「呪術廻戦」という言葉や文字を見てイメージしたもの ※ストーリーと関係ありません
現在大ヒット中の「呪術廻戦0」ですが、私は観ていません。
アニメシリーズは興味本位で観ましたけど…この世界観ってかなり怖いです。
これが日本で大ヒットしている事に正直びっくりしている。
私はあっち系の本を10代の頃から読み漁って現在も尚読み続けている。
時代が追いついたのか?「呪術」というものになんのマイナスイメージを持たなくなった現代人。
「呪術廻戦」という言葉や文字だけで、かなりそっちよりの話かなと思ったが…少年漫画で中和されてました。
ある意味変わった角度からのバトルアニメって感じでしたが、ある部分を上手く取り入れ入れているなと感心しました。
先程も言ったように、私はあっち系の話を30年近く読み続けている事で知識を培いました。
私なりの解釈で「呪術廻戦」という言葉と文字だけで考察していきたいと思います。
※ストーリーとは全然関係ありません。
「呪術」とは?
※独自解釈ですので悪しからず
「呪術」とは紀元前でも紀元後も伝われている口伝と言ったようなもの。
日本で馴染みある行為と言えば「おまじない」です。
おまじないとは漢字を含めると「お呪い」。
「口」という言葉が漢字に使われている事が、かなり大きな意味を持つ。

少し前にコンビニで購入した「本当は恐ろしい漢字」。
なぜこの本に興味を持ったかと言うと、幼い時から何故私達日本人は「漢字」を使わなくてはならないのかと40歳過ぎても思う事があった。
「漢字」は別国の文字ではないかといつも思ってました。
ただ「漢字」の成り立ちを知ると、かなり「恐ろしい」事実に突き当たるんですよね。
例えば先程の「呪」という漢字。
「口」が二つ漢字に含まれてますよね。
「口」は器も表す文字でもあるんですけど、二つあるということは「封印や災い」を自らに封じ込めると意味にも取れるんです。
あくまでも独自解釈ですけど、「呪術廻戦」の中でも「呪物」や「呪具」が出てきます。
あっち方面の話には結構出てくるのが「呪物」だったりするんですよね。
有名どころで言うと「藁人形」なんかも呪物にカテゴライズされます。
結構ルール的なところはたくさんありますけど、それがある意味「お呪い」だったりします。
ことわざで「口は災いの元(門)」とも言うように「嘘」や「誹謗中傷」を言うと、自分に跳ね返ってくる様を表す故事でもありますよね。
今の時代なんてまさにそうです。
毎日「嘘」や「誹謗中傷」が普通にあり、それが当たり前になった日常を過ごしている。
精神衛生的にどうなんだろうと思うこともしばしば。
となると…今の時代は「呪術」的な事をライトに考えられる時代なんだなと感じる。
話が長くなるので「呪術」についてはまた別の機会で書きたいと思いますが、今でも「呪術」は普通にありますからね。
信じない人は絶対信じないと思いますが、創作も含めてリアルな話を聞いた上で「呪」ってあるんです。
だから「呪術廻戦」が大ヒットする事に、私達が住む日本は「特殊な国」だということが分かります。
呪物で有名な話「コトリバコ」
本当かどうか定かではありませんが、あっち界隈で有名な「呪物」と言えば「コトリバコ」の話。
ただこの「コトリバコ」の伝承話って意外とあっち界隈ではよく似た話があったりします。
これもある意味「呪術」の一種だとも言われています。
詳しくは「2ch」方面のまとめサイトなどありますんで自己責任で読んでください。
面倒だという方は拡大解釈した映画「樹海村」を観てみると少し分かります。
呪術廻戦の中にも「両面宿儺(りょうめんすくな)」などの呪物が出てきますけど、これちょっと「コトリバコ」にも通づるところがあるんですよ。
創作であろうとなかろうと「モチーフ」になる話は昔から存在しています。
信じたくないとか知識のない方は「嘘」と決めつけますけど、私達の祖先は「呪術」や「呪物」などは当たり前に使用してました。
有名なところで言うと「卑弥呼」の話なんかは実際に現代文字に直したら「非道」でしかないですからね。
「コトリバコ」もカタカナで書けばなんだか可愛い感じはしますが、「子取り箱」と書いたら印象は違いますよね。
