中間管理職は、昔の正解と今の正解を翻訳している
こんにちはあるいはこんばんは
最近、職場で管理職の人たちを見ていて、少し気になることがありました。
若手に何かを伝えようとして、途中で言葉を選び直しているように見えたのです。
強く言えばハラスメントになる
かといって何も言わなければ育たない
飲み会に誘うにも気を使う
業務時間外に勉強しろとも言いづらい
でも上からは「文化を承継してほしい」と言われる
これ、かなり無理がある話だと思います。
昔のやり方は、もうそのまま使えない。
でも、昔のやり方の中で育ってきた空気や文化は残してほしい。
その間に立たされているのが、今の中間管理職なのではないでしょうか。
昔は「本人がやりきる」が正解だった
昔の仕事の覚え方には、今から見ると乱暴な部分も多かったと思います。
残業してでも本人がやりきる
時間をかけてでも自分で工夫する
先輩や上司のやり方を見て覚える
仕事の後に飲みに行って、人間関係を作る
少し無理をしながら、仕事の進め方を体で覚える
もちろん、それが全部よかったと言いたいわけではありません。
長時間労働が当たり前だったり、理不尽な叱られ方をしたり、飲み会に行くのが当然のような空気があったりした時代は、今の感覚からすると問題も多かったと思います。
ただ、そこに何も意味がなかったとも思えません。
本人が時間をかけて考える。
最後まで自分でやりきる。
相手の状況を見ながら動く。
社内の人間関係の中で、仕事の進め方を覚える。
そういうものは、たしかにあったのだと思います。
昔のやり方には問題があった。
でも、その中で身についたものまで全部なかったことにするのは、少し違う気がします。
今は「傷つけない」が正解になった
一方で、今の会社では昔のようにはできません。
強く注意するにも言葉を選ぶ
飲み会は誘い方ひとつで気を使う
業務時間外の勉強を求めるのも難しい
残業してでもやり切れとは言えない
心理的安全性も大事にしないといけない
これは悪い変化ではないと思います。
人にはそれぞれ生活がある。
仕事だけが人生ではない。
業務外の関係を望まない人もいる。
会社の飲み会に行きたくない人もいる。
昔のような怒られ方をされたら、しんどくなる人もいる。
若手側の言い分も、私はわかります。
仕事だけに人生を寄せたくない。
納得できる形で成長したい。
業務時間外まで会社に使われたくない。
モチベーションを高めてほしい。
それは自然な感覚だと思います。
ただ、現場の仕事はそれだけでは回りません。
お客様とのやり取りはある。
社内調整もある。
トラブル対応もある。
面倒な確認もある。
自分から聞きに行かないと進まない仕事もある。
そこで中間管理職は悩むのだと思います。
若手の価値観は尊重しないといけない。
でも、仕事を作業として淡々とこなすだけでは、いずれ詰まる場面も出てくる。
この間に立つのは、かなりしんどいはずです。
文化承継と言われても、昔の手段は使えない
ここが一番難しいところだと思います。
上からは文化を承継してほしいと言われる。
でも、昔その文化を作っていた手段は、今は使いにくくなっている。
昔は、飲み会がそのひとつだったのだと思います。
仕事中には話せないことを話す。
上司や先輩の考え方を聞く。
他部署の人と顔見知りになる。
そういう場が、良くも悪くも社内の人間関係を作っていた部分はあったと思います。
飲み会が万能だったとは思いません。
嫌な飲み会もあっただろうし、強制されるのは違うと思います。
飲み会に来る人だけが評価されるような空気も、今の時代には合わないと思います。
それでも、円滑に仕事をするためのコミュニケーションの場として機能していた部分はあったはずです。
今はそれをそのまま使えない。
では、代わりに何を用意するのか。
ここが曖昧なまま、中間管理職だけに「若手を育てろ」「文化をつなげろ」と言っている会社は多いのではないでしょうか。
飲み会は強制できない
残業も前提にできない
厳しい指導も難しい
業務時間外の学習も求めにくい
それなら、業務時間内でどう育てるのか。
社内の人間関係をどう作るのか。
仕事の意味や背景をどう伝えるのか。
若手が自分から動けるようになる場をどう設計するのか。
そこまで会社として考えないと、現場だけが疲れていく気がします。
昔のやり方と今の正解の間で、管理職はこんなふうに板挟みになっているのかもしれません。

何も言わない職場は、本当に安全なのか
最近は、ハラスメントを避けることがとても大事になりました。
それ自体は当然です。
ただ、現場では別の難しさも出てきているように見えます。
何か言えば、ハラスメントと言われるかもしれない。
踏み込んで話せば、余計なお世話になるかもしれない。
飲みに誘えば、圧になるかもしれない。
厳しく言えば、関係が悪くなるかもしれない。
そう考えていくと、だんだん何も言えなくなる。
ホワイトハラスメントという言葉があります。
厳しく言わない
余計なことを言わない
関わりすぎない
一見すると優しいように見えます。
でも、何も言われないまま若手が育たないとしたら、それもまた問題なのだと思います。
言えばリスク。
言わなくてもリスク。
それでいて、上からは育成しろと言われる。
文化を承継しろと言われる。
正直、どうすればいいのかと思う人がいても不思議ではありません。
実際、もう踏み込むことをためらっているように見える管理職もいます。
それは、その人が冷たいからではなく、何を言っても正解になりにくい状況に置かれているからなのかもしれません。
若手が悪い、管理職が古い、では片づかない
この話をすると、すぐに若手批判になりがちです。
