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「死んだふりをしてろ」―20年勤めた郵便局を捨てた男が、助成金とラジオで人を救う理由-「経営者の素顔vol. 10」

「かっこいい生き方」を貫いた元・郵便局員が辿り着いた答え

「サクマくん、そんなに頑張らなくていいから。10年くらい死んだふりしてれば、ちゃんとでっかい局の局長になれるから」

上層部の重役からそう告げられた瞬間、佐久間健寿さん(以下佐久間さん)は悟った。ここに、自分の未来はない。

国家公務員として郵政省に入り、郵政民営化を経て20年勤めた郵便局を辞め、42歳で独立を決意した瞬間だった。

TAKE over 合同会社の代表として補助金申請サポートと海外物流費削減サービスを手がけ、2023年からはインターネットラジオ局「ホンマルラジオ」でパーソナリティを務める佐久間さんに、これまでの歩みを聞いた。

「コピー用紙一つに、ハンコが30個」――違和感の正体

1975年、横浜生まれ。1997年に郵政省へ入省し、郵便局員としてのキャリアをスタートさせた佐久間さんは、20年間の在籍中に営業部長、国際郵便部長、輸送部長といった要職を歴任した実力者だ。

しかし現場で見えてきたのは、巨大組織特有の停滞だった。コピー用紙を購入するのに30人分の押印が必要な稟議のスピード感に、外部で出会った経営者たちとの会話を重ねるほど強い違和感を覚えるようになったという。

「一般企業でこんなことをやっている会社はもうない」――そう組織に訴えても、変わろうとする空気は生まれなかった。

水を飲むことすら許されなかった青春――レスリングが刻んだ「折れない心」

佐久間さんのルーツは、意外にも組織論とは無縁の場所にある。

小学生の頃から生徒会長を務める活発な子どもで、プロレスへの憧れからレスリングを始めると、そのまま高校まで打ち込み、全国大会でベスト4に進出するほどの実力者になった。

当時は水を飲むことすら許されない昭和の根性練習が当たり前で、「よく死ななかった」と振り返るほどの環境だったという。

だが、そこで培われた「絶対に心が折れない」という土台こそが、後の人生を支える礎になった。

体を壊して大学進学の道は断念し、遊んで過ごした数年間を経て、バブル崩壊後の厳しい就職事情のなかで公務員試験に活路を見出し、郵便局員としての道を選んだ。

クレームの「クローザー」、そして全国1位の営業成績

郵便局での20年は、決して平坦な道ではなかった。

入社7年目で抜擢され、トヨタ自動車のコンサルティングチームと共に郵便局の業務改善に取り組んだ経験は、社内から「裏切り者」と見られながらも3年間走り抜いた挑戦だった。

