母の目*分不相応という幻想
やっとクーラーから扇風機に
心地よさをゆだねられるようになりました。
今日は、皮膚も廊下もしとっ、とする感じです。
けれども扇風機がいいねえ、って程度です。
そんなしっとりした感覚が
このところずっと
つきまとっておりました。
きっと、普段やらないことへの挑戦を決めて
その心の負担が、じわんじわんとそこここに、
にじみ出ていたように思います。
今朝は久しぶりに起きたくない衝動に駆られて、
いつもの朝の習慣が半分もできないくらいでした。
だけれども挑戦してよかった、と終わった今、
ホッとすることができております。
人前でね、在宅ワークの経験をお話しする機会をいただいたのです。
受けたときは、
「よっしゃやったるぞ!
私にも、人のためにできることあるなんて嬉しい。」
って結構前のめりで思っていたんです。
スライドを準備する段になって
「私は、参加する方に
なにを伝えられるのだろう。」
と、不安に襲われました。
過去の資料にならって、自分のことをちょいちょいとあてはめて
これでいいんじゃない、って思っていました。
でも、そこに引っかかりがあったようです。
そもそも、なんで受けて苦手な人前でお話ししようと決めたのだっけ?
そこの目的を見失っていて、セミナーで登壇することが、
いつの間にかゴールになっていました。
友人からスライドを見てもらい、
丁寧にフィードバックをもらってやっと、
それに気づくことができました。
なにがしかの事情を抱え、
家に引きこもって(引きこもっていなくても)
現状をどうにか変えたくてもがいている──
一年前の私と同じ人が、もしいるとしたら、
そんな人の、大きくはなくていい、小さくとも
次に繋がるきっかけに、なりたかったのでした。
見る人の心が少しでもほぐれるように
絵本みたいな、猫ちゃんのスライドにしました。
等身大の、私の不安や現状を正直に言葉にしました。
それでも、やっぱり不安でした。
私のようなものが話して、
なにを伝えられるというのでしょう。
終わってみると、そんな不安は、
杞憂に過ぎませんでした。
私がどこの誰であるとか、
そんなものは溶けてしまって、
ひとりの、同じ島で暮らしている人間──
それはどこの誰でもよくって、
ただ、これまでの経験が聞ければ、それでよかったのです。
私がどんな人間であるか、そこにこだわっているのは
私自身でしかありませんでした。
不登校の子どもをひとりで育てること、生活していくことの不安、
在宅ワークを始めて希望の持てる今があること、
心を込めて、お話できました。
声も震えて、噛んでしまうところもあったけれど、
参加された方々と目を合わせることができました。
あとは、参加された方が思い思いに、
必要なものを自由に持ち帰ってくださる──
それでよかったのですよね。
今日のこの日を、挑戦の一日にして、
ぐるりのことに気づけて、とてもしあわせでした。
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