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日々俳句鑑賞377 「天牛の髭にんげんを訝しむ」 柘植史子

「天牛(かみきり)」は晩夏の季語。最もよく見られる胡麻斑天牛(ごまだらかみきり)は、鞭のように長い触角を持つ。歳時記によれば、その触角が牛の角を思わせることから「天牛」と書くという。かみきりむしを「空飛ぶ牛」と見立てた、いにしえの人の発想に驚かされる。

この句では、その「触角」をあえて「髭」と表現している。「天牛」、「髭」という漢字の選択だけで、小さな昆虫はどこか神獣のような風格を帯びる。

そして、「訝しむ(いぶかしむ)」のは人間ではなく天牛である。

庭先や山道で虫を見つければ、私たちは立ち止まって観察する。見る側はいつも人間だと思い込んでいる。しかし、この句では視点が鮮やかに反転する。

熱心に天牛を見つめる作者に向かって、天牛は長い髭を揺らしながら、「このにんげんは、何をそんなに見ているのだろう」と首をかしげているのである。

しかも「人間」ではなく「にんげん」とひらがなで記されたことで、どこか頼りなく、少し子どもっぽい存在に映る。その一方で「天牛」は威厳をまとい、両者の力関係はいつの間にか逆転している。

自然を見つめているつもりが、実は自然の側から見つめ返されていた。その視点の反転が何とも愉快で、人間中心のものの見方をふっと軽くしてくれる。晩夏の木立で出会った小さな天牛が、思いがけない笑いを運んでくれる一句である。

季語解説参照・例句引用:『角川俳句歳時記 第五版』

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