のっぽの祖父のセーラー服
祖父は背が高かった。
手が大きくて、腕も脚も長かった。
祖母は背が低かった。
「うちのようなこまい(小さい)、器量の悪いもんが嫁になって、気の毒じゃて思いよった」
こどものころ、私は祖母から何度もそう聞いた。
ちなみに私は学校でメンデルの法則を習ったときに、
「自分はしわくちゃのエンドウだったのか…!」
と衝撃を受けたことを覚えている(三つ上の姉は祖父の遺伝子のおかげで大柄なのだ)。
テレビで『宇宙戦艦ヤマト』を夢中になって見ていた私たち姉妹に、
「そがなもんが面白いかのう」
と祖母は肩をすくめていた。
なぜそんなことを?と思っていたが、やがて理由は明らかになった。
祖父は徴兵されて海軍にいたことがあるのだ。
そのころの写真がある。
のっぽの祖父は海軍の帽子をかぶって、セーラーの制服を着て笑顔。
ど田舎の農家の長男だが、なかなかさまになっている。
『この世界の片隅に』の主人公すずさん。その幼なじみの水原哲の水兵姿を見たとき、
「じいちゃんとまったく同じ制服だ!」
と目を見張った。
とても遠い時代の物語だと思っていたのに、急に身近に迫ってきたから。
ど田舎の農家ののっぽの長男が、佐世保から上海に、そこから南洋の島へ送られることになった。
ど田舎の農家のこまい嫁は、幼い子ども(私の父)を連れて佐世保まで会いに行ったそうだ。
ところがそこで、祖父はなんと隠れてなかなか出てこなかったのである!そしてやっと姿を現したかと思うと、祖母の手を引っ張り、離れたところへ連れて行った。
理由は、そう、
田舎から出てきた、ぼろぼろの着物を着た「こまい」「器量のよくない」嫁のことが恥ずかしかったから…らしい。
じいちゃんヒドイ。
ばあちゃんかわいそう。
祖母とそんな話をしたことを覚えている。
颯爽と海軍のセーラー服を着ていた祖父は、
けