【無駄は必要か⑤】ゴールの先で、おれは何を手に入れたのか。#42.195
残り10km。
たった10km。
……いや。
まだ10km。
この頃には、体は完全に壊れていた。
脚は鉛。
腰も痛い。
足の裏は悲鳴を上げている。
意識はある。
でも頭はぼーっとしていた。
そんな中、ようやく太陽が街を照らし始めた。
朝の冷たい空気が少しずつ和らいでいく。
その景色だけが、おれを少しだけ救ってくれた。
走りながら考える。
なんで、おれは走っているんだ?
何の意味がある?
誰に頼まれたわけでもない。
賞金もない。
メダルもない。
拍手もない。
SNSでバズる保証もない。
……じゃあ、何のためだ?
考える。
でも、もう考えることすら面倒だった。
脳みそまで疲れている。
そんな時だった。
ふと気になって、スマホで調べた。
フルマラソンの日本記録。
2時間4分台。
……は?
思わず二度見した。
バケモノである。
いや。
控えめに言ってもバケモノだ。
おれはすでに4時間以上走っている。
しかもボロボロだ。
なのに、日本のトップランナーは、その半分くらいの時間で42.195kmを走り切る。
おれの感覚で言えば、
最寄り駅から熱田神宮まで往復して、さらにもう一往復してしまうくらいの速さだ。
同じ人間とは思えなかった。
その瞬間だった。
なぜかわからない。
涙が出てきた。
悔しかったのか。
情けなかったのか。
感動したのか。
理由は今でも説明できない。
ただ、涙が出た。
人間って限界まで追い込まれると、感情まで壊れるのかもしれない。
そんなことを考えながら歩くように走っていると、一人のおばさんが犬の散歩をしていた。
おれを見るなり言った。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
……確かに。
客観的に見たら、大丈夫じゃない。
顔は真っ青。
歩き方も変。
汗なのか涙なのかわからない液体まで流れている。
完全に怪しいおっさんである。
でも、その一言が妙にうれしかった。
知らない人なのに。
たった一言なのに。
人の優しさって、こんなにも力になるんだ。
日本って、やっぱりいい国だ。
そんなことを思いながら、また前へ進む。
そして——。
スマートウォッチが震えた。
42.2km。

……。
…………。
うおおおおおおーーーーー!!!
やった。
やったぞ。
おれは走り切った。
苦しかった。
何度もやめたかった。
脚は壊れた。
脱水にもなった。
道にも迷った。
それでも、おれは最後まで走った。
タイムなんて関係ない。
速さなんてどうでもいい。
やると決めたことを、やり切った。
その事実だけで十分だった。
本当のゴール地点に決めていた最寄り駅までは、まだ約3km残っていた。
でも、42.195kmは超えた。
所要時間は6時間16分32秒。
チャレンジは達成だ。
……とはいえ。
残り3kmも普通にしんどかった。
人生、そんなに甘くない。
結局最後まで苦しみながら、おれはゴールへたどり着いた。

そして思う。
このチャレンジで、おれは何を手に入れた?
何を失った?
「無駄は必要なのか。」
その答えは、まだ言葉にできない。
でも、一つだけ確かなことがある。
42.195km走る前のおれと。
走り終えた今のおれは。
もう同じ人間じゃない。
だから、もう一度ゆっくり振り返りたい。
無駄の正体を。
そして、このチャレンジの本当の意味を。
今は……。
とにかく休ませてくれ。
続く。

