「農業を経営に変える」。RightARMが描く、データ時代の営農モデル
農業は依然として勘と経験に依存している。テラスマイル代表の生駒祐一さんはクラウド型営農支援システム「RightARM」を開発し、データとAIで生産性・収益性の見える化を実現しています。高齢農家の技術継承や流通インフラの整備など、日本農業の再構築に挑む生駒さんの軌跡を追いました。

【第1章】一次産業に再現性を。テラスマイルの三本柱
― テラスマイルの事業概要を教えてください。
テラスマイル株式会社は2014年創業の「農業データ ✕ AI」ベンチャーです。クラウド上に農業データベースを構築しており、これを基盤として今後はデータを用いたインフラビジネスを事業パートナーとともに展開する予定です。創業時のミッションは「全ての営農者を豊かにし、国家を守ることを創造する」。この理念のもと、営農支援クラウド「RightARM(以下、ライトアーム)」を開発しました。ライトアームは天候、出荷量、市場価格、労務コストなどのデータを一元化し、AIによる長期予測も提供しています。

― 現在(2025年9月)、主にどのようなご活動をしていらっしゃいますか。
事業は「教育・事業継承」と「流通インフラ」の二本柱です。ライトアームは「データの倉庫」に当たるため、教育では自治体と連携し、新規就農者への指導に活用。事業継承では、高齢農家の勘や経験をデジタル化して次世代へ伝承しています。秋田県横手市の「大雄ホップ農業協同組合」ではホップ栽培技術をデータ化、北海道鷹栖町では高齢化や後継者不足、栽培難易度の高いトマト・キュウリ栽培をデータで見える化し、再構築を支援しました。
データは流通インフラにも応用しています。気候変動で「いつ何を育てるか」「どの品種が適するか」が不明確な中、ライトアームは品目やタイミングを診断し長期予測を提供。営農者の安定出荷を支え、収穫物を小売・中食メーカーなどの需要者が適切な時期に買い取る需給マッチングにも取り組んでいます。

― 夏に40度を超える地域では、農業者の皆さんはどのように対処していらっしゃいますか。
農業者も気候変動に合わせる必要があると分かっていても「来年は何とかなる」と根拠のない期待で動かない方が多く、農業人口約100万人の9割は勘と経験に頼っています。今年も遮光や潅水タイミングなど10数件の対策をクライアント産地と考え、再現性ある形でデータ収集・分析を行いました。
― テラスマイルを創業して今年で11年。農業業界ではどのような変化がありましたか。
農業法人1経営体の売上規模が拡大しました。創業当初、年商1億円の農家は「大規模」と言われましたが、今は10億円超の農業法人が100社以上。ある県では大規模農家2〜3割が6〜7割の県内出荷量を担い、経営には「規模拡大」が不可欠です。
― ライトアームの普及によってどのような変化がありましたか。
農業経営者が増えました。ライトアームの機能の多くはExcelでも代用可能ですが、作成・運用できる方はごく一部で、社員のスキルを均一化するのも難しい。そのため、クラウド上で再現性ある経営を支えるライトアームの必要性が浸透しています。

― 他にも、ライトアームをご利用になった営農者の成功事例をお聞かせください。
今年5月、鹿児島県の堀口製茶と資本業務提携を結びました。日本最大級である300ヘクタールの茶畑を運営し、2019年からライトアームを導入。色や味、香りの異なる複数品種を高品質に育て、そのデータを経営に活用した結果、国内外の抹茶ブームのトップランナーの一社に。年商10億円を超える農業法人に成長し、テラスマイルにとっても農業法人とアグリテック企業の提携成功例として、他産地や農業形態への応用の第一歩になりました。
【第2章】農業の歪みに挑む。創業の背景と課題意識
― 生駒さんは工学院大学卒業後、株式会社シーイーシーにて13年間、医療やFA(ファクトリー・オートメーション)の新規事業を担当していらっしゃいました。2014年にテラスマイルを創業するまでの経緯をお聞かせください。
会社員時代、セールスや事業提携で大きな成果を上げ、2007年には社長賞を受賞しました。当時は30歳と若く、最短で管理職を目指していましたが「まだ早い」と年功序列の壁に阻まれ、転職活動を開始しました。自信を持って臨んだあるコンサル企業の面接で「論理的思考や演繹法・帰納法の活用法」を問われ、面接官の話す日本語が分からず愕然としました。悔しさからネット検索をしてグロービス経営大学院を知り、即エントリーしてMBAを学びました。
しかし、MBA修了後も当時の社内では否定的な見方が多かった。「MBAを活かせる外の仕事に挑戦させてほしい」と直訴した結果、当時の常務から「赤字の農業法人を立て直してみろ」と言われ、33歳で初めて農業と向き合うことになりました。

― 初めて農業業界に触れた当時、どのような印象を受けましたか。
驚いたのは、メーカーの推奨データを活用していないことです。農薬の希釈倍率やその選択、混在して効果を発揮するもの・しないものなどの判断は農業者の感覚と経験に依存していました。一方「農業は甘くない」「派閥の影響で失敗した」などの言い訳が蔓延し、まるでプロボノ時代に見た開発途上国を思わせる状況でした。
また「分かりません」と簡単に口にする風潮も衝撃的で、それを言った瞬間に評価が下がるような論理思考力を重視する世界で生きてきた私には驚きでした。

― テラスマイルが「農業 ✕ IT」を確立するまで、どのような課題意識を持っていらっしゃいましたか。
3つの課題があります。1つ目は農業者の「売上」意識の欠如です。作物を農協に出荷した時点で仕事が終わりという感覚で、単価が低ければ農協のせい、生活が苦しければ補助金頼み。製造部門はあるのに販売部門が存在しない業態に違和感を覚えました。
2つ目は「予測・予防」意識の欠如です。流通では「いつ何がどれだけ出るか」が重要ですが、農業では取ってみないと分からず、予測できない状況が一般的でした。
3つ目は構造的利権です。農地を耕さずとも相続で地権を持つ方が多く、補助金を活用したゾーニングや土地集約が国民の課題にも関わらず「あの人が嫌いだから土地は貸さない」と感情論で土地貸与が妨げられていました。

― テラスマイル創業時から「感覚で農業が営まれる習慣」を変えたいとお考えでしたか。
はい。体を動かした後にパソコンを見るのは疲れるものです。私自身も体験しましたが、農作業後にExcelでシミュレーションするのは頭が急激に重たくなって無理。ブルーカラーとホワイトカラーの混在は生物学的にも難しいと感じました。農業者がExcelを使えない背景を理解した上で、現場に適した形で設計するしかない。ライトアームにはそうした原体験が反映されています。
さらに、私は可視化できれば解決に近づくと信じています。農業でも感情論や勘に左右されていた判断をデータで整理・分析すればトレンドが見え、完全に当たらなくても方向性を示すことは可能になります。

― 最近、農業関連で気になっている話題はありますか。
やはり米騒動です。異常気象による不作と世界的な需要増加で供給が減り、買い占めや投機が加速、時間差で品薄と価格高騰が顕著になりました。今回も2023年の不作情報が正確に伝わらなかったことで2024年後半に供給が追いつかず、2025年に単価が急騰しました。干ばつや高温による米産地の異常があった段階で「例年どおり」という報告を疑うべきだったのです。
そもそも米事業が儲かっていなかった構造にも問題があります。どの面積で、いつ、何を作ればいくら儲かるかの情報が正しく共有されていません。補助金制度もその背景の一つで、経営として農業への向き合い方を弱めていたかもしれません。
2025年、米価格は過去の3倍に高騰。本来の適正価格を大きく上回り、今春は約4万円に達しました。過去の赤字構造を踏まえ、農家は「今後、3万円は当然だ」と主張しています。ただ、市況を理解して今後の下がり幅を不安に思っている農業者も多い。2026年以降の価格調整が重要です。
フェアトレードの視点から、農作物では適正価格での取引が不可欠です。今回は農機や農業資材、建機、車、飲み屋などの事業者が最も儲かり、農業経営者は大きな手元資金を減価償却や計画的投資に回さず、機械購入でキャッシュアウトしてしまいました。法人経営(農業経営)としての抑止力が必要で、価格と経営の適正なバランスを実現しないと日本の農業に未来はないでしょうね。
【第3章】草食系アグリ経営者の素顔「健康の推し活」
― 今、湯布院の美しい温泉エリアから話してくださっていますよね。
車で福岡から宮崎に帰る時、熊本が豪雨だったから大分県周りに変更しているところです。現在は福岡に住み、宮崎に本社を構え、東京に社員が一番集まっていて北海道に注力している事業があります。

