仕事のキャパは、根性ではなく設計するものなのかもしれない
こんにちはあるいはこんばんは。
午後に突発対応が入った日だった。
本当は、夕方に資料レビューを一つ片付けるつもりだった。
資料は開いている。
コメントも書ける。
見れば分かるところもある。
でも、いつもなら引っかかるはずの前提を、少し流している自分がいた。
確認が一段浅い。
あとで見ようと思って、判断を後ろに送る。
レビューしたつもりにはなっているけれど、いつもの深さでは見られていない。
その時に思った。
仕事のキャパは、根性でどこまで耐えられるかではなく、品質を落とさずに走れる速度のことなのかもしれない。
キャパは、限界値ではなく巡航速度かもしれない
若い頃は、キャパという言葉を少し勘違いしていた気がする。
どれだけ長く働けるか。
どれだけ案件を抱えられるか。
どれだけ急な依頼をさばけるか。
どれだけ予定を詰め込んでも倒れないか。
そういうものを、仕事のキャパだと思っていた。
もちろん、踏ん張らないといけない時期はある。
ただ、40代になってPLの立場で仕事を見るようになると、少し違って見えてくる。
本当に見ないといけないのは、限界まで走れるかどうかではない。
同じ品質で、翌日も戻ってこられるかどうか。
つまり、仕事のキャパとは最大瞬間風速ではなく、巡航速度なのだと思う。
SEの仕事は、手が止まる前に品質が落ちる
SEの仕事は、体が完全に止まる前に、先に判断の質が落ちる。
パソコンの前には座れている。
資料も開いている。
レビューコメントも書いている。
見積の表も埋めている。
だから、一見すると仕事はできているように見える。
でも、実際には少しずつ変化が出る。
確認が雑になる。
違和感を流す。
突っ込むべきところで、まあいいかと思う。
今見た方がいいものを、後回しにする。
怖いのは、本人もその場ではあまり気づかないことだ。
大きなミスをしたわけではない。
明らかにサボっているわけでもない。
むしろ、忙しい中でなんとか回している。
でも、レビューの深さや判断の丁寧さは、確実に削られている。
レビューは、疲れた時ほど浅くなる
特に出やすいのは、レビューだと思う。
レビューは、ただ間違いを探す作業ではない。
前提が合っているか。
抜けている観点はないか。
運用で困るところはないか。
顧客に説明した時に誤解されないか。
あとでメンバーが迷わない形になっているか。
そういうものを見ていく仕事だ。
疲れていても、誤字脱字は見つけられる。
表現の揺れも直せる。
明らかな間違いも拾える。
でも、少し深い違和感を拾う力が落ちる。
画面項目はそろっている。
処理フローも書いてある。
見積の数字も一応並んでいる。
でも、例外時の動きが薄い。
運用担当者がどこを見るのかが曖昧。
顧客に説明する時の前提が抜けている。
疲れている時ほど、こういう少し奥の違和感を流してしまう。
レビューの怖さは、見たことになってしまうところにある。
浅いレビューは、あとで戻ってくる
レビューが浅いまま通ると、その場では早く進んだように見える。
指摘が少ない。
差し戻しも少ない。
資料も次の工程に進む。
一見すると、仕事がスムーズに流れているように見える。
でも、後から戻ってくることがある。
仕様確認として戻ってくる。
手戻りとして戻ってくる。
顧客説明のしづらさとして戻ってくる。
メンバーの迷いとして戻ってくる。
つまり、レビューの品質低下は、自分だけの疲れでは終わらない。
チーム全体の未来の負債になることがある。
だからPLのキャパは、自分がまだ働けるかどうかだけで見てはいけない。
自分の判断品質が、チームに返せる状態かどうか。
そこまで含めて見ないといけないのだと思う。
突発対応と見積は、キャパを静かに削る

キャパを削る仕事は、作業量だけでは測れない。
自分の場合、突発対応、レビュー、見積はかなり重い。
突発対応は、予定していた集中力を割り込ませる。
