【オクトラ0】クリア感想。オクトラ0のシナリオにコントローラーをぶん投げてから、終わりよければサザントスになった話②
後半です。
コントローラーを投げてからのち、プレイを再開してサザントスの話を進める前。
サザントスの話、結局何だったんだろうと気になって、noteでプレイ記事を読んだりしました。
ネタバレも読みつつ、この人はこのキャラクターに引っかかったんだなと面白く読ませてもらいつつ、「ファラメって誰?」という、自分の中に知らない人物や話があることが引っかかっていました。条件までは見なかったものの、エンディング分岐があるんだということもそのあたりで知りました。
サザントスの闇落ち
サザントス視点に変わって、彼が教団内部の秘匿資料を読み解いていくあたり、彼が無言で読み進めていくシーンには圧がありました。
その後のぶちギレサザントスを見て、なんだか初めて人間らしい感情を彼に見たと思った。
ファラメという神官を拘束して性暴力を重ねた、生まれた子供は才能がなければ捨てたというのは、ソローネの話にも似た嫌悪感があります。
サザントスは、それまでの旅で「人間は本当に守るべき存在なのか?」と疑問が膨らんでいたところに、自分も母親も道具として利用されていただけだったと気づいてしまった。
彼の中に確かにある清い正しさと照らし合わせたら、自分と母と兄弟に行われた行為は到底許せるものではない。人生のほとんどの間、教団の命に従って戦い続け、指輪を探し続けていたのも最終的に教団の欲望を果たすためだったと知ったら、それはアイデンティティ破壊レベルでしょう。
しかも自分の選ぶはずの指輪は、他の人物を選んでいる。これもきつい。
それが使命、生きる意味、存在意義と思って生きているのに、使命の方が自分を選んでこない。これは仁王3の全国松が共感しちゃう案件。
彼は母親の記憶も消されているので、人為的にいじられている彼の内面は空だったはず。彼の中には長く、正義を為すという目的だけがあって、本人の意思はなかったように思います。
が、グラムを役目から解放するような配慮は持ち合わせているんですよね。
その世界で救われたいのは誰?
彼がのちに主人公に見せてくれるような、彼の理想の世界とは、誰も苦しんでいない、争っていない、永遠に平和な世界。その世界であれば誰が一番傷つかないかって、サザントスなんだろうなぁと思います。こういう人間たちに接していたら、自分は削られずに済むし、使命を信じてもいられる。人間を守る役を負う自分に意義を感じられる。
けど、ノーマルエンドのバトルで本人が語っているように、「ここには全てがあるようで、誰もがいるようで」「何もないし誰もいない」「寂しい」なんだろうなと。サザントスが自分で全部作っているんですもんね。
切ないな。
サザントスと神界で戦った時あと、消えかけながら彼が口にした望みって、彼が今まで背負ってきたものと比べたら本当に些細なもので、それが私が彼に沼ったきっかけかもしれない。
「消えたくない」「まだ何も成していない」
で、「たすけて、ママ」。
母さんじゃないんですよね、ママ。
彼が世界を奪われたのは、まだ母親のことをママと呼ぶような幼少期だったこと。サザントスの周りにちゃんと温度のある人が(彼を道具として利用しない人が)いてくれたのは、ほんのわずかな期間だけだったこと。その思い出さえも奪われていたこと。
銀髪のイケメンがお母さんに焦がれてママ呼びするのが良いってわけではなくて(むしろそれは嫌です)。
彼は聖火守長としての外側をガチガチに育てざるを得なかった人なんだな、と。時に冷酷にドライにも見えたのは、情緒を育てる環境に置かれてこなかったからなんだなと。
それで世界を滅ぼして作り直してやるんだという地点までぶっ飛んでしまうのは、彼が真面目だからだろうなと思います。

大人になるとは汚くなることだから
人は大人になれば、世界が汚いことも不平等なこともある程度理解し、それに対して上手くやるか妥協するか嘘をつくことで世界に順応していきます。
むしろ、そういうふうに生きること自体を「大人になる」とも表現するわけです。でも、それができない人、できても嫌だと思う人、にサザントスは刺さる。私もそう。
世界を作り替えてやりたいとはまでは思わないけど、人間なんて悪だから早く滅びれば良いのにとは思う部分はある。その力がないからやらないだけ。アメリカの大統領でもあるまいし、私がその立場になることなんてないから、先の話を考えることもないだけである。
でも、RPGの世界では聖人が聖人だからこそ世界を滅ぼす立場になってしまうことがありますね。
(今思いつくのはペルソナ5ロイヤルの三学期のボスの人ですが、彼はそこまで刺さらなかったなぁ。足立さんの方が共感した)
彼にも堕天使という言葉がよく似合うなと思いました。
堕ちてしまった聖人、元天使。
どこかの世界の天才ソルジャーも片翼の天使。
サザントス自身に生々しい目的はなく、炎に従って正しきをなすという外在的な役目で動いてきた人生があるから、彼には神性に近いものがあると思う。
彼の心象世界に入ると、雪の世界にポツンと一軒家があって、彼とファラメと弟(妹)がいる。そこで主人公がサザントスの兄妹だったと判明するわけですが、これはかなり驚いた。お兄ちゃんなのか、君は!
