日々俳句鑑賞160 「白鳥の声のなかなる入日かな」 桂信子
白鳥の声があたり一面に広がっている。冬の澄んだ空気の中で、その声は冷たく清らかでありながら、どこか胸の奥をやさしく震わせる哀しみを帯びて響く。その声に包まれながら、入日の光はゆっくり沈んでいく。白鳥の声の「なかに」沈む夕日は、景色の一部である以上に、まるでその声が導いているかのように静かに吸い込まれていく。
この一句に触れ、リヒャルト・シュトラウス《四つの最後の歌》の終曲、シュワルツコップが歌う「夕映えの中で Im Abendrot」を思い起こす。白鳥の声は、そのまま彼女の歌声に重なる。澄明でありながら深い陰影を湛え、はるかな場所へいざなうような響き。冬空にひろがる白鳥の声と、夕映えのなかに立ち上るシュワルツコップの声は、どちらも「天上の孤独」をそっと漂わせている。
そして沈みゆく日は、まさにホルンの音そのものだ。夕映えの黄金色の残照が、大気にゆっくりと溶けていくあの質感。丸く、柔らかく、時には大地の古い記憶のように深く響くホルン。光が音へ、音が光へと変わりゆく瞬間を、ホルンは見事に体現している。入日の沈降は、そのまま《夕映えの中で》のホルンの曲線をなぞるようであり、俳句の景が音楽の響きに変わる。
白鳥の声が空へ舞い上がり、ホルンの残照が光をそっと抱え込む。その響きの中で夕日は沈み、一日の終わりは静かな音楽へと姿を変える。
桂信子の一句は、自然を描きながら、世界がひとつの大きな楽曲のように呼吸している瞬間を捉えている。
白鳥の声は歌声となり、沈む日はホルンとなり、夕映えは光と音が溶けあうひとつの詩になる。
この句の静けさは、そのまま音楽となって、いつまでも余韻のように心に残る。
『合本俳句歳時記第五版』(角川書店)より
