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【鹿児島から日本海に突っ込め!】2025夏の大バイク旅を綴る〜85の名城と共に〜Pt3 日本海編①


だんだんとYouTubeの準備をしている

今年これだけ各地の城を歩き回って動画全部回してるんすわ。
やりようによっては需要があると思うんですよ。
特に海外の人への発信とか。
ほんとにやる気でいるので、1本目、まずご覧いただけると幸いです。

この旅のテーマでもある85城のうち、52城を既に紹介させていただきました。
残り33城、山城が特に多かったです!!
各地の山頂からの風景を楽しみにしていてください!!!!

熊本の豪雨の直後がキツかった

8月中旬、沖縄にいる間に九州では大雨に見舞われた地域が多かった。
熊本市や人吉市など、沖縄に渡る直前で訪れた街がそんな状況になっていると知り、正直おそろしい気持ちになった。
やはり九州は大雨の被害とともにある地域なんだと再認識した。
で、朝鹿児島港で解き放たれて、すき家で朝飯食って。9時過ぎだった
この日は福岡は大野城と水城に再挑戦して、再び小倉で泊まる予定だったので、なるべく早く到着したいなと思ってもちろん高速を選択したわけ。
で、順調に進んでたんだけど、人吉…だったっけな、通行止めって書いてあるんですよ。高速が。
そうして近づいてくるとあれよあれよと車はパッタリ止まるわけさ。
進まねえ。
もちろん猛暑日よ。
暑かったね〜
1時間ぐらいは耐えた。
でも数キロしか進まない。
普段絶対にバイクでのすり抜けなどしないけれどもさすがに限界が来た。
それでも高速の降り口まではかなりかかったな。
で、下道に出るじゃん。
そうすると下道も地獄なわけ。
やっとのことで氷川町の道の駅にすぐさまつっこんだわ。

ここで再び出会えた幸せ!!

時刻は13時半を過ぎていた。
明らかに遅れている。前回鹿児島から福岡市までは4時間もあれば行けていたはず。
再びどこで高速乗れたか忘れちゃったけど、またがんばって走って太宰府辺りで降りたっけな。

太宰府を守れ!!

もうほんと急いで水城館に行ったよ。
だって終わっちゃうじゃん。

ギリ間に合った
土塁の中に水城館がある!
入場は無料よ
水城館からすぐ西の土塁

水城って何って。
はい、これも古代山城シリーズのうちの一つね。
もうオレの連載読んできてくれた人はだんだんわかってきましたよね!?
まず、対馬の金田城!佐賀の基肄城、熊本の鞠智城、そしてこの水城や次に行く大野城が、白村江の戦いの後に作られた城だとされています。
まだ他にもあるけど、このツアーではこんな感じ。
全長1.2km、幅80m、高さ平均9mの土塁をこの一帯に築いたんすわ。

水城館の上から南西を眺む

もう結構ヘロヘロだった気がする。
だがオレはまだ終われない。

宇美町に着いたのは16時半を過ぎていた。今度こそ本当にギリだった。

宇美町歴史民族資料館
3種類の御城印が買えるぞ
この町民憲章が、これから城に行くオレにとって印象深かった
九州でおみゃーに会うのも最後だぎゃ

で、オレは時間も時間なんで職員の方に、「どこを見りゃ大野城行ったことになる??」と聞いた。
事前にいろいろ見てたのだが、結局どこを見れば正解(全部正解だろ)…なのかを現地の方に聞いて見た方がいいと判断!!
丁寧に教えてくださって本当にありがとうございました。
前回、雨と月曜のせいでまともに見れなかった大野城へ再びトライ。

現在城の南部にいる

まずはこの「増長天地区」という部分を歩く。
いいか?まずこの時点で17時を裕に超えているぞ。

礎石群だね
美しく整備されているよね
鏡ヶ池といい、日照りでも水が枯れないという

これは版築といって、土塁を作る際に使われた技術(の再現)。
根気よく土ならして固めて、その上にまた土ならして固めて…という作業を繰り返してカチカチの土塁を作るという、日本人をナメるなと言わんばかりの努力の結晶の見本が見られるのであります。

さっきの増長天地区から道路を渡って北側にある尾花地区へ移動

時刻は18時頃かと思われる

大野城から西を向くとこのような絶景が見られる。
で、こんな地の果てに一人でいるにはなんとも似つかわしくない一人の少女…女性?
が一人スマホを眺めながらポケーとしていた。
一体こんなところで何をしているのだ…
オレは40過ぎの城散策オヤジ…こんなカメラ回しながら一人でぶつぶつ言ってたら怖すぎるだろ…なんか黙って帰るのも気が引けたので話しかけたわ。
夏で暇でとりあえず原チャで山頂まで上がってきたらしい。
原チャで登るの辛いだろー、そうですよー。
一人で何してんの?? 暇だから景色眺めてて…
まあ確かにここは絶景だわな…  オレは城が好きだから見学しに来たんだけど
ここって城なんですか…? 
はあ!? え、知らんの?? ここは1000年以上前に太宰府守るために作られた城なんだで?
えー、そうなんですねー。 ここ若者の溜まり場になってますよ
云々…
年齢聞いたらオレの半分以下だった…まじオジンでごめん。
つまりは、地元の若者には城というよりかは眺めのいい山と思われているようで。
まあいいんじゃないでしょうかね。大昔、実際に外国が攻めてくることはなく(元寇…)、この城が戦いの舞台になったという記録がなく、現在はこうして市民に親しまれる城になっているということは。

玄清法印という盲僧が奈良時代におったそうな。
太宰府で蔓延した天然痘を排除するためこの山で祈ったそうな。
祈りが通じて天然痘は治まったそうな。

というね、今回はこの部分だけだったけれども。
まだまだ見れていない部分はとても多いので、いつか福岡に来ることができたら…と思っている。

以上、九州の100名城は終わり

かなり弾丸な日程だったけど、ついに200名城を全部回ってスタンプも押せた。
これはかなり嬉しかったな。
ほとんど九州など行ったことがなかったし。
こうして多大な時間と労力と金を使って得たものはたくさんありました。
家のHDDの映像たちが開放されるのを今か今かと待っておりますので、いずれまた。

せっかくなので萩まで

今回は日本海に突っ込め!と銘打ってしまったので、萩まで行ったとこまで書いて終わりたい。

この旅2度目の小倉。
浴衣を来たお姉さんや派手な格好をした人間がたくさんいた灼熱の夜。
よく鹿児島から戻って来れたと思った。
走行距離は395kmだった。すげえだろ。
東京ー名古屋だぞ?
夜は爆睡したし、なんならフェリーの余韻が残ってましたね。

翌朝。関門トンネルで100円ぐらい現金で払っていよいよ九州を離脱…
数週間振りの本州。
萩まで100km😂
角島大橋に行きたい気持ちを抑えつつ、山間部を突っ切って萩を目指す。

着いた。人生2度目の萩

輝元公にご挨拶をする

戦国時代に中国一帯をブイブイ言わせていた毛利氏であったが、関ヶ原で西軍の総大将だったこともあり、最終的にこの長州・萩に腰を落ち着けることとなった。
廃藩置県まで毛利氏がずーっとこの地を治めたのである。
輝元公は長州の最初の藩主で、毛利元就の孫である。

萩焼の窯元が並ぶ
うーん、美
べべん
美しい五層五階の天守が建っていた
裏はこんな感じ
これが指月山

本当はこの詰めの城、指月山を登って完全制覇なのだが…今回は諦めた。

西から天守台を見る
西の端まで行くと静か〜なビーチが!
再び城内へ戻ると茶室へ
志都岐山神社 毛利一族が祀られている
東の端にも海が広がっている
気分は波男よ
海岸から見る石垣は大変オツなものです!!
日本の城っていいなあ
旧厚狭毛利家萩屋敷長屋にも行けるよ(読みは調べてくれ…)

ここからは、ほんとにほとんど城のみの生活が始まる!
山口の名城は全てクリアしたので、次は島根に入っていくぞ!!














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