サザントスはお母さんのことばかり気にしているけど、一応兄妹の存在も覚えていたんだなぁと思います。大人サザントスの中では死亡している(と秘匿文章にあったから)と認識している兄妹が、一緒に旅していたんじゃん。ていうか、真横にもいたじゃん(シグナ)!
子サザントスは知っていたとしても、大人サザントスはいつ気づいたの?
主人公が指輪持って起こしにきて、目覚めた後?
子サザントスが、「わかったよ」って言ったのは、彼の白くて淡い夢にいたい気持ちを諦めて、現実を主人公と共に生きること?
全てを語ってくれないが故に、逆に気になってしまう。
あの、フェイトの切嗣の夢を思い出す小さな世界の中から、指輪を使って強制的に目覚めさせるってかなり横暴で、主人公に明確な意思がないとできないことだと思います。事前にシグナの話も終わらせてないといけないし。
ここでやっと、「はい」以外の選択を選べる!
サザントスを起こすも起こさないも、どっちを選んでも悪くはありません。
あの夢の中で終わらせたら彼は静かに休めるだろうし、起こしたら起こしたで、じゃあ自分のやったことも含めてどう生きるのかって向き合わなきゃいけないから。起こす方がきついかな。
それでも無理にでも起こして現実に連れてくるのがトゥルーエンドだと思うのは、彼が、「消えたくない」「まだ何も成してない」って言ったからなんですよね。
サザントスさん、あなたが何も成してないってこと、ないだろうよ。
ロンドがサザントスに何度も言ってます。「あなたは僕を助けてくれた、あなたに憧れた」って。サザントスが助けた人はロンド以外にもいっぱいいて、それは客観的に「何も成していない」では全くない。
むしろ、たくさんのことは成してきたが、「自分で成したいと思いそうした」ことはなかったとも受け取れます。単にボコされて世を変えられなかったから「成してない」なのかもしれませんが。
でも、辺獄で亡くなった人を利用してきたのは、ある意味でサザントスは「余計なことを成している」。
この辺、胸にくるストーリーです。小一時間ばかり問い詰めたい。
ファラメはサザントスには「欲のない世界を作って」と言った一方、主人公には「自由に生きて」と言い残しています。
サザントスと自分は、教団に拘束されている以上「自由に生きる」ことが難しかったから、そうは言いたくても言えない状況でした。
欲のない世界という言葉を断片的に思い出し、その言葉にサザントスが囚われてしまった部分も確かにあるけど、ファラメとしては子供達全員に、思うままに生きて欲しかったんじゃないのかなぁ。それもまた願いの形をした欲なのです。だから欲は、悪いだけのものではないんですよね。
故郷は滅ぼされたものの、一応自由に生きた主人公は指輪に選ばれ続け、サザントスはサザントスで指輪を探し続けてきた。二人が出会う運命になってる。サザントスが指輪に選ばれていたら、主人公と彼が関わることはなかったでしょう。
ファラメ母さんが本当は子供達に送りたかった言葉は、「自由に思うままに生きてほしい」「あなたはどこにだって行ける、何にだってなれる」の方。
その言葉を受け取った主人公が、最後、オルサ島で立ち尽くしているサザントスのところに向かう場面で、サザントスの背中の一枚絵で終わるトゥルーエンド、良すぎる。

ちょ、後5分その先が見たいんだが!!? と本気で思った。
でも描かないからこそいいのかもしれない。想像してしまうから。
振り返って妹(弟)の姿を見た、サザントスの困惑した表情や言葉を。
絶対にこの人、最初拒絶するでしょ、みたいな。
演出が憎い。憎すぎる。十万石饅頭(埼玉県民)
エモすぎるエンディング
闇おちサザントスがカムバックして、ガルデラを兄妹二人で倒すシーンにも痺れましたが、(30人超の戦闘も面白かった)、その後にウィッシュベールで仲間たちがそれぞれ見送ってくれるのも良かったです。
最後に主人公を送り出してくれるスティアも、「これからは自由な旅ができるね」とのこと。
そうだね、今までは選択肢も無限ループになってしまう不自由な旅だったからネ…というのはさておき、自由な旅に出た主人公の映像に流れる、メインテーマの英語歌詞(字幕付き)の演出がまた、憎い!!
