帰省すると、昔の自分に戻ると思っていたけれど
こんにちはあるいはこんばんは
単線の電車が、対向車両を待つために駅で止まっていました
窓の外には、田んぼと低い建物と広い空がありました
帰省すると、昔の自分に戻る
どこかで、そんなふうに思っていました
でも今回の帰省では
少し違う感覚がありました
昔の自分に戻るというより
今の自分がどこにいるのかを
少し見せられた気がしました
同級生が学校の教頭になる年齢になった
同級生と話すと
話題が昔と変わっていました
老眼の話
子どもの話
仕事の話
親の話
昔は、そんな話をする年齢になるとは
あまり想像していませんでした
親友たちには
2人、3人の子どもがいます
小学生や中学生くらいになっているらしい
休みの日も
子どもの習い事やクラブ活動で忙しいと言っていました
家族で行動することが多く
自分の時間はなかなかないらしい
同じ地元に帰っていても
帰省の中身は人によってずいぶん違います
私は帰省しても
大きな予定があるわけではありませんでした
お墓参りに行く
親戚の家に行く
少し話をする
少し散歩する
あとは、のんびり過ごす
それだけといえば
それだけでした
その中で
同級生が学校の教頭になったと聞きました
すごいなと思いました
でも、そのあとに来たのは
そういう年齢なんだな
という感覚でした
自分たちはまだ
どこかで中学時代の延長線上にいるような気がしている
でも現実には
同級生はそれぞれの場所で
ちゃんと年齢を重ねています
地元が止まっているように見えることがあります
でも本当は
止まっていたのは
自分の記憶のほうだったのかもしれません
親戚の家では、膝と血圧とスマホの話になる
親戚の家に行くと
話題は膝や腰や血圧の話になります
膝が痛い
腰が痛い
血圧がいくつだった
若い頃なら
そういう話を少し遠くに感じていたと思います
でも今は
まったく遠い話でもありません
自分ももう
若い側だけにいるわけではないのだと思います
そして親戚の家に行くと
スマホやパソコンのことを聞かれます
私はよく言います
「孫とか若い子のほうが詳しいよ」
それは本当にそう思っています
でも頼まれれば
結局、私はスマホを受け取ります
画面を見る
設定を見る
わからなければ調べる
SEだから全部知っているわけではありません
ただ、わからないことを調べながら
壊さないように確認していくことには少し慣れています
詳しいから頼られているというより
断らずに調べる人だと思われているのかもしれません
それもまた
帰省したときの自分の役割なのだと思います
兄の前では、まだ弟だった
兄と二人で
昼食をかねてお土産を買いに行きました
あれこれ見ているうちに
兄がいろいろ買ってくれました
こちらが強く遠慮するでもなく
なんとなくそのまま受け取っていました
もう40代半ばです
同級生は学校の管理職になり
親戚からはスマホやパソコンのことを聞かれる
自分もそれなりに
頼られる側になっているはずです
それでも兄の前では
いつまでも弟なんだなと思いました
不思議なもので
それが嫌ではありませんでした
むしろ少しだけ
ありがたかったです
結局、お土産はスーツケースに入りきりませんでした
持って帰れない分は
宅配してくれることになりました
お土産を宅配する
少しだけ違和感があります
でも、それくらい買ってくれた兄の気持ちも
ありがたかった
こういうことを
うまく言葉にするのは少し難しいです
兄弟だから
感謝を大げさに言う感じでもない
かといって
当然だと思っているわけでもない
遠慮するでもなく
でもありがたい
そのくらいの距離感が
兄弟なのかもしれません
徒歩20分の駅まで、兄は車で送ってくれた
帰りは
兄が車で駅まで送ってくれました
駅までは歩いて20分くらい
歩けない距離ではありません
でも、地元では基本的に車で移動します
近くのコンビニに行くにも車
駅まで行くにも車
田舎は自然が多いから
よく歩くようなイメージがあるかもしれません
でも実際には
生活はかなり車に寄っています
帰省して少し驚いたのが
ガソリンの値段でした
1リットル154円
名古屋で普段見ている価格より
10円くらい安く感じました
都会にいると
ガソリン代は車を持っている人の出費に見えます
でも地元では
もっと生活に近い
前日の夜
兄に電車の時間を聞かれました
朝になると
当たり前のように車を出してくれました
ありがたい
でも、歩けなくはない
そう思いながら
助手席に座っていました
助手席から見た景色には
田んぼがあり
低い建物があり
広い空がありました
昔と同じようで
少し違って見えました
たぶん変わったのは
景色だけではありません
それを見る自分のほうも
少し変わったのだと思います
単線の電車に揺られて、名古屋へ戻る
帰りの電車は
4割か5割くらいの混み具合でした
単線の電車は
かなり揺れます
駅では
対向車両とのすれ違いを待つために
しばらく停まります
都会にいると
踏切さえあまり見ません
でも地元では
踏切があり
単線があり
駅で待つ時間があります
不便といえば
不便なのかもしれません
でも、その不便さの中で
自分にはこういう居場所もあるんだと感じました
そのあと新幹線に乗ると
車内は9割から10割近く埋まっていました
みんながそれぞれの場所へ戻っていく時間だったのだと思います
ふと見ると
各席にコンセントがありました
いつの間に
こんなに便利になっていたんだろう
単線の電車では
対向車両を待って駅でしばらく停まる
新幹線では
座席ごとにコンセントがあり
スマホを充電しながら名古屋へ戻っていく
同じ移動なのに
流れている時間が違う気がしました
帰省は
地元へ戻る時間でもあり
今の生活へ戻される時間でもあるのかもしれません
名古屋の部屋には、大葉が残っていた
名古屋の部屋に戻ると
部屋は静かでした
地元の話し声も
親戚の家の空気も
単線の電車の揺れも
兄の車の助手席から見た景色も
もうここにはありません
スーツケースを置く
部屋の空気は
いつもの部屋でした
でも、観葉植物は元気でした
室内菜園の大葉も
思ったより生き生きとしていました

留守にしていた間も
この部屋の生活は止まっていなかったらしい
地元には
弟でいられる自分がいる
親戚の家では
少し頼られる自分がいる
同級生の前では
同じ時間を過ごしてきた自分がいる
そして名古屋には
ひとりで暮らしている自分がいる
知り合いとの飲み会があり
美容院があり
部屋の掃除がある
それはそれで
自分の生活です
帰省すると
昔の自分に戻るのだと思っていました
でも今回は少し違いました
昔に戻るというより
今の自分がどこにいるのかを
見せられた気がしました
地元にも
名古屋にも
自分の居場所がある
どちらか片方が本当というより
どちらも今の自分なのだと思います
みなさんは帰省したとき
昔の自分に戻る感覚がありますか
それとも
今の自分の立ち位置が見えてくる感覚がありますか
親の前、兄弟の前、同級生の前で
自分の役割が少し変わるような感覚はありますか
