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青天 3/8の日記

5日ほど連続で朝はハムチーズトーストを食べているがまだ飽きていない。
日曜の朝という世界で一番フリーな時間を活かして、朝からブロッコリーも茹でた。えらい。

朝ごはんを食べてからは、5ヶ月遅れのばけばけを観たり若林の小説を読んだりドラゴンボールを読んだりなんだか落ち着かず。
やらないといけないことが無いわけではないが、率直に言うと暇な時間が流れていた。

こういう時間を豊かに受け入れられないのが私で、何かせねばという無意味な焦燥感が徐々に高まってくる。
結局また焦燥感に耐えきれず、「行ってくるわ」と告げて2駅先のホームセンターなどがあるエリアを目指して自転車に乗った。
ホームセンターで何か消耗品を買うことで、この焦燥感は少しばかり収まってくれるだろうという考えだ。
自転車を漕いで数百メートル、雑に上着を羽織っただけの私を冷たい風が襲った。

あっという間に2駅先に行くのを諦め、隣駅のドトールに腰を下ろしている自分がいた。寒かった。
どうせならここでとことん集中してやろう、と若林の小説『青天』を開いた。
初めのうちは周りの声や音が気になって集中できなかったが、読み進めるうちにイヤホンをせずとも目の前の文字以外が一切気にならないゾーンに突入する。

『青天』が想像以上に良くて、気づけば残っていた後半部分を一気に読み切っていた。
誰が言い出したかも分からない陳腐な表現だが本当に文章が瑞々しくて、アメフトを知らないながらも、コートを突き進み相手とぶつかり合う衝撃が痛いほど伝わってくる。
この衝撃こそが生きているということだ(意訳)という表現が沁みた。片手間でドラゴンボールを読んでいるあの暇な時間が悔しくさえなってきた。
物語の結末も美しくて、茫然としながらドトールを出る。鼻の奥がツンとするのはきっと花粉のせいではないはずだ。

茫然としたまま自宅に戻り、茫然としたままランニングウエアに着替えた。
生きていることを感じたくなった。私が今一番生きていることを感じるのは走っている時だ。
走る走る。いつもの道をただひたすらに走る。
「平均ペース、1キロ5分12秒です」
イヤホンからランニング用のアプリの音声が流れる。いつもよりペースが速い。
砂利道は足をとられるから走りづらい。腕を振ってどうにか走り抜ける。
「平均ペース、1キロ5分6秒です」
いくらなんでも速い。やめろペース落とせ!と言う俺と、突っ走れ!と言う俺がいる。
明るいうちに走り出したのに陽は落ちてきていて、昼でも寒かった風は更に冷たさを増して身体を打つ。
「平均ペース、1キロ5分5秒です」
ペースは上がっているのに、布団の中にいるようにリラックスして呼吸ができているのが怖かった。左右の腕を振って左右の足を前に出す、ただそれを繰り返す。

「おつかれさまでした」
無機質な音声とともにランニングを終えた。
気づけば14.5キロ走っていた。過去最長距離だ。
ペタペタと歩きながら自宅に戻り、トロピカーナの鉄分ドリンクを飲んだ。ドロドロの甘いブドウ味が口から食道、胃まで伝わる。
膝も足首も重く疲労感も凄まじかったが、どこかで喜んでいる自分がいた。
これくらいの刺激があってこそ、私は生きていることを実感できるのだ。
『青天』がそう教えてくれた。

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永 脳内の引き出しが足りないので外付け脳みそとして活用しています。

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