「目詰まり」という目眩まし
最近よく「目詰まり」ということばを聞く
イラン戦争の煽りを食い、ナフサを始めとする石油関製品の品不足に対して使われる言葉だ。供給に心配はない、目詰まりを修整しなくては、が政府見解
そういえば、昨年も何度も何度もこの「目詰まり」という言葉が聞かれた。そう令和のコメ不足が騒がれていたときだ。供給は足りている、不足しているのは「目詰まり」のせいだと。その後、結局は政府の需給見通しに齟齬があったから、という結論だった。
要は政府が民間の米流通を管理するのは、食管法による管理を止めた時点で難しい状況になっていた。にもかかわらずか政府は米流通を把握できていると勘違いをしていた
今回のイラン戦争による原油不足も同じ状況ではなかろうか。イラン戦争が長引くにつれ、多くの国の政府が需要抑制に動いた。それでも高市総理は「備蓄があるので大丈夫です」の一点張。一部のナフサなどの不足は「目詰まり」です、と。
米も石油も緊急時に備えて政府が備蓄するのは必要なことだろう。しかし、それて需給調整を簡単にできる、という錯覚に陥っているのねはないか?
金利を下げる、石油関連製品の節約など少しでも景気を下押しする政策が大嫌いな政権の下で、政府の需給見通しの甘さは際立つ
米以上に石油の流通は複雑だ。ガソリン高騰に対する支援金は需要喚起であるとほとんどの市場関係者は言う。
世論調査で7割の人が、今は石油関連製品の節約が必要と答えているにもかかわらず、需要喚起政策を続ける。現実のマーケットを直視し、自分たちが需要調整できる、という錯覚を捨て去ることが今必要だろう
