還暦オヤジのやりたい放題 05 予備自衛官への道2
前回の「04 予備自衛官への道1」の続きになります。
志願
ネットで予備自衛官の事を知り、「工事担任者 DD第一種」を所持している事で、技術区分「通信」で志願しました。
ちなみに「応募」とは言わず「志願」と言います。
手続きについては、近くの自衛隊の出張所へ赴いて詳細を聞き、無事提出し
試験は朝霞駐屯地で行われました。

試験内容は「小論文」「面接」「身体検査」があり、最初の身体検査で、指の先を肩に当てる動作で、肘が曲がらずに届かないという事を指摘されてしまいました。こればっかりは関節が固くどうしようもありません。
小論文も、あまり良い出来ではありませんでした。出題が自己が持つ分野でどのような貢献を?というような内容で、後から考えると自身の持つ多くの資格を論い、自慢のような論文になってしまいました。
面接でもあまりいい感触はなく、工事担任者はデジタルしか持っていなかったので、面接官からはアナログの方が実用的との指摘を受けました。
結果、この試験には合格出来ませんでした。
会社で発表を見た時、自分の番号が無かった時の落胆は今でも覚えています。何度見直しても自分の番号がありません。
会社だけでなく、国や自衛隊も今の自分を必要としていないという事を、自分としてどう受け止めればいいのか、自分の非力さが情けなく、一人悩む日々が続きました。
再志願
試験から約半年後、予備自補志願でお世話になった担当の方から
「今年の予備自補の募集が始まりましたので、再度志願されませんか?」
と電話で連絡がありました。
その時は「前回不合格だった理由がわからないので、今の状態で再度志願しても到底無理だと思います」とお断りしました。
でも、諦めきれない自分もいて、一度拒否されたという腹立たしさや、なぜ不合格だったのかがわからないのでどう準備して再チャレンジすればいいかもわからない等、自身の感情や試験対策の整理ができない事で再度志願する気持ちも起きずに紋々としていました。
でも、長らく悩んだ末にふと無意識に自問していました。
「ちょっと資格の勉強しているからって、ポジティブ気取ってないか?」
「誠実な自分は認められて当然とか思ってないか?」
「お前は本気で自衛官になる覚悟があるのか?やれること全部やったか?」
「自衛官になって人を助ける?この程度で落ち込んでよく言えるな!」
否定できない自分がいました。
志願は52歳までなので、チャンスはあと2回しかありません。
そしてこう思いました。
「国に認められないと落ち込むのは、残されたチャンスを全力でチャレンジしてからだ」
やれる事は全てやるという事で、
まずは工事担任者のアナログ「AI第一種」を新たに取得しました。
論文も、自分の想いを中心に何度も何度も書き直しました。
面接も想定される質問について、簡潔に即答できるように書き出して整理しました。
そして整形外科にも相談したのですが、指先を肩に付ける事だけはできませんでした…
試験当日
場所は再び朝霞駐屯地です。
そこで不思議な事が起こります。
まず、身体検査が始まり、再度指摘されるのを覚悟して非常に緊張した中でしゃがんだり腕を回したり、猫手をしたりと前回と同じ動作を行っていましたが、「指先を肩に当てる」動作がないのです。
「あれ?飛ばした?忘れてる?」
そんなはずはないんですが、何故かなかったので特に指摘を受ける事もなく身体検査は無事終りました。
次に論文です。確か出題は技能にありがちな「自己の分野で…」とかでなくチームワークについてだったと記憶しています。
そこでも不思議な事があって、実は漠然と記憶していた過去のチームワークに関連する経験を突然思い出し、練習では書いていない文章がスラスラと流れるように出てきました。でも、今では何を書いたか全く記憶がないんです。ただ、最後に書いた文章だけは良く覚えています。
「今後もし日本が危機的状況に遭遇した時、国民の一人として守る側に立つか守られる側となるかとの問いに、自分は自己の命の危険が伴おうとも迷うことなく、守る側として正義と責務を全うしたいと考えています」
練習時に、これだけは自分の気持ちとして書きたいと思った締めの文章です。論文としても、ちょうどA4の最後の行の半分のところまで書きました。
最後に面接です。
3名の面接官がおられ、真ん中の方が一番偉い方のように見受けられました。面接中に必ず聞かれる質問で「ご家族は志願についてどう思われていますか?」というのがあり、自分はこう答えました。
「賛成反対と言うよりも、今回私が志願したのは自身の希望だけでなく、一家を代表して志願しております。家族全員の日本人としての想いを背負って臨んでいます。」
それを聞いた真ん中の面接官が力強く「いいですね!」と言ってくれました。その瞬間自分の想いが伝わったかな、と実感できました。
試験終了後、前回とは違った満足感がありました。
これで落ちても悔いはない、ダメならもう一回受けてやる。
最後の最後まで諦めずにやれば、選ばれなくても納得できる。
そんな清々しい気持ちになりました。
そして、結果「合格」となりました。
そして同時に前回不合格になった理由が、自身の気持ちにあった事を痛感しました。拒否されて当然だったんだと。
会社で結果を見た時に、思わずガッツポーズで「やった!」と叫んでしまいました。その日は仕事にならず、居室を出て誰もいない食堂で予備自の情報をスマホで見ながらずっとニヤニヤしながら過ごしたのを覚えています。
その後予備自衛官補になり、その訓練では自身の人生に大きく影響する出会いや経験が待っていました。
そのお話は次回「予備自衛官への道3」にて。
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