― 日本の至るところでご活動になっていますが、プライベートはどのように過ごしていらっしゃいますか。
私の趣味は「妻とのアクティビティ」なので、仕事以外は全て趣味です。福岡に滞在している時も自宅で仕事しながら妻と一緒に過ごしています。おいしいものを食べることが好きなので、いつも二人で探しています。
― わあ、素敵ですね。生駒さんは健康にも気を遣っていると伺いました。
そうですね。マウスピースを装着してmy枕で寝る、カイロプラクティックで背骨や骨盤を整える、YouTube「オガトレ」で約1時間ゆっくりストレッチをする、サプリメントを朝夜に飲む。生体バランスセラピーという自然療法にも通っています。健康に一番お金をかけているかもしれない。ジムなどには通っておらず、健康の「押し活」みたいなものです。

― 株式会社GRA代表の岩佐大輝さんとは、どのようなご関係でしょうか。2011年に岩佐さんはGRAを立ち上げてミガキイチゴを販売開始し、2014年に生駒さんもテラスマイルを創業していらっしゃいます。
「一次産業って、アグリテックって、こんな構造だよね」とよく話します。岩佐さんからは「早く、あなたがアグリテックで稼げる姿をつくりなさい。あなたができなきゃ、誰もできないよ」と叱咤激励されます。
出会ったきっかけは東日本大震災の時。私の母方の実家が岩手県宮古市にあり、祖母に会いに行ったり被災エリアでボランティアしたりしていました。岩佐さんの地元宮城県山元町にも帰りに立ち寄り、当面は岩手でボランティアに時間を費やそうとも考えていた。
しかし、前述の農業法人の赤字経営の立て直しがあったので、岩佐さんに相談すると「今、ここに時間を費やしてボランティア事業を立ち上げるよりも、別のエリアでその事業を立ち上げた方が早いんじゃない?農業は1年に1作しか勝負できないから」と。私が宮崎に飛ぶきっかけをくれたのは岩佐さんでした。

― グロービス経営大学院のあすか会議やG1でもお二人の対談を拝見しているので、知り合った頃を伺えて嬉しいです。
岩佐さんとは10回くらい対談しています。今年から岩佐さんは「マイナビ農業Channel」というYouTubeで注目すべき農業経営者を突撃して、彼らの戦略を紐解く連載企画を発信しながら全国を回っています。日本の農業経営や一次産業という観点で危機意識を持ったのか、今年のあすか会議でのファシリテーションも今までとは違いましたね。
私は最近、日本で一番美しいバラを生産する群馬県前橋市でバラのプロジェクトを群馬県と推進していますが、若手農業者さんたちから「岩佐さんとの動画を見ました!」と頻繁にお声がけいただきます。
【第4章】「農業 ✕ 金融」が日本を救う。フェアを問い直す未来
― 農業業界の傾向や課題をお伺いします。例えば、2050年問題などをどのようにご覧になっていますか。
グローバルと日本で分けて考える必要があります。世界的には人口増加に伴い食料不足が進み、開発途上国では環境汚染や高出生率も懸念されています。一方、日本では少子高齢化で生産人口が減少しています。水や土の栽培環境はあるものの肥料や飼料の9割以上を海外に依存しており、ある書籍によると国内で自律的に賄える人口は約3000万人とされています。供給国側でも人口増と食料不足が進んでいるため、肥料輸入でさえも将来的に難しくなるでしょう。
以前、ナイジェリアの若い世代の方々とお会いした際「現在、出生率は5.2。生活や食べ物の事情を考え、子どもの人数を1〜2人に減らしている」と伺って衝撃を受けました。