若手が淡々と仕事を進めているように見えることがあります
仕事を作業としてこなしているように見えることもある
自分から人間関係を作ることに、あまり前向きではないように見えることもある
成長したい気持ちはあっても、業務外まで仕事に寄せるのは違うと感じているのかもしれない
そう見える場面はあるのだと思います。
でも、それだけで終わらせると雑です。
若手からすれば、会社の人間関係に深く入り込みたくないのかもしれない。
仕事以外の時間まで使いたくないのかもしれない。
何のために学ぶのかが見えないのかもしれない。
昔のような距離感を、そもそも望んでいないのかもしれない。
それも理解できます。
一方で、管理職側の悩みもわかります。
社内で人間関係を作らないまま仕事を進めると、どこかで詰まる。
作業だけをこなしていても、調整や判断ができるようにはなりにくい。
お客様とのやり取りやトラブル対応は、マニュアルだけでは身につかない。
仕事の勘所は、ある程度の経験と関わりの中でしか育たない。
だから、どちらかが完全に正しいわけではないのだと思います。
昔のやり方を全否定するのも違う。
今の正解だけで現場を語るのも違う。
その間で、どう置き換えるか。
ここに今の難しさがあります。
SEの現場でも他人事ではない
SEの現場でも、これは他人事ではありません。
若手に技術を覚えてほしい。
でも、業務外に勉強しろとは言いにくい。
自分で調べる力を身につけてほしい。
でも、放っておけば育成不足になる。
お客様とのやり取りも経験してほしい。
でも、いきなり前に出すには不安もある。
AI活用も同じです。
効率化しろと言われる。
でも、AIの出力をそのまま信じるわけにはいかない。
結局、誰かが確認し、判断し、責任を持つ。
便利な道具が増えても、現場の責任が消えるわけではありません。
中間管理職は、昔と今を翻訳している
中間管理職がしんどいのは、単に仕事量が多いからだけではない気がします。
昔の正解を知っている。
今の正解にも合わせないといけない。
上からは成果と文化承継を求められる。
下には心理的安全性と納得感を求められる。
この全部を同時に受けている。
昔の正解をそのまま出せば、古いと言われる。
今の正解だけを守れば、現場が育たないと言われる。
だから、中間管理職はずっと翻訳しているのだと思います。
昔でいう「残業してでもやりきれ」を、今ならどう経験させるのか。
昔でいう「飲みに行って関係を作れ」を、今ならどう業務時間内で作るのか。
昔でいう「怒られながら覚えろ」を、今ならどう安全にフィードバックするのか。
この翻訳作業は、かなり高度です。
しかも、それをやっていること自体が、あまり評価されにくい。
数字に出にくい。
成果として見えにくい。
でも、やらないと組織は弱くなる。
この見えにくい仕事を背負っているのが、中間管理職なのだと思います。
昔に戻すのではなく、今の形に置き換える
昔のように戻せばいいとは思いません。
飲み会を強制する必要はない。
長時間労働を美化する必要もない。
怒られて覚える文化に戻す必要もない。
ただ、昔のやり方の中にあった本質まで捨てる必要はないと思います。
本人がやりきる経験。
時間をかけて工夫する経験。
社内の人間関係を作る経験。
自分の仕事が誰かに影響する感覚。
困ったときに相談できる関係性。
これらは、今でも必要です。
問題は、その作り方が変わったことです。
昔の方法は使いにくい。
でも、必要なものは残っている。
だからこそ、会社は「文化承継」と言うだけではなく、その文化を今の働き方にどう置き換えるのかまで考える必要があるのだと思います。
文化承継を本気で言うなら、それは中間管理職の人柄や面倒見のよさだけに任せるものではないはずです。
業務時間内で若手が人と関わる機会を作る。
小さな失敗を経験できる場を作る。
雑談や相談が自然に起きる余白を残す。
仕事の背景を説明する時間を、業務として認める。
そこまで設計しないまま「文化をつないでほしい」と言うのは、少し乱暴です。
その矛盾を誰が吸収しているのか
私は管理職そのものではありません。
だから、当事者の大変さを全部わかっているとは言えません。
ただ、現場で見ていると、中間管理職がしんどそうに見える理由は少しわかる気がします。
昔のやり方は否定される。
でも、昔のやり方で育った文化は残せと言われる。
若手には優しく丁寧に向き合う。
でも、成果も成長も求められる。
ハラスメントは避ける。
でも、何も言わなければ育成不足になる。
これは、かなり矛盾しています。
そしてその矛盾を、誰か一人の人柄や努力で吸収しようとしている。
それが今の中間管理職のしんどさなのではないでしょうか。
昔の正解も、今の正解も、どちらか一方だけでは足りない。
大事なのは、昔のやり方をそのまま押しつけることではなく、そこにあった意味を今の形に置き換えること。
でも、それは簡単ではありません。
だからこそ、まずは中間管理職を「古い」「弱い」「調整できていない」と見る前に、何を背負わされているのかを見た方がいいのかもしれません。
昔の正解を全部捨てるのも違う。
でも、昔のやり方に戻るのも違う。
その間で、今の現場はまだ答えを探しているのだと思います。
自分の職場でも、誰かがこの矛盾を黙って吸収しているのかもしれません。
みなさんの職場では、昔のやり方と今の正解の間にあるものを、誰が吸収しているでしょうか。
最近、そんなことを考えています。
AI時代のSEの働き方や、現場で感じた違和感について他の記事でも書いています。
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