U.017|ダーウィン事変を観ながら
最近、TVアニメの**『ダーウィン事変』**にハマっている。
人間とチンパンジーの交雑種──
“ヒューマンジー”という存在を巡る物語だ。
最初は、少し突飛なSFだと思っていた。
でも、観れば観るほど、これは「未来の話」じゃない。
人間とは何か、
命に線は引けるのか、
そんな問いを、静かに突きつけてくる。
作中では、ビーガン思想や動物実験の是非も描かれる。
「命は平等なのか?」
「人間だけが特別なのか?」
その問いを眺めながら、
僕は、ずっと忘れていた話を思い出していた。
小さい頃、冬になると、
炬燵に入って、みかんを剥きながら、
おじいちゃんが決まって語ってくれた噂がある。
「昔な……
人間じゃない子どもが、生まれた村があったんだ」
子どもの僕は、
妖怪や化け物の話だと思って、少し身を乗り出した。
でも、おじいちゃんは首を振った。
「角もなければ、尻尾もない。
見た目は、普通の赤ん坊だった」
ただ一つだけ、違ったのは──
目だったという。
泣きもせず、笑いもせず、
人の顔を、じっと見つめている。
まるで、
「人間という生き物」を
初めて見た存在みたいだった、と。
その村には、もう一つ、奇妙な噂があった。
戦後しばらくして、
村の外れに、立ち入り禁止の施設ができたこと。
表向きは研究所。
中で何をしているのかは、誰も知らない。
夜になると、
獣の声とも、人の悲鳴ともつかない音が、
山の奥から聞こえてきたらしい。
大人たちは言った。
「近づくな」
「聞いても、忘れろ」
命に、触れてはいけない場所がある──
そんな空気が、確かにあったのだという。
“人間じゃない子ども”の噂は、
やがて誰も口にしなくなった。
その子がどうなったのか、
人として育ったのか、
それとも──
おじいちゃんは、そこを語らなかった。
ただ、最後に、
こんなことを言った。
「怖いのはな、
人間じゃないことじゃない」
「人間だと思われて、育てられたことだ」
その意味が、
当時の僕には、分からなかった。
今になって、
ヒューマンジーや、
動物と人間の境界を巡る議論を見ていると、
あの話が、急に現実味を帯びてくる。
もしあれが、
オカルトでも、作り話でもなく、
**少し早すぎた“問い”**だったとしたら?
命に線を引くのは、
いつも人間だ。
でも、
線の向こうから、こちらを見返してくる存在がいたら──
その時、
僕たちは、何を基準に「人間だ」と言えるのだろう。
あの時、炬燵の向こうで、
静かにこちらを見ていた、おじいちゃんの目みたいに。
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