「ベンチャーじゃない、アドベンチャー企業だ」──沖縄発・清掃業社長が、失敗を楽しみに変える理由「経営者の素顔vol.8」
沖縄で清掃業と不動産業を営む株式会社Zekkei代表・石川真也さん(以下石川さん)。法人化からわずか2年、そして今年始めたばかりの不動産事業。破竹の勢いに見える裏には、19歳のときに固めた覚悟と、数えきれないほどの失敗があった。
「僕らはベンチャー企業じゃなくて、アドベンチャー企業なんですよ」
そう笑う石川さんに、起業までの道のりと、経営者としての哲学を聞いた。
困りごとを聞き続けた、飛び込み営業の日々
石川さんが清掃業を始めたきっかけは、意外にも「掃除がしたかったから」ではない。
前職はリフォーム会社での訪問営業だ。沖縄のあちこちの家のインターホンを鳴らし、住人と顔を合わせ、営業をしながら「何に困っているか」を尋ねる。
網戸の張り替え、庭の草刈り——そうやって1年間、営業で家々を回りながらひたすら困りごとを聞き続けた結果、突出して多かった答えが「掃除」だった。

未経験ながらも、これだけニーズがあるならと清掃業に飛び込んだ。今も自分ではエアコンの分解クリーニングができないというが、それは問題ではないという。
「自分がやれない仕事はできる人に任せて、自分は仕事を取ってくる。それは今も変わらないです」
現場を知り尽くすことより、困りごとを聞き出す力こそが、石川さんの武器だった。
皿洗いのバイトが教えてくれたこと
石川さんは沖縄生まれ沖縄育ちの末っ子。「めちゃめちゃ甘やかされて育った」と振り返るように、勉強はほとんどせず、小中高とバスケットボール一筋だった。
高校卒業後は好きだった料理の道へ進み、料理の専門学校に入学する。転機はその在学中、19歳のときの中華料理店でのアルバイトだった。
山積みの皿を洗い、暇があれば餃子を包み続ける日々は「めちゃめちゃきつかった」という。
だがそのしんどさの中で、石川さんは自分の性質にはっきり気づいてしまう。「もう人の元では仕事ができないな、と。自分に合ってないなと」
この瞬間、40歳までに起業するという目標を決めた。この気づきがあったからこそ、専門学校も1年で中退することになる。そこから10年ほど、営業職としていくつもの会社を渡り歩くことになった。
チラシ配りをやめた日
個人事業主として独立したのは29歳のとき。40歳という当初の目標より10年以上早い決断だった。
「26歳から3年間、飛び込み営業をやってきたので、最悪仕事がなくなってもまた飛び込めばいい。その考えがあったから、独立に踏み切れた」
最初はチラシを配るところから始めたが、思うように仕事にはつながらなかった。
そこで石川さんはただ多くのチラシをポスティングするのではなくインターホンを押して直接チラシを手渡すというやり方に変えた。
その場で契約を取ろうとせず、ただ渡して帰る。すると1週間後、あるいは3か月後に、ふと仕事の依頼が来るようになった。
実績が積み上がると、次第に不動産会社やアパート管理会社といった法人からも安定した依頼が入るようになり、スタッフを1人、また1人と増やしていった。
「ベンチャーじゃない、アドベンチャー企業だ」
順調に見える成長の裏で、石川さんが繰り返し口にするのが資金繰りの厳しさだ。
清掃業は受注してから入金までにタイムラグがあり、道具代やスタッフの給料は先に出ていく。
「現金を作りながら、会社の体力をつけながら、少しずつ大きくしていく」という綱渡りの日々を、石川さんは苦にするどころか楽しんでいるように語る。
「僕らはベンチャー企業じゃなくて、アドベンチャー企業。来週何があるかわからない、そのわくわくが止まらないんです」。失敗も含めて楽しむという姿勢こそが、この会社の推進力になっている。
200万円の仕事が、200万円で終わらない
とはいえ、その言葉の裏には数え切れない失敗がある。もっとも大きな後悔として挙げたのが、人材育成の失敗だ。
売上が伸びる中で人手が必要になり、育成体制が整わないまま採用を続けた結果、現場任せの状態が続き、不満を抱えたスタッフが辞めていくことが重なったという。
「雇った以上はこちらが責任を持たないといけないのに、それができなかった」
また数字の面での失敗もある。200万円の見積もりで請け負った清掃・工事案件が、実際にやってみると汚れが落ちにくく、想定以上にコストがかかり赤字になったこともあった。
契約後は追加費用を請求できないため、超過分は自社でかぶるしかない。それでも石川さんは、この失敗の連続を前向きに捉える。
「早めに失敗を潰していく。次に同じ失敗を繰り返さなければいい。挑戦して、失敗して、改善して、また挑戦する。その繰り返しですね」。
お客様より先に、スタッフの生活を守る
経営者として何が一番の報酬かと尋ねると、石川さんは迷わず
「お客様はもちろんだが、なによりスタッフが第一」と答えた。
「僕の元で働いてくれている委託業者さんやスタッフの方には、それぞれ家族がいる。その家族の分まで、ちゃんと生活させてあげることが大事だと思っています」
スタッフを大切にすることが、結局それはお客様を大切にすることにつがるという哲学だ。
だからこそ、現場のスタッフから「ここで働いてよかった」という声を聞けることが、何よりの喜びだと語る。
「Zekkei」という社名に込めた景色
社名「Zekkei」の由来を尋ねると、石川さんは少し照れながら答えてくれた。
「自分は飽き性で、ふと疲れたなと思ったときに、『Zekkei(絶景)』にしようと決めたんです。今よりもいい生活をする、山を登るように少しずつ上を目指すという、自分自身のための名前ですね」
ロゴに描かれた山も、その想いを象徴している。
今は沖縄の借入をした3階建ての自宅兼アパート兼事務所を拠点に、立地を生かした民泊事業や、沖縄の古民家を買い取ってリノベーションし貸し出す不動産事業の構想も温めている。かつて専門学校を中退するきっかけになった飲食業も、資金を蓄えた40歳のタイミングで挑戦したいという長年の夢だ。

24歳の自分に伝えたかったこと
最後に、これから起業や独立を考える若い世代へのメッセージを聞いた。
「まずは一歩踏み出して、できることをやってみる。お金がない、時間がないという人こそ、SNSなど元手がかからないことから始めてみるといい」
そして石川さんが強調したのは、「好きなこと」ではなく「できること」で始める重要性だ。
「僕自身、飲食業が好きで挑戦したいと思っていましたが、好きなことと、お金をいただけるレベルでできることは違うんだと痛感しました」
文章が書ける、動画編集ができる——そうした「できること」から始め、失敗を重ねながら同じ失敗を繰り返さないよう改善していくこと。
そして何より、続けること。「継続するというのが一番大事です」
インタビューの最後、石川さんは24歳だった頃の自分にこう伝えたかったと振り返った。「出会いをもっと大事にしておけばよかった。目指す場所に向かって動いていれば、出会うべき人と出会える。その出会いを、もっと大切にしてほしいですね」

皿洗いのアルバイトで気づいた自分の性質、ポスティングをやめた決断、200万円の失敗から学んだ改善の姿勢、そして「Zekkei」という社名に込めた景色。どれも、目の前の困難から逃げずに一歩を踏み出した先にあったものだ。来週何が起こるか分からない日々を「アドベンチャー」と笑い飛ばしながら前に進み続ける石川さんの言葉には、失敗すら糧に変えてきた者だけが持つ説得力があった。
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