無限遠点の先にあるもの——櫻坂46『The growing up train』
喪失を燃料にして、成長の列車が走る
列車は急勾配を登れない。スイッチバックとかアプト式とかあるけど、大きく弧を描きながら傾斜を登っていくループ線というのもあって、「櫻坂」号はそんな感じだ。ある地点では逆方向に走ってるように見えて、実際は螺旋状にどんどん高みを目指していく。藤吉センター曲『なぜ 恋をして来なかったんだろう?』MV冒頭のイメージがあるからかもしれない。ドライブ感あふれるバンドサウンドにのって列車は走る。
熱狂的なオーディエンスに迎えられステージがはじまる。もうもうとスモークが立ち込める様は出発を控える蒸気機関車のよう。次々とメンバーが映し出され、リップを手に旅支度を整えていく。そしてスタンドマイクを掴んで出発進行の合図。続くカットでは、藤吉が地面に描かれたメンバーの名前と数字を辿っていくのだが、ダイヤとか路線図を表してるのだろうか。メンバーの名前は途中の駅であったり、途中から合流した乗客だったりするかもしれない。ともあれ、サビのメロディとともに列車は走り出す。

乃木坂や日向坂も旅をモチーフにしたアー写やMVがあるけど、櫻坂がやると宇宙の旅になる。中央に浮かぶ天球儀、ライトセーバーを携えたフォースの使い手のような衣装を纏ったメンバーたち。舞台や衣装・小道具など時代や地域を特定させる要素を極力排除することで、観る人の想像力をかきたてる。メンバーはある時は乗客だったり、ある時は駅員だったり、果ては列車そのものだったりする。光るスタンドマイクは列車の軌跡を描いていく。
Ah 空の色は きっと青だ 思い込んでないか?
地球の空は「青」だけど、他の星では違う色に見えるかもしれない。トンネルを抜けた先の世界は同じルールが通用しないこともある。既成概念というか、まず自分の認識をぶち壊すことから旅がはじまる。
MVを観てまず思ったのは、同じバンドサウンドからくる欅坂46『砂塵』との関係性だ。歌詞も『The growing up train』は『砂塵』のアンサーソングというか続編のようなストーリーになっている。こじつけといえばそうだけど。
君ってどういう人か 僕にもわかったんだ
ずっと隣にいるのに(You're in my mind)
ただの友達だと思っていたんだ
どちらも青春恋愛ソングの体裁をとりつつ、前者では砂塵が止んだ後に見えてきた向こう側へ、後者は長いトンネルを抜けた後の眩しい世界へ進んでいく。ただ、生きる素晴らしさを教えてくれた「君」は、おそらく同じ列車には乗ってない。僕と君はジョバンニとカンパネルラのようだ。どこまでも一緒に行くと誓った彼がいなくなって、はじめてジョバンニは本当の幸せを探す旅を続けることを決意する。
『砂塵』は未来と希望に満ちた楽曲でありながら、欅坂の最後の楽曲群の1曲として喪失感が伴う。『UDAGAWA GENERATION』でも喪失と成長の相互作用について書いたけど、本作でも、君の喪失を燃料にして、成長の列車が走り続ける。
無限遠点の先にあるもの
1サビ終わりに『Buddies』で見た円陣が出てくる。かつては14人のサークルだったけど、今はメンバーを囲むようにさらにサークルができている。これはグループからチームへの拡大成長を表しているといえるだろう。円陣は絆を確かめ強化する儀式みたいなものだ。これからはじまる新しいことを前にチームは改めて肩を組む。一期生がいなくなり顔ぶれは大きく変わった。次に円陣が組まれるときもまた、メンバーの入れ替わりはあるだろう。でも周回を重ねるごとに円陣は大きく強くなっていく。


どんなトンネル抜けても
また近づく 孤独の時間だ
2コーラスがはじまってから、藤吉視点の展開がはじまる。星も見えない暗闇の中、ただ1つの「希望という陽」だけが見える。歌詞はただその光に向かって突っ走れと語りかける。暗闇とは、そばにいるはずの仲間の存在も感じられない孤独の状態である。でも、唯一見える光に向かって走るしかない。トンネルを抜けた2サビで藤吉はメンバーたちと再び邂逅する。
すぐ 自信なくして彷徨う
僕が強くなるにはどうすればいいんだ?
ここで、藤吉が四期生3人と絡んでいく。まだ自信がもてない四期生たちの背中を押し、手を差し伸ばす。Trainは二期、三期、四期…と繋がる絆でもある。いつか四期生たちに先頭のバトンを渡すときがくる。

青春はいつも
暗闇の中 手探りするものだろう
そう思い通りにならない
大人へのTracks 錆びつかないように
青春の〈今ここ〉は決してキラキラした日々じゃない。でも藤吉や他のメンバーたちは最高の笑顔で歌い、踊る。彼女たちの「暗闇の跳躍」を後押しするものは何だろうか。
Tracksは「軌跡」。彼女たちが進む先には誰かが辿った足跡がある。その先行者とは一期生たちに他ならない。欅坂46のアルバム『永遠より長い一瞬』のタイトルのとおり、確かに彼女たちは存在したし、5年間の活動期間は一瞬の夢のようだったといえるかもしれない。小林由依の卒業コンサートで多くの一期生が集まったことがSNSで発信されていたが、かつてのメンバーたちはお互いに「大人」になった姿を見たことだろう。
大人になって夢や希望が思うようにならなくなっても
あんな美しい散り方ができたらな
Tracksの先にあるものも、決して華やかな世界ではない。咲いては散ってを繰り返す人生そのものだ。それでも、後輩たちにとって「大好きだった人」たちはずっと憧れる未来の姿である。だからこそ、藤吉たちがあんな笑顔で暗闇の中を突っ走れるのだ。
「破壊」か「再生」か——。1stシングルの頃、TAKAHIRO先生が森田に問うたとき、彼女はグループの「再生」を選択する。その通りグループは大きく成長し、チームとして再生した。そして、欅坂とほぼ同じキャリアを積み重ねてきた今、改めて「欅坂とは何か?」が問われる。それは、もはや越えるべきものだったり、受け継ぐものだったりではなくて、無限遠点にある目指すべき場所だ。
がむしゃらに突き進む彼女たちを、スタンド全体を埋め尽くすペンライトの海が祝福する。それはまさに銀河のようである。

この曲も含めて、櫻坂のいくつかの楽曲はポジティブ/ネガティブの両義性をもつが、錆びつかないように走り続けるというモチーフからこの曲にも結びつけてみよう。
How does it feel, ah how does it feel?
To be on your own, with no direction home
A complete unknown, like a rolling stone
どんな気分?
一人きりで帰る家もない
誰も自分を知らない
転がる石みたいにさ
英国由来のことわざ「転がる石に苔はつかない」はポジティブ/ネガティブの両義性をもつ(たぶん元々は場所や職をコロコロ変える人は大成できない方の意味だったと思う)。Bob Dylanの歌詞も表面的にはかつて上流階級にいた主人公が没落していく様を描きつつ、それでも転がる石のような生き方を肯定しているように聞こえてくる。
かつて『風に吹かれても』というBob Dylanの曲名をもじった楽曲があった。原題『blow in the wind』は「風のように流動的で不確かな」という意味らしいけど、彼女たちも「曖昧なままで so cool!」と人生を肯定する。
生きるって素晴らしい。彼女たちはずっと語りかける。