私達日本でも世界でも昔から「生贄」という信仰がありました。
歴史を知れば知るほど「生贄」と「信仰」は人間の歴史には必ず存在します。
あるアニメでも「柱」(人柱)という言葉が普通に使われていますよね。
そのアニメでは結構タブー的なモチーフを入れていたりと、あっち系の話が好きな人は「際どい」と思ってたりします。
少し話が脱線しましたけど「コトリバコ」がもし「呪物」だとするなら、これは想像絶する「呪い」をかけられた箱。
映画「樹海村」でも書かれていましたが「人の指をたくさん入れた箱」と表現されています。
実際はもっと違う物も混ざってますけど…。
実際にあったとしてこの「呪物」が使われた理由は、「日本」や「亜細亜」独特の社会に問題があったとも言われています。
今でこそ日本も「ジェンダーレス」と謳われていますが、そもそも日本は真反対の国なので受け入れ難い「文化」や「歴史」がある。
私自身は「ジェンダーレス」を望む社会になって欲しいですけど、世界はよりジェンダーレスではない社会へと進んでいるようにも感じます。
話を戻すと「コトリバコ」という呪物には、今では考えられないほど「人としての平等差」に欠ける時代と情勢があったのではないかと推測出来ます。
「人を人としてみない時代」もあったということは歴史を学んでいる人なら理解出来るのではないでしょうか?
それを踏まえて「呪術」とは何か?
今も続く「呪術」の世界。
今ちょっとしたブームになっている「呪術」や「呪物」。
所有している人がYouTub〇に出たり、解説や考察する人も増えてきました。
というか…「呪術」や「呪物」は今もあるということ。
それが私の解釈では、私も皆さんも使っている「デジタル関連機器」。
呪術使う端末が…「スマホ」や「PC」のような箱(口)。
インターネットがある意味「呪術」を発信する道具(呪具)。
それを使うツール(道具)が私が今書いてたり発信したりする「SNS」だったりする。
最初の話に戻しますが「口は災いの元(門)」。
現在普通にSNSやコミニュケーションツール(メッセージアプリ)を使っていますが、ある意味「人を呪う」事も出来る時代なんですよね。
例えばこの数年なんかがより分かりやすい事例がありましたよね。
「SNS」などを使用して、誹謗中傷を繰り返し「自〇者」が流行病で亡くなるより多かったと言われています。
「口」すなわち「言葉」に変換してもそれは「念」になります。
「人を想い言葉にする」これは「呪術」の一種だと私は思っています。
古代の歴史でも呪符などを使い「戦」をしていた記録もある。
今でも「呪符」は普通にありますが、現代社会で「呪符」と同じ効力があるのは「スマホ」や「タブレット」に置き換えれます。
はるか昔の人から見れば「呪符」みたいな物です。
「呪術」というのがファンタジーに見えるなら、私達は上手く歴史をすり替えられている。
戦後教育でまず変えられたのは「信仰」「神道」などである。
これは違う側面から日本を見ないと分からないですが、平和過ぎる日本人が、これから受け止めなければならない事実は隠されている。
あえて私は書きませんけど、もし読んでくれている方で興味が湧いたらな自分で調べて見てください。
誰かの答えを見るだけではなく「学ぶ」事で自分の感性が変わると私は思います。
「note」の世界では熱心に自分の探究心を言葉に変換し一生懸命伝えています。
ただ見るだけでは得られないのが「感性」。
自ら調べて探究心をもってはじめて自分の感性が磨かれます。
「呪術廻戦」という言葉を見ただけで、私はイメージが湧き出てきました。
文字が私が得た数年の知識によって解釈しあらゆるイメージを生み出しました。
私の中では「呪術廻戦」は文字だけで強烈なインパクトを残したのです。
読んでくださった皆様は何を感じましたか?
語れない事もたくさんあるんですが、これからも気になった事をnoteで綴れればと思います。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
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ご縁に感謝。