サザントスを探す旅なのかな?
私という一人称の歌なのですが、サザントス視点でもあるような、主人公視点でもあるような、どっちとも取れるような良い歌なんです。
ざっくりと内容拾ってきた。
ただ歩くだけ。自分の中の灯りに従って。声のする方へ。なんのために生まれた? 私を抱く手はもうない。私を呼ぶ声の方へただ歩く。答えを求めて。螺旋の中巡り合って 2人の軋轢が新しい灯火を産んだ。ただあなたに会いたい。ここにある灯りが私の心を照らすから。
どっちかというと主人公視点ですね。
サザントスは歩いてないので(立ち止まってる)
ああ、忘れていた若かりし頃のオタ心が刺激されます。
戦い疲れて歩けなくなった誰かに、寄り添って光や希望になるような、救いになるような、人と人との出会いを描く作品が大好きだったわ、と。
(東京魔神学園とベアルファレス、サクラ大戦に幻想水滸伝など)
私は兄弟愛より異性愛のほうがわかりやすいので、できればそっちの方が良かったけど、サザントスが飢えてるのは家族愛なので血縁としての繋がりがある主人公のほうがいいんだろうなぁって思います。
(私は兄弟がいないので、どんな存在かという体感や大切さがわかりません。)
サザントスの中に微かに残っていた雪の中の家に、主人公は確かに存在していたからなぁ。
何のために。
何と共に。
そう自問自答するサザントスのいる島に船で乗り付けた主人公。ファストトラベルは使わないのか。
この演出がもう、サザントスが今後何と共に生きるのかの答えになっていそうで、エモい。
サザントスがなんのために生きる=主人公のために生きるじゃなくていいんです。彼の中にそれが見つかるまで共に生きる、1人にしない、というような主人公の意志を感じるエンドだったのが良かった。
タイトル画面の夕暮れの海は、このサザントスのいる島の丘を目指していたのか、と知り、サザントスの立ち尽くしている一枚絵が、彼のステータス画面で表示される立ち絵イラストの別角度なのでは!?と気づき、どれだけこのエンディングを目指して仕込んで作っているんだと思いました。完敗です。

しかもです。EDムービーで、オルサ島に来る前に主人公が立ち寄っているベルケイン火山の神殿には、欠けた聖印というアイテムが落ちています。
こちらノーヒントです。確認に行った人だけが見つけられるアイテム。欠けた聖印=サザントス。それを拾ったら、彼の居場所がわかるようになった、的な演出?
おしめが取れなかったのは・・・っていうかおしめて。
ダンジョン攻略やクエスト、ウィッシュベールでのあれこれが途中に挟まるために、サザントスのストーリーを連続してみることは難しいですが、イベント再生でもう一度通して見てみました。
図書館での主人公のボケ(アナタ色)とロンドのツッコミがもう一度やっても面白かった。
というのはさておき、口が不得手でな、と言うサザントスは皮肉に関しては全く不得手ではありません。特におしめという単語でロンドを貶すのが好きそうでした。自分がなかなか取れなかったとか?