その後、郵政民営化の混乱期にはクレーム対応の責任者として、暴力団事務所に監禁されたり、政治家に取り囲まれて詰問を受けたりするほど苛烈な現場をくぐり抜けた。

30代前半で髪が真っ白になるほどのストレスを抱えながらも、この経験は佐久間さんに「相手が本当に言いたいことを言葉の端々から掴み取る力」を授けた。

その後、湘南地域の営業部長として、料金設定の権限を活かした独自の営業スキームで担当エリアを全国1位に導いている。

「かっこいいかどうか」――たった一つの判断基準

独立という決断の裏には、佐久間さん自身が長年守り続けてきたシンプルなルールがあった。

「何かをやるかやらないか迷ったとき、自分がかっこいいと思う選択をする」

安泰な大企業にしがみつくことは、佐久間さんにとって「かっこ悪い」ことだった。

同僚や上司から「死んだふりしていた方がいい」と引き止められたが、42歳という年齢の限界を前に、佐久間さんは勝負に出ることを選んだ。

売上ゼロの1年目、退職金を溶かしながら見た崖っぷち

独立後の船出は、決して順調ではなかった。

郵便局時代に培った物流ノウハウを活かし、海外の航空宅配便料金を大幅に削減できる自信作のサービスを引っ提げて営業に回ったが、待っていたのは想像以上の壁だった。

「郵便局という看板を失うと、話を聞いてすらもらえない」

全国1位だった営業力をもってしても、門前払いが続いた。独立1年目の売上はゼロ。退職金を切り崩しながらの綱渡りが続き、2年目もまた厳しい状況が続いていた。

コロナ禍に鳴り止まなかった電話――社労士との出会いが人生を変えた

もう潰れる、というギリギリのタイミングで、ある社会保険労務士との出会いが訪れる。

助成金の仕事を一緒にやらないかと誘われ、詳しく話を聞くうちに、その可能性に確信を持った佐久間さんは交流会などで助成金について語り始めた。

ちょうどそのタイミングで新型コロナウイルスの感染拡大が始まり、「助成金に詳しい人間がいる」という評判が一気に広がって依頼が殺到する。

死ぬ寸前だったところに差し伸べられた、まさに命綱のような出会いだった。この経験を機に、助成金・補助金事業が佐久間さんの新たな柱として育っていくことになる。

「動きを止めたら終わる」世界で見つけた、生きている実感

何もしなくても給料が振り込まれていた公務員時代とは対照的に、独立後は動きを止めた瞬間にすべてが止まってしまう緊張感の中で日々を過ごしている。

それでも佐久間さんは、この状態を「大変だけれど、それ以上に充実している」と語る。

良いことも悪いこともすべて自分の責任で引き受けられること、そして時間を自分でコントロールできること。

かつては夏休みの旅行先から仕事に呼び戻されることもあった生活から一変し、今年は3週間のまとまった休暇を予定しているという。頑張った分だけ結果が返ってくる働き方こそが、独立を選んだ何よりの答えになっている。

ラジオが引き出す、その人だけの言葉

2023年にラジオパーソナリティとしてラジオ局を開局した佐久間さんにとって「社会貢献」というテーマを体現する場になっている。

ゲストの話に耳を傾け、言葉を引き出していく中で、

「自分のサービスをこんなにうまく言語化できたのは初めてです」と喜んでもらえる瞬間が何よりのやりがいだという。

助成金の支援で大きな成果が出たとき、あるいはラジオを通じて誰かの想いが初めて形になったとき――佐久間さんは、相手の喜びをダイレクトに受け取れるこの仕事に、確かな手応えを感じている。

誰も置き去りにしない社会へ――障害者支援と児童福祉への想い

ラジオ事業の収益の一部は、障害者支援や児童福祉への寄付に充てられている。

そのきっかけは、番組にゲスト出演した児童福祉の支援者との出会いだった。人手不足によって家庭に戻された子どもが虐待やネグレクトの犠牲になっている現実を知り、佐久間さんはその活動を後押しすることを決めた。

もう一つの理由は、より個人的なものだ。佐久間さんの妻は障害を持っており、「自分が先に死ぬわけにはいかない」という切実な思いを抱えている。

だからこそ、障害を持つ人が自立して働ける環境づくりに取り組む支援者にも賛同し、寄付を続けている。「誰もが幸せになれるサービスの提供」――これが、TAKE over 合同会社の経営理念だ。

自分がかっこいいと思う道を、これからも選び続ける

経営哲学を問われた佐久間さんは、少し考えてから「難しい質問だけれど」と前置きしつつ、繰り返しこの言葉に立ち返った。

「今の自分の選択は、かっこいいか、かっこ悪いか」

それは経営に限らず、人生そのものを貫く判断基準だという。匿名で誰かを傷つけることが「かっこいい」と思うなら、それがその人にとっての正解かもしれない。

しかし佐久間さんにとっては違う。客観的に自分を見つめ、かっこよく生きているかを問い続けること。その姿勢が、郵便局員から経営者への転身、そして幾度もの崖っぷちを越えてきた原動力だった。

これからも佐久間さんは、大きな志ではなく、目の前の一つひとつの選択を、自分が誇れるものにし続けていく。

・TAKE over 合同会社 HP

・佐久間健寿さん ホンマルラジオ

・佐久間健寿さん Instagram

・経営者の素顔 Instagram

https://www.instagram.com/ceo_unmasked?igsh=MWdta3I1OWszNHJkag%3D%3D&utm_source=qr

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