【不登校の親ショートStory8】 親の手記「父と私の記憶」
2023年・夏
「ゲームばっかりしてはダメでしょ」
私は、夏休みが終わろうとしているのに、宿題もやらず毎日ゲームばかりしているソウタに、イライラしていました。
窓から見える夕陽湾の白波は、夏の日差しの照り返しで、まだまだきらめいていました。
「まったくもう…… 少しは外に出て散歩くらいしたらどうなの!」
だんだんと腹が立ってしまい、ネチネチと、つい声を荒げてしまいました。
そして、夏休みが明けて、ソウタは学校を休むようになりました。
ソウタが学校に行かず、目の前でゴロゴロとゲームばかりしている姿に、私はますます腹を立ててしまい、
「そんなにゲームする時間があるなら、勉強しなさい! 明日からは学校に行きなさいよ!」
と叱りつけてしまいました。
すると、ソウタは、私の言葉に何も言わず部屋に戻ってしまいました。
(あ……)
(言い過ぎてしまった……)
私は深い後悔に沈みました。
── 1990年代の頃
私の父は、いつも「ゲームばっかりして!」と怒っていました。
目が悪くなるからダメだ、勉強できなくなるからダメだ、と。
私はその言葉を聞き流し、ゲームの世界に没頭していました。
小学6年生の冬、父はついにゲーム機とテレビを隠してしまいました。
でも、狭い家なので隠し場所はすぐに見つけられました。

父が仕事でいない間、こっそりゲームを楽しむ日々が続きます。
父の心配をよそに、私はゲーム三昧の生活を送っていたのです。
中学生になると、友達の家でゲームをすることが増えました。
父はいつも「勉強しなさい」とうるさく言い続けましたが、私はそれに反発するようにゲームにのめり込んでいきました。友達と一緒にいるほうが気楽だったのです。
そして高校生の頃は、学校帰りに友達と集まり、ゲームセンターで遊ぶようになりました。
『スト2』に熱中する日々。父は「大学をどうするんだ」と怒っていましたが、私は「大丈夫だってば」と軽く答えるばかりでした。

なんとか大学に進学すると、ますます自由な時間が増え、私は講義をサボって24時間ゲーム三昧の日々を過ごしました。
父からの電話には「ちゃんと勉強してるってば」と答えていましたが、実際はゲームに没頭していました。
ただ、父の心配は理解していました。
父の言葉を聞き流して、とことんゲームをやり切った私は、不思議なことに、だんだんゲームへの情熱が冷めていきました。
社会人になり、親となった今、振り返ってみると、ゲームに費やした時間は多かったですが、決して無駄ではありませんでした。
なぜなら、ゲームを通して多くのことを学べたからです。
特に、『ドラゴンクエスト』や『女神転生』といったRPGからは、哲学的な思考を学びました。
父が心配していたような悪影響は受けず、むしろ成長の糧になったと実感しています。
2023年・冬
ソウタが学校に行かず、ゲームを続ける姿を見ては「ゲームばっかりしてはダメ」と言ってしまう日々。
あれだけゲーム三昧だった自分のことを棚に上げているのに、ソウタがゲームに熱中する様子を見ると、ネット依存や引きこもりなど、心配ばかりが募りました。
夕陽湾から流れ込む雪雲が茂岩山にかかるようになり、少しずつ色のない季節へと染まっていきます。
「もう、やだ……」
私がソウタをきつく叱ってしまったとき、ソウタはそう言って涙ぐみながら部屋に戻りました。
私はハッと気がつきました。
父と同じことを私がしている── 子どもの気持ちを想像することなく、ただただ自分の不安をぶつけていただけなのです。親としての不安から、子どもを抑圧してしまっていたのだと気づきました。
そこで私は深呼吸をして、ソウタの話をしっかり聞いてみようと決意しました。
「ごめんね、ソウタ。学校で……何かあったの?」
そう尋ねると、ソウタの目には不安と戸惑いが見えました。
やがてソウタは小さな声で「ちょっと疲れちゃったことがあって……」と、少しずつ自分の気持ちを話してくれるようになりました。
先生からのプレッシャー、
友達に無視されること、
宿題やテスト……。
私はただ、静かに耳を傾け続けました。
ゲームに没頭するのは、もしかしたら現実から逃げるためだったのかもしれません。
それからは、子どもの心のエネルギーが回復することを第一に考えるようになったのです。
2024年・春
今年は雪解けの進みが早く、春の陽気を感じるようになりました。
「あら、おはよう。今朝は早いのね」
「今日、久しぶりに学校に行ってみようと思って」

私はとても驚きつつも、
「うん、無理しないでね」
と笑顔で答えました。
新学期になり、心境の変化があったのかもしれません。子どもが前を向き始めたことが、本当に嬉しかったのです。
子どもの笑顔が戻ってきました。
次第に、学校へ通う日も増えていきます。
ゲームは相変わらず楽しんでいますが、それも子どもの個性の一つ。
私は、子どもの成長を信じ、見守ることができるようになりました。
「……そうか」
父もきっと、私に同じ気持ちを抱いていたのでしょう。心配しながらも見守ってくれていたのだと、今になって気づきました。
久しぶりに、私は父の声が聞きたくなり、電話をかけました。
「あの頃はわからなかったけど、ありがとう」
と伝えると、父は照れくさそうな声で笑っていました。

父との思い出は宝物です。
あの頃は理解できなかった父の気持ちも、今なら分かる気がします。
親としてまだまだ完璧ではないけれど、親子でお互いを思いやることで乗り越えられるのだと実感しました。
親の心配は、時に子どもを抑圧してしまいます。
でも、大切なのは子どもの心に寄り添い、信じて待つことだと学びました。
父から受け継いだ愛情を、今度は私が子どもに伝えていきたいと思います。
ゲームばかりしていても、大丈夫。
私がそうだったように……。

私が思っている以上に、子どもは自分のペースで成長していくのです。
焦らず、見守ること── それが親としてできる最善ではないかな、と思いました。
それでも、子どもの心を想像しながら、時には声をかけることが大切です。
父との思い出が、そう教えてくれました。

【編集飛後記✈️】
毎日140字の「つぶやき」で綴っていた連続呟きSTORYを、加筆修正して一つの物語として整えた【不登校の親ショートStory】シリーズの第8弾です。
この物語の舞台は、北海道夕陽市。小説「くじらの部屋」の世界です。小説の主人公の颯太とその母親、今回の物語のソウタとその母親も別人ですが、きっと、アナザーワールドの一つに違いありませんね。

