日々俳句鑑賞225 「母の死や枝の先まで梅の花」 永田耕衣

​「母の死や」の〈や〉は、単なる嘆きの声ではない。

言葉にならない思いが、早春の凍てつく空気の中で静かに凝縮された結び目である。

言い切らず、説明せず、ただ立ち止まるための切れ。

その空白のあとに立ち上がるのは、寒風に耐え、枝の先まで咲き満ちた白梅の清冽な姿だ。

​それは生命の充溢とも読めるが、同時に、凍土から立ち上がる香気のように、やさしく逝く人を見送っているようにも見えてくる。

枝の先の先まで――。

冬を突き抜けて行けるところまで行き、梅は母の死を見届けている。

​これは「弔いの花」ではない。春を呼ぶ、あかるい日常の象徴が、静かに、過不足なく別れを引き受けているのだ。

耕衣の飄々とした筆致は、感情を拒絶するのではない。

あふれ出しそうな慟哭を、梅の花びらが持つ仄かな熱量で、そのまま包み込んでおくためのものだろう。

​世界は動き出し、花はほころぶ。

早春の光が降り注ぐその厳然たる事実のなかに、確かな慈しみがひそんでいる。


『合本俳句歳時記第五版』(角川書店)より

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