レビューは、人の成果物を読みながら判断し続ける。
見積は、曖昧な前提を数字に置き換える。
どれも、単純な作業時間だけでは測りにくい。
30分の突発対応でも、その後の集中は戻りにくい。
予定表では30分でも、頭の切り替えには30分以上かかっていることがある。
1時間のレビューでも、判断を続ければかなり消耗する。
見積は表を埋めるだけに見えて、実際には責任の置き方を考えている。
特に見積は、疲れている時に危ない。
数字は作れる。
表も埋められる。
それっぽい形にはできる。
でも、前提確認が浅くなる。
リスクの見方が甘くなる。
説明できる数字なのかを、少し雑に扱ってしまう。
見積は、作業ではなく判断に近い。
だからこそ、疲れた状態で無理に片付けると、あとで自分を苦しめることがある。
だから、予定表が空いているかどうかだけで、自分のキャパを判断すると危ない。
空いているように見えても、判断の余力が残っていないことがある。
「まだいける」ではなく「まだ同じ品質で見られるか」
忙しい時ほど、自分にこう聞いてしまう。
まだいけるか。
今日中にできるか。
もう少し詰められるか。
でも、本当は問い方が違うのかもしれない。
まだ同じ品質でレビューできるか。
まだ前提を確認できるか。
まだ違和感を拾えるか。
まだ後回しにせず、その場で判断できるか。
ここが崩れ始めたら、もうキャパの境界に近い。
仕事の怖いところは、限界を超えた瞬間に倒れるとは限らないことだ。
倒れずに働けてしまう。
返事もできてしまう。
会議にも出られてしまう。
でも、確認が雑になる。
判断を後ろに送る。
レビューの目が浅くなる。
その状態で続けていると、後から仕事の品質に出る。
キャパは、根性ではなく配置で守る
キャパを広げるというと、どうしても根性の話になりやすい。
もっと頑張る。
もっと慣れる。
もっと抱えられるようにする。
でも、40代のPLに必要なのは、たぶん根性より配置だと思う。
レビューを会議のすき間に押し込まない。
突発対応の直後に、重いレビューを置かない。
見積を作った直後に、重要な判断を詰め込まない。
後回しにしそうな確認は、最初から予定に入れる。
集中力が落ちる時間帯に、品質が必要な仕事を置かない。
どれも派手な工夫ではない。
ただ、品質が落ちる境界を知っている人ほど、仕事の置き方を変える。
自分の根性を信じるのではなく、自分の品質が落ちる場所を知っておく。
それも、PLの仕事の一部なのかもしれない。
40代のキャパは、抱える量ではなく戻せる品質で見る
40代になると、単純に作業をこなすだけではなくなる。
レビューする。
見積もる。
判断する。
相談を受ける。
突発対応をする。
顧客に説明する。
メンバーの迷いを拾う。
こういう仕事が増えていく。
だから、自分のキャパを作業量だけで見てはいけない。
何件できたか。
何時間働いたか。
何個片付けたか。
それだけではなく、
どの品質で戻せたか。
どこまで確認できたか。
どこで後回しにしたか。
どのレビューが浅くなったか。
そこまで見ないと、本当のキャパは見えない。
仕事のキャパは、根性で広げるものではなく、品質を落とさないように設計するものなのだと思う。
最後に
まだ働ける。
そう思う日ほど、少しだけ疑った方がいいのかもしれない。
本当に見るべきなのは、体力の残量ではなく、仕事の品質が保てているかどうか。
レビューが浅くなっていないか。
確認を雑にしていないか。
後回しにしている判断が増えていないか。
そこに、自分の巡航速度の境界が出る。
あなたの場合、仕事の質が落ち始めるサインは何ですか。
返信が短くなる。
確認を後回しにする。
レビューが浅くなる。
人の話を最後まで聞けなくなる。
そんな小さなサインは、ありませんか。
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