トラの美術史〜蘆雪の虎が猫のように見える理由
府中市美で開催中の長澤蘆雪展。後期展示が始まりましたね。これからGWに向け、一層の混雑となりそうです。
後期には、和歌山・無量寺の「虎図襖」も展示されますね。
何を隠そう、私の卒業論文はこの「虎図襖」でした。かなり思い入れのある作品なのです。
蘆雪や、その師である応挙の描く子犬は近年人気ですね。同じように、「まるで猫のような」虎の絵も、人気を博しています。無量寺の「虎図襖」は日本絵画史上(少なくとも近世以前においては)最も大きな虎の図でしょう。それでいながら、どこかかわいらしい。

この虎の絵を猫のようと感じるならば、その実感は間違っていません!
なぜならば虎は日本に生息していないから。たま~に日本に輸入されたこともあったようですが、蘆雪の存命中に、京都へもたらされた記録はありません。
そんな日本の絵師たちにとって、虎を描くため、大きく2つの解決策がありました。
その1つ目が「外国で描かれた虎の絵を模写すること」。
虎の住む中国大陸や朝鮮半島の絵師によって、それも有名な絵師によって描かれ、日本で大切にされていた虎の絵は、格好の模倣対象でした。若冲は、中国の伝説的な絵師である宋の李公麟の作と信じられていた虎の絵(今では朝鮮の作品と考えられている)を模写しましたが、その理由は「わが国には虎がいないからだ」と、画中に自分の筆で書き、吐露しています。

ちなみに、若冲の模写した虎の絵はちょっと可笑しい感じもありますが、中国には流石というべき虎らしい虎の絵もありました。日本人がこのレベルの本物らしい猛獣を描けるようになるのは、竹内栖鳳を待たなければならないでしょう。

そして2つ目の方策が「虎の皮をスケッチすること」。
虎皮の輸入は比較的容易でしたからね。応挙も持っていました。とはいえ、皮だけではその生きた姿を想像して描くのは限界があります。そこでおそらく応挙は、日本でも普通に見られる猫の体型やしぐさを虎の絵を描く際の参考にしたと言われています。ですので、「猫っぽい」というのは、あながち間違いじゃあないということです。
応挙先生が目指していたのは「眼の前に対象が現れたかのように描くこと」です。虎の絵だったら、異国の誰も見たことのないような猛獣を完璧に再現するより、猫らしく描いた方が、よっぽど当時の日本人には生きた動物のように感じられたことでしょう。応挙先生は、決して妥協していません!

実際に入手していた、毛の描き込みはさすが。
また、応挙の後に虎の絵で有名になった岸駒(がんく)という人は頭蓋骨まで持っていたので、もう少し牙の立派な猛獣らしくなっています。

さて、蘆雪に戻りましょう。
蘆雪は応挙の忠実な生徒でした。虎の絵についても、まずは応挙のものを模倣することから始めましたが、自分のスタイルが確立されるにつれ、次第に蘆雪らしい虎というのも現れてきます。そんな中、無量寺の作品は、実はけっこう早い時期の作品で、あまり応挙スタイルを逸脱したものではありません。
しかし、無量寺の作品の、画面に向かって飛びかかるようなポーズはかなり創意が現れていると言って良いでしょう。

ところでこの虎が「猫っぽい」と感じる最大の理由をお教えしましょう…
猫というのは瞳孔が縦に細くなりますよね。いわゆるキャッツ・アイです。でも虎というのは瞳孔は決して縦になりません。小さくなったり大きくなったりしますが基本は円形です。この虎図のモデルは、明らかに猫ということです。
動物の研究者や飼育員の方には常識なんでしょうが、おそらくおよそ10年前に私が卒業論文を書いた段階で、美術史家でこれを指摘したことがある人はいなかった…と思います、がいらっしゃったらご勘弁ください笑
あと、この虎ちゃん、なんだか頭の形がハート形っぽくて不思議じゃないですか?実はよく見ると、両方の目尻辺りから垂直に上に伸ばしたあたりに、三角形の黒いものがあります。これが、耳を表していると思われます。意外と小顔で、おにぎり型の頭部をしているわけです。
輸入された虎の皮では、実際の虎のような大きな耳がついていることはわからなかったから…とされています。さもありなむ。
僕は犬派です。野球もドラゴンズファンです。でも、虎が大好きです。虎のデザインのものには目がありません。その理由を思い返すと、やっぱりこの虎ちゃんと向き合った日々があったからかなぁ。と感じます。
