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『10年前の記録と記憶』マイナス金利政策とはなんだったのか

10年前のマイナス金利導入

日本銀行金融政策決定会合の詳細な議事録は、10年後に公表されるルールだ。この7月に議事録が公表された2016年1月金融政策決定会合はマイナス金利の導入が決定された会合である。当時、既にマイナス金利は欧州で導入されており、日本が追随するのは時間の問題だったのかもしれない。

結論から言えばマイナス金利政策は失敗であり、市場の混乱を経てイールドカーブ・コントロールに衣替えすることとなった。そしてマイナス金利を含む極端な金利押し下げ政策の副作用が今になって地域金融機関に大きな打撃を与えている

議論と結論

今回公表された当時の金融政策決定会合の発言をいくつか確認してみる。賛成5、反対4という日銀としてはやや異例の評決であり、意見は割れている。

経済情勢の評価

まず、経済金融情勢については黒田総裁が以下のようにまとめている。

(黒田東彦総裁)

  • 海外経済は新興国が減速しているが、先進国を中心とした緩やかな成長が続いているというこれまでの判断に概ね沿った動き

  • わが国経済については、輸出・生産面に新興国経済の減速の影響がみられているが、緩やかな回復を続けているとの評価は共有されていた

  • 先行きについても、家計・企業の両部門において所得から支出への前向きの循環メカニズムが持続するもとで、基調としては緩やかに拡大していくという評価が概ね共有されていた

  • 物価の先行きについては、生鮮食品を除く消費者物価の前年比はエネルギー価格下落の影響から当面0%程度で推移するとみられるが、物価の基調は着実に高まり、2%に向けて上昇率を高めていく

  • リスクバランスについては、経済は海外経済の動向を中心に下振れリスクが大きいとの見方が多かったと思う。また、物価についても中長期的な予想物価上昇率の動向などを巡って不確実性は大きく、下振れリスクが大きいとの見方が多かったと思う。特に金融市場について、このところ原油価格の一段の下落に加え、中国をはじめとする新興国・資源国経済に対する先行き不透明感などから世界的に不安定な動きとなっている。私自身も企業コンフィデンスの改善や人々のデフレマインドの転換が遅延し、物価の基調に悪影響を及ぼすリスクが増大していると考えている

マイナス金利導入の背景は、原油価格の下落と金融市場のボラティリティの拡大である。今日的な感覚からすれば、そんなことで劇薬を投入したのかと驚くが、それだけ異次元緩和の効果が出ないことに焦りがあったと推測される。

マイナス金利が支持された?

次に、マイナス金利導入に賛成した意見を確認する。

(布野幸利委員)

  • 国内経済の好循環を中断させることなく鋭意推進すべき正念場の今、金融政策の信認を保つためにも追加的措置を講じて、これを補強するとともに将来の緩和手段の選択の幅を広げることは適切だ

(原田泰委員)

  • 量・質・金利と3つの次元でより効果を高めるように金融政策を行えることになった

  • これは3つの次元を持つので、より機動的な政策手段を開発したということ

(岩田規久男副総裁)

  • 今後は、量・質・金利の3つの政策を組み合わせた、3次元の緩和手段を駆使して、2%の早期実現を図るべき

(中曽宏副総裁)

  • これまでの量的・質的金融緩和にマイナス金利という新たな要素を追加し、量・質・金利の3つの次元で、追加緩和の余地が十分にあることを示すことが可能となるマイナス金利付き量的・質的金融緩和を導入するというオプションは良いアイディア

率直に言って、マイナス金利政策そのものについての評価はほぼない。手段が増えるから良いと言っているのみであり、その手段の適切さは自明のことと扱われている。

当然の反対

次に、マイナス金利に反対する意見を確認する。

(白井さゆり委員)

  • 実質金利チャネルを通じた金融緩和効果が健在であり、追加アクションを正当化する理由はない

  • 現在の原油価格の下落は企業収益を改善するほか、家計に対しても可処分所得改善の恩恵が大きい

  • わが国経済の実体と物価の基調は悪化しておらず、金融緩和度合いからみて追加緩和を正当化する理由は見当たらない

(石田浩二委員)

  • 銀行の預金金利がマイナスになる可能性が極めて低いもとで、信用コストや経費を考えると、企業の資金調達コストが有意に引き下がっていくことは想定しがたい

  • 金利引き下げによる設備投資の増加効果自体についても、これまで国債のイールドカーブが大きく低下してきている中、貸出の伸びにも変化なく、顕著な押し上げ効果は認められない

  • 既に国債のイールドはかなり下がっており、社債のイールドの下がり方が追い付かなくてスプレッドが開いてきている。これからさらに急速にイールドを下げた場合、例えば金融環境の説明でも、10年の名目の国債金利から様々なものを引いてみているが、本来、実質長期金利が民間の設備投資や経済行動を左右するというのであれば、これは相応しくなくなってきているのではないか

(佐藤健裕委員)

  • 預金取扱金融機関が預金金利をマイナスにすることは容易でなく、預貸金利鞘はさらに縮小の方向となろう

  • やや長い目でみて金融機関経営、ひいてはシステムの安定性を脅かす

(木内登英委員)

  • 短期ゾーンを中心に市中金利が大きく低下し、マイナス金利の領域が拡大することは、投資信託の運用利回り等を含む金融機関全体の収益環境に追加的な大きな打撃

  • 先行きの金融システムの安定性を潜在的に低下させる可能性があることを踏まえると、付利金利引き下げは、信用秩序の維持という本行のマンデートに反する側面がある

  • 欧州の一部でみられるように、金融機関が預金金利引き下げや貸出金利引き上げを通じて、付利金利引き下げのコストを預金者、与信先に転嫁する場合、それが金融緩和効果を減じる

中でももっとも致命的だと筆者が感じたのは木内委員のこの意見である。

  • 果たして今回のマイナス金利導入の経済効果をどう考えるのか、どういうチャネルでどういった経済効果があるのか。例えば、QQEの時には色々な試算値を材料として執行部から出されたが、今回はそういうものが全くない。この政策によって、果たして目先あるいは中長期の経済・物価にどの程度の影響があるかを、全く議論しないでこの大掛かりな仕組みを導入するのが果たして良いのかどうか、非常に疑問である。

政策効果が定性的にも定量的にも事前に全く分析されていなかったようだ。これでは、期待した効果が得られたのか否か、政策判断が適切だったのかどうか、事後的に検証する基準がない。マイナス金利はそういう政策だった。

噛み合わないままの結論

黒田総裁による議論のまとめは以下のようなものだ。

  • 今回のマイナス金利の導入により、マイナス金利付きの量的・質的金融緩和というかたちになることによって、今申し上げたような基本的な金融緩和の経済に対する影響のチャネルは、さらに強化される。違ったものになるというよりも、それがさらに強化されるのである。つまり、実質金利がイールドカーブ全体に亘って低下し、またポートフォリオリバランスも進むことによって、消費や投資をさらに刺激し、経済をより力強いものにして、2%の物価安定目標を早期に実現するという目標に向けた努力を強化するであろうと思う。

そもそも

そもそもマイナス金利政策とは一体なんだったのか、導入後に何が起こるのか、佐藤委員が最初から正確に認識していたことが確認できる。

  • 中長期国債の利回りまでマイナス化が波及すると、最終投資家は新規でマイナス利回りの国債を持ち切ることができなくなるため、国債市場は現在の短国市場と同様、プライマリー・ディーラーが発行入札後に鞘取り目的で本行に転売するだけのマーケットとなり、最終的な買い手は本行だけという状況になることが予想される。そうした状況のもと、本行が国債買入れは金融政策目的であり財政ファイナンスではないと説明したところで、それが人々に対し十分な説得力を有し続けるかどうかは不確実性がある。予て申し上げているように、この問題は本行がどうみるかではなく市場がどう判断するかにかかっているため、状況がこじれると打開策を容易に見出しにくくなる点が厄介である。

  • マイナス金利について、そもそも金利とは何なのかということであるが、金利というのは流動性を手放すことに対する対価であるということが金融の原理であると思う。そういう金融の原理原則からすれば、流動性を手放すことに対して penalize することになると、確かに階層構造を設けることによって枠のやりとりをするようなマーケットはできるかもしれない。枠の足りない金融機関と枠の余っている金融機関との間で資金の融通が若干のマイナス金利で成立することはあるかもしれないが、恐らくそれだけのマーケットになるということであり、その他のマーケットの市場機能の低下は必至である。また、民間の非金融部門同士でのマイナス金利の取引が一般化することも、およそ考えにくい。その当預のマーケットでの極く限られた効果しかなく、実体経済の効果は極めて限定的ではないかということで、これは石田委員のご議論にも通じるところではないかと思う。

  • 市場機能の点で補足しておくと、私が気にしているのは、MMFやMRFといった広義の決済性預金は、法律が変わらない限りは50%以上の有価証券組入比率を維持することが恐らく困難になってくる。マイナス金利のもとでは、恐らく多くは解消の方向に向かっていき、銀行預金にシフトしていくことになるのではないかと思う。振り返ってみると、リーマン・ショックの時には、こういったMMFやMRFといった短期の公社債投信といったところが、CPの消化あるいはレポによる証券会社への資金供給など、企業や金融機関の資金調達の安全弁になっていた面がある。従って、こういった広義の決済性預金が銀行預金に全部シフトしてしまうことになると、いざ危機が起きた時にシステムの脆弱性を高めてしまう可能性があると思う。

マイナス金利の導入の浅はかさは最初からわかっていた。にもかかわらず採用されてしまったのは、追加緩和をやらなければならないという結論が先にあったからである。同じような過ちはおそらく今後もなくならない。

そしてもう一つ、そもそもの2%のインフレ目標について、任期満了間近の白井委員が発言している。

  • 現在は新たなアクションを取るよりも、原点に立ち返って、2%の物価安定目標を着実に実現するために、その重要性の認識を正しく国民の皆様に深めて頂くことを重視すべきだと思う。すなわち、国民の中には2%目標についてメディアを通じて知ってはいても、なぜ2%のインフレが必要なのかについては、家計も企業もほとんど理解していないのが現状である。日本銀行が定期的に接触している大企業のトップの方々からも、本音では誰も2%目標は望んでないとの声を複数耳にしている。この国民の理解を抜きに2%目標を目指して追加緩和をしても、安定的な実現が可能になる訳ではない。QQE導入以来、私は市場に対してだけでなく、国民の目線に立った対話のあり方を検討すべきと再三強調し、幾つかの具体的な提案も行ってきたが、今のところ目立った対策は何ら採られていない。まずは国民の理解について現状分析を行い、現執行部の任期残り2年程度を念頭に置いた広報戦略を、抜本的に練り直す方が良いように思う。

実際日銀の広報戦略はかなり強化されていると思う。なぜインフレ目標が2%なのか、しつこいくらいに説明している。しかしむしろ「本音では誰も望んでいない」2%のインフレを日銀が目指すということこそがむしろ歪であり、傲慢なのではないか。

インフレ率が2%を超えたまま何年経っても金融緩和は終わらない。

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