1.2億人の人口に対し、3000万人しか支えられない土壌で肥料や飼料、鉄骨資材が不足した場合、私たちはどう食料を確保するのか。まずは若手農業者が1人で担う面積を増やし、効率的に農作物に限られた資源を分配して生産性を上げる必要があります。
その中で機械化・自動化が不可欠。規模の経済を実現するには1万円あたりの土地面積を確保し、使われていない農地を集約して基盤整備を進める必要があります。現状、感情論(特に土地が相続され、手続きに兄弟の印鑑が必要になるなど)で土地の貸し借りが決まるため、最適化は容易ではありません。
また、高温化に伴い栽培作物の品目も変化する中、日本の米や野菜、肉といった主要な食料政策を見直さなければ日本の未来は危うい。データで見える現実を社会に伝え、行動変容に繋げることが私たちの使命です。
― テラスマイルがこれから取り組みたいことをお聞かせください。
中長期的には株主の皆さんとともに流通インフラを整備し「欲しいものを、欲しい時に届ける」仕組みを作ります。また、日本の農業は作ってから売る後手構造で、多くの農業者は事前に価格や売上が見えていません。これをあらかじめ「作物はいくらで売れるか」と可視化し、事業計画が立てられる状態にしたい。将来的には金融事業にも挑戦してデータで稼ぐ方を見極め、資金を提供してともに成長するスキームを未来の農業者の皆さんと作っていきます。

― 農業者の皆さんはどのようなところでお金に困っていますか。
現在、農業者は国からの無利子・無保証の融資や補助金に依存しています。その結果、民間資金の活用や返済といった経済活動のインセンティブが低くなっている。補助金のとおりに行わないと、せっかく順番待ちで巡ってきても受け取れない一方、そのまま従うと収益性が下がるジレンマもあります。
補助金は有益ですが、安定で楽な世界から離れたくない意識を生み、依存も生じます。補助金がなくても農業が成り立つ社会を作るためには、民間金融が果たすべき役割があります。重要なのは農業経営の実態を理解し、稼ぎ方を把握し、伴走すること。テラスマイルならそれが可能です。

― 農業と直接関わりのない読者の皆さんにお伝えしたいことはありますか。
機械化・工業化が進むまで、野菜を適正価格で購入する意識を持っていただけたら有り難いです。農業は今も非常に手間のかかる仕事。10年前と比べ、宮崎では650円だった最低時給が1,020円と1.5倍になりました。燃料費が1.3倍、物流費が2倍、装置・設備費が2倍以上になったなど、総コストの7割以上が1.3〜2倍に上昇しています。年金や補助金の恩恵を受けない若手農業者の労力に見合う対価を払うことがフェアトレードの第一歩です。
フェアトレードやエシカルと聞くと東南アジアやアフリカを想像する方が多いかもしれません。しかし、まず取り組むべきは私たちの身近な「一次産業=日本の農業」。産地の顔が見える気候変動に対応した取引が実現しなければ補助金がなくなった際に食料需給のインフラが崩れ、日本の未来も危うくなります。この意識を少しでも皆さんに持っていただけたら嬉しいです。
― 確かに、適正価格で価値あるものに対価を支払うことは重要ですね。生駒さん、お話をお聞かせいただきありがとうございました。
(企画・取材・執筆:佐野 桃木 写真提供:テラスマイル 最高顧問:Z)
● 会社ホームページ「テラスマイル株式会社代表取締役 生駒祐一さん」
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