまま夢の中で意識を獲得します。」
「本当に?」イタリアの精神科医が怪しむ。
「本当です。その時はいくつかの基本事項を覚えておいて下さいね。夢を変えるには、ただ腕を伸ばして何かざらっとした質感のものを触って下さい。壁なんかが最適ですね。そうしたら夢がすぐに変わって、次の夢を楽しめます。」

その後宿泊用のテントに引き上げたマーサは、旅の疲れもあったため、ゴーグルをつけてすぐに眠りに落ちた。窓の外からはカエルの鳴き声が大きく聞こえていた。

・・・夢の中で彼女はホテルのバーにいた。外では雨が降っている。そして彼女の背後では炎が燃えさかっているようだった。後ろを見ようと振り返った彼女は顔に炎の熱を感じるが、そう思ったのはゴーグルの赤い赤外線だったようだ。現実の意識が流れ込み、彼女は飛び起きてゴーグルをはぎ取る。
耳にはカエルの鳴き声が聞こえ、月の光が部屋に差し込んでいた。
マーサはすっかり目が覚めてしまったので、テントを出てプールに向かう。

裸になってプールに浮いていると、向こうから男達が彼女めがけて駆けて来るのに気がつき、マーサはとっさにプールを飛び出して木の影に隠れた。
というところでまた目が覚める。これもまた夢だったのだ。
彼女は飛び起きて再びゴーグルをはぎ取る。外ではもうカエルの鳴き声はせず、雨が降っていた。
夢から覚めたと思ったらそれもまた夢だったという悪夢を体験して気が動転したマーサは、今度こそ本当に現実なのか確かめるために網戸を手で触る。

朝になり、外に出たマーサは、空気に燃えた臭いが混ざっているのに気がつく。昨夜、火山が噴火したのだという。
マーサは他の参加者達と話をするが、気持ちが乗らず自然と集団から距離を置く。誰もが離婚体験をしていて、夫に見向きされなくなる辛さを吐露しているが、どの話も似たり寄ったりでつまらないものに感じられたのだ。
それよりも彼女が気になったのは火山の噴火だ。溶岩が海に流れ込んでいるというのに、なぜ誰も気にしていないのだろう。

翌日、マーサは朝のセミナーに参加するのをやめ、オートバイを借りて目的を決めずに出かけることにした。

At the top of the rising road stood the strange little town of Volcano.  It was a cluster of houses on the edge of one of the craters, lush with rain forest.

道を上り切ったところに、ボルケーノ(火山)という名の奇妙な小さな町があった。噴火口のきわに作られた集落で、熱帯雨林が生い茂っていた。

町には大きなホテルがあり、彼女はその古風なホテルに入っていく。
暖炉と火山の絵のあるロビーは無人で、バーに行くと、バーの巨大な窓な窓からはきらめく蒸気が立ち昇る噴火口が見渡せた。

バーには老人の男性客が一人と同じく老人のバーテンダーがいて、マーサに気づいた客が好色そうな視線を投げかけてくる。
アランと名乗ったその客はマーサに、その名も「噴火口」という奇天烈なカクテルを勧め、飲んだら外に出て噴火口を歩いてみるといいと言う。

Alan leaned over to touch her glass with his.  Hea eyes strayed up to the ancient clock underneath the antlers, and she was surprised to see that it was already 2 P.M.
“Are you a local?” she asked politely.
“Moved here from Nebraska in 1989.  Never looked back.  Retired geologist.”
“How nice.  Did you come here with your wife?”
“Died in Nebraska, 1989.”
“Ah, I see.  I’m sorry.”
“Long time ago, not to worry.”
“Well, cheers.”

アランはグラスを合わせるために身を乗り出した。彼は壁に飾られた鹿の角の下にある古い掛け時計に視線をさまよわせ、一緒に目を向けた彼女は、時間がもう午後2時になっていることに驚く。
「地元の方ですか?」彼女は礼儀正しく聞いた。
「1989年にネブラスカから来たんだ。以来そっちには戻らずだ。昔は地質学者だった。」
「そうなんですね。奥様と一緒にいらしたの?」
「妻はネブラスカで死んだよ。1989年にね。」
「そうだったんですね。ごめんなさい。」
「昔のことだよ。気にすることはない。」
「それじゃ、、、乾杯。」

その後、勧めに従ってマーサは噴火口に出かけ、戻って来るとアランはまだバーにいた。もうリゾートまで戻るには遅い時間になっていたため、そのままホテルに泊まることにする。他に泊り客はいないようだ。火山の噴火に恐れをなして客は皆帰ってしまったのだという。

アランとマーサはロビーの暖炉のそばに場所を移して飲み直し、酔いが回ったマーサは足元をふらつかせながら部屋に向かう。

The suite was cold, and she left the main light off while she lit the glassed-in gas fire.  Then she opened the curtains and let the red glow invade the rooms.  On the horizon, beyond the extinct crater’s rim, globs of white light seemed to shine behind a frazzled line of trees.

部屋は冷えていた。彼女は天井の明かりを消し、ガラス張りのガス暖炉に火を入れた。そして、カーテンを開けて火山の赤い火を部屋に照らし入れた。死火山の向こうの地平線では、乱れた木々の後ろに白い光の塊が輝いているようだった。

She lay there for an hour, fidgeting and feeling her emptiness and loneliness well up within her, then got up again and went to the bathroom to rebrush her hair.・・・She looked at herself in the mirror and saw, for once, what was actually there: a lean,pale, frightened-looking little girl of forty-six.

彼女は、空虚感と孤独が内側から湧き上がるのを感じながら一時間ほどまんじりともせず横になっていたが、やがてまた起き上がり、髪を解かすためにバスルームに行った。・・・彼女は鏡に映る自分を見つめて、そこに映し出されている、今まで見たことのない本当の自分の姿を見た。それは、痩せて青白く、怯えた顔をした46歳の小さな女の子だった。

その後マーサはそうなることが決まっていたかのように、廊下に出てアランがいる部屋に向かう。
彼女を招き入れたアランは、彼女のような女性が現れるのを何年もずっと待っていたのだと言って、彼女を抱く。
しかし彼の腕に抱かれて横たわったその時、これは夢なのだという彼女の意識が立ち上がる。
夢だと分かったものの、どうやって夢から覚めるのか、または夢を変えられるのかわからず、マニュアル通りに手を伸ばして壁を触るマーサ。
ところが、彼女の手は確かに冷たい壁の表面を感じながらも夢は終わらず、現実と夢を同時に感じならが、彼女は依然として彼に抱かれ続けるのだった。。。

*****

マーサと読み手と共に、現実と融合した彼女の夢の中から出られないまま物語は終わる。
「これは夢だと彼女は分かっていた」という一文が突然投げ入れられるクライマックスは、読み手をハッとさせる局面だ。
そういえばホテル自体どこか夢のような感じがあったし、火山という名の不思議な町も幻想のようである。そうなるとさかのぼってリゾート付近で火山の噴火が起きることや、同じ話を分かち合うセミナー参加者の女性達も、すでにマーサの夢が作り上げたものだったように思われてくる。
もしかすると最初の夜の夢からずっと、マーサは夢の中に居続けていたのだろうか。。。

燃え盛る火の赤と夜の闇の黒が濃厚な色調の、幻想的な物語だ。女性の孤独と活火山の組み合わせが印象深い。カエルの鳴き声が雨の音になり、そして窓に当たる火山灰の音へと変わるというような、ストーリーの流れを作る要素もまた効いている。

シュールリアルな官能性は女性作家による作品と思わせる質感なのだが、著者は紀行作家でもある男性だ。世界各地で放浪生活を送った経験があり、本作に登場する夢のセラピーは本人が実際に体験したものでもあるらしい。ワイルドでヒッピーな雰囲気の方で、作中のアランとイメージが被る。

この作品は2011年に“Tin House”という雑誌に掲載されたもので、書籍では”The Best American Short Stories 2012”に収録されている。私が持っているのもこのアンソロジーなのだが、他にアリス・マンローの未邦訳の良作“Axis”やミルハウザーの“Miracle Polish”、ジュリー・オオツカの“Diem Perdidi”、イーディス・パールマンの“Honey Dew”(以上3作は邦訳あり!)など、珠玉の作品が収められている。持っていて損はない一冊なので、ご興味のある方はぜひ入手されることをお勧めする。