京都 醍醐寺開創の地、上醍醐を巡る
宇治から山間の道を抜け
京都市内の伏見まで歩いた日
未踏ルートを繋いでいく途中で
醍醐寺の境内も経由しました🙌
醍醐寺自体は以前にも巡ったけど
ちゃんと散策したのは麓に広がる
下醍醐だけで上醍醐巡るのは初✨
山歩きの時はパスすること多いけど
今回は通り抜ける必要があり
写真を多く撮ったので記録も兼ねて
山歩きとは別記事で書いてみます🍃
醍醐寺とは
京都市伏見区にある真言宗醍醐派の総本山の寺院。京都市街の南東に広がる醍醐山(笠取山)に200万坪以上の広大な境内を持ち、国宝や重要文化財を含む約15万点の寺宝を所蔵。「古都京都の文化財」として1994年に世界遺産に登録されている。
874年
空海の孫弟子、聖宝が自ら刻んだ准胝観音像、如意輪観音像を上醍醐に祀って開創。907年
醍醐天皇の発願により薬師堂(上醍醐)が建立され、薬師三尊が奉安。その後、鎮護国家のために五大堂(上醍醐)が建立され五大明王が奉じられた。926年、金堂(下醍醐)が建立。
951年、五重塔(下醍醐)が建立。
平安時代は躍進を遂げたが
その後は現状維持に徹するようになり
応仁の乱(1467年)が勃発すると
兵火に巻き込まれ下醍醐が荒廃…
安土桃山時代に入ると
豊臣秀吉により三宝院(下醍醐)が再興
1598年、醍醐寺の花見が行われた。
続いて秀頼により伽藍の整備が行われ
上醍醐の如意輪堂、開山堂の2棟は
この時に再建された建物だそうで
現在は重要文化財に指定されている。

僕自身も以前訪問時そうやったけど
ただ観光で醍醐寺を訪れる人の多くは
下醍醐だけが醍醐寺と思ってそう💨
確かに見応えある三宝院庭園や
荘厳な五重塔、金堂は下醍醐にあり
それだけ見れば満足はするけど
あくまで開創の地は上醍醐🙌
過去の自分も勘違いしてたので
偉そうには言えんけど上醍醐行かずに
醍醐寺行ったとは言えないのかも😆
とはいえ片道1時間の山道を登るしか
上醍醐に行ける手段は無いので
行きたくても行けない人も多いはず
ただ行きにくい場所やからこそ
開創当時の雰囲気が保たれてるのかも…
山道を抜けたら巨大な建物🍃
そんな山歩き途中の上醍醐巡りを
歩いた経路順に書いてみます✏
醍醐寺奥の院
朝7時半に宇治市内を出て約5時間
13km歩き登頂した本宮の峰
(ここまで経路はこちらの記事で👇)

歩きたい経路にある山で
この山が目的ではなかったので
山名の由来を深読みしなかったが
よく考えると不思議な名前🏔

山頂は木々に囲まれてて
何にも見えないのですぐ下山
急斜面を下り終えると道が分岐

行く方向ではない道には鳥居
扁額にある清瀧大権現とは
醍醐寺の守護女神のことらしく
鳥居を抜けて道を下った先に
醍醐寺奥の院本宮があったみたい
だから本宮の峰というのか!!
…と今さら山名にも納得😅
ただ現地では山名もスルーし
鳥居の文字もちゃんと読まず💦
読んでも電波無く調べなかったはず
この事実を知れなかったので
奥の院には行かずに先へ進んだ
次回訪問する機会があれば
ちゃんと深読みして巡ってみます♪


「右をくのいんみち」とあり
奥の院への道を示してると思われ
左は岩という漢字があるので
滋賀県境の岩間寺のことかな🙄

岩間寺は東海自然歩道8回目に訪問
こちらも上醍醐と同じく山上の寺院で
雰囲気の良い場所だった記憶
📓訪問時の記事

ただ倒木や生い茂る木々で
存在感はほとんどなかった💨

上醍醐は鳥居を潜り左やけど
右へすぐのとこに石仏が佇む

その隣、さらに奥にも石仏…
説明などが無かったので不明やけど
醍醐寺に関係するんやろうな🙄

上醍醐方面へ歩いていくと
急に立入禁止の看板が現れ焦る💨
写真では見辛いけど倒木してる右側
赤テープ付近に正しい道があって
直進は寺関係者の通路みたい…
誤侵入防止の看板やったのかも👍

倒木をかわして坂道を登ると
本宮の峰以降初のハイカーに遭遇
聞くと、奥の院に行くとのことだが
道が荒れてて不安がってたので
合ってるけど足元注意を伝えて見送る✋
開山堂と如意輪堂

すれ違ったハイカーとは逆に
荒れた道から整備された道となり
徐々に安心感が増してくる

石垣脇の道を登っていくと
行く手に建物が見えてくる

山道しかない標高440m付近で
いきなり巨大な建物に出会う🤩

醍醐寺の開山、聖宝(理源大師)を安置したお堂。911年に弟子の観賢僧正により建立されましたが後に焼失。現在のお堂は1606年に豊臣秀頼により再建されたもの。雄大な桃山時代の特徴をよく表した山上最大のお堂。

聖宝が上醍醐を開いた際、准胝堂と共に最初に建てた建物で「醍醐寺縁起」では、876年創建としています。現在の建物は1613年建立のもので本尊如意輪観音と共に脇の間に毘沙門天、吉祥天が祀られています。

共に開山当時の建物ではないが
再建されたのは約400年前🙌
そんな建物を間近に見れて感動✨

開山堂と如意輪堂が建つのが
上醍醐の最頂部だったようで
今回は下りながら境内を巡るが
これは本来の経路とは真逆💨
一般的な上醍醐への経路は
下醍醐から約1時間かけて山道を登り
上醍醐境内も最頂部まで登りが続くため
観光の延長で散策しようとすると
登れはするが下りで膝が笑うらしい…⚡

913年に醍醐天皇の御願堂として創建されました。以後数度の災に遭い、現在の建物は1940年に再建されたものですが、山上に聳えるその偉容は鎮護国家を託された往時の山上密教寺院の雰囲気を今に伝える。

鐘楼のあたりに上醍醐全景を
描いた地図が設置されてて
広さに驚いてる人もいたが
確かに上醍醐だけでも広大😅
薬師堂と清瀧宮拝殿

開山堂から来た道(左)から
薬師堂方面へ続く道(右)へ下る

上醍醐伽藍の中央に位置し913年に醍醐天皇の御願堂として創建された。現在の建物は1121年に再建されたもの。全体に水平感を強調した落ち着いた建物で平安後期の気風をよく伝えている。
400年前の建物で感動してたのに
薬師堂は900年以上前だとは🤩
木造建築やと結構あるけど
素材の良さか建築技術の高さか…
そんな古い建物に見えないのが凄い✨

准胝堂は876年に聖宝により如意輪堂と共に創建。1939年の山火事により焼失し再建されるが、2008年の落雷により再び焼失し現在に至る。准胝堂にあった西国三十三所札所本尊は下醍醐の観音堂に仮安置されている。


ここがまさしく聖宝が山上に建てた隠遁場所。大師は霊力によりこの泉を発見され「あゝ醍醐味なる哉」と感得。醍醐寺の名前の由来となったとされる霊泉。醍醐とは乳製品で五味の最上なるものの名称であるが、この寺の場合は心の糧として仏法が最高であること言おうとしている。
見た目は地味やけど
壮大な醍醐寺発祥の地が
醍醐水が湧くこの場所らしい🙏
水は現在でも飲めるそうですが
今回はやめておきました…

清瀧宮は空海が唐の都長安の青龍寺から勧請した密教の守護神(清瀧権現)を祀った醍醐寺の鎮守社。現在の建物は本殿1957年再建、拝殿1434年再建のもの。拝殿は寝殿造りの手法を生かした気品ある風格を備えている。山腹をわずかに切り開いて全面が崖にさしかかる懸造りの構造になっている。

麓から登ってきた場合は
この社務所前が上醍醐の入口
標高は380mほどなので
最頂部と比べると高低差60mほど
(20階建てビルに相当する高さ)
下醍醐へ…
上醍醐から下醍醐への道は
手摺も設置された良い道ですが
観光客が上り下りするため
山歩き目的だとペースは遅め💨
まっすぐ下った方が早いけど
ペースが乱れると疲れやすいので
サクッと下れる別道へと離脱🙌

上醍醐の最頂部より少し高い
標高454mの醍醐山を経由して
およそ30分で下醍醐へ下山

滑りながら下るという感覚
安心感は無いが刺激的な道

上醍醐への登り口まで下山🙌
下醍醐から来たらここが起点か…
別の機会のここからも登ってみよ♪

下醍醐の各エリアは有料のため
柵の外側を通って正面へ向かう

有料エリアにある五重塔は
木々と柵で足元しか見えず…

国宝の五重塔、金堂がある
伽藍エリアへの入口となる門
今回は山歩きが目的なのと
伽藍は以前も入ったのでパス🙌



既に山からは下山したけど
この後、市街地を通り抜けて
また別の山に登っていく…
続きの山歩きについてはこちら👇

冒頭の醍醐寺境内地図に
巡った経路を描いてみました✏

上醍醐は下醍醐に比べて狭いけど
多くの建物が現存しているのと
山間に建つという特殊な状況から
満足度は下醍醐以上やったかも…
ただ奥の院などスルーした場所もあり
再訪する必要はありそうです😂
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