辺獄に至っては、毎回ロンドを勧誘しており、案外1人だと寂しかったのかもと思います。
教団内部の人間は皆殺しにしてますが、他の人間には手を下してなさそう。 辺獄の人間は亡くなっているから断罪が難しい部分ですが、シグナは自分から死んだし、シグナの姉妹を殺したのはサザントスじゃなくて、ピエロの人だったので、サザントスが捕まったり裁かれたりってことないんですかね。タトゥロックですら自分の国に帰ってるしな。
主人公サイドからしたら、村襲撃の際に自分たちの面倒を見てくれたフィニスおじさん(ノモス)を殺したのが一番酷いことになるのかなと思いました。
丁寧に描かれた男、サザントス
ここまで丁寧に描かれてて、結末も救いも用意されている人間ってオクトラではなかなか見かけません。
他に丁寧に描いていたな、と思ったのはティツィアーノかなぁ。
彼は自分の人生を悔いていないので辺獄に現れない。素晴らしい。
サザントスは、心情を追ったり、背景を想像したり、キャラクターとして非常に魅力的に描かれていたと思いました。
でも登場した時は全く興味がなくて。巻き髪ロングの銀髪の男性なんて、アンジェリークの守護性様なのか? ジュリアスか?と思っていたくらいでして。
声は渋くて好みでもない。むしろヒューゴさんの方が好みでした。
だからこそ後半の彼の話に心を持っていかれたのかもしれない。
こんなところから豪速球が飛んできた。ストライク!
実は裏主人公でもあったサザントス。
こんなに力が入ったキャラも描けるんだ、と感動したので、私の中でオクトラのストーリーが嫌いだ!と思っていた評価が覆ったんですよね。
この密度でどの話も描いてくれて、インスタントな悲劇で済ませなかったら良かったのになぁって思います。
おまけ。サザントスとケルザスとちょっと似ているかもな点
ケルザスに親交度アイテムのホロウリリーの花束を渡すと、彼が自分の過去話をしてくれるのですが、その話を聞いた後の印象が、どこかでサザントスに似てる部分もあるなあと思いました。
マフィアとの抗争に明け暮れていたら、それに巻き込まれた無関係の少年が死んでいるのを見かけた。以降自己満足とはわかっているが、花を捧げている、っていうお話です。
どこか似てるの?って思いますよね。
ケルザスってパーティーに入れると、やたら神様神様言うのでうるさいなーと思っていたのですが、あれって戒めであるのかも、敵だけじゃなくて自分に言っているのかもと思った時に感じました。神様がご覧だってセリフ。
戦いが終わってウィッシュベールを守っていくと決めた彼は、きっと毒気の抜けた穏やかな顔をしているのだろうなと思った時もそうですね。
抗争が正義だと思って駆け抜けていた横で無関係な命が散ってしまって。
自身のあり方を改めて信仰を選んだけど、自分が罪人であることを自分で一番戒めている。忘れないように花束も手向けている。自分の罪を。散った小さな命を。
それが誰のせいで失われた命なのか、直接彼を責める存在はいない。ケルザスが直接手を汚したわけでもない。結果としての死だったから。
その罪を知っていてくれるのは、ケルザスにとって全てを見ている神様しかいない。
マフィアではなくなった彼の中に、これが俺の生き方だ、と言えるようなものはなかった。「なんのために生きるのか」に対する答えが見つからなかった彼は、そこに信仰という確立された強いものを置いた。信仰に身を捧げながら罪の意識も同時に抱えて、根無草のように生きていた(と思う)。
それが主人公と旅してウィッシュベールに身を置いて、穏やかな日々を過ごすうちに、この街を守っていきたい、そのためにナイフを使いたいって気持ちに変わったという終わり方がとても清々しくて良かったです。
サザントスにもぜひそうなって欲しいものだ。
あ、ケルザスは別に好きじゃないです。普通。
長々と書きました。満足です。
ローラナ周りも書いてみたかったけど、機会があれば。
お付き合いいただきありがとうございました。
ちょっと妄想シーン撮りました。



パーティ2人に編成して街を巡ってると、兄と妹が旅をしているようで感慨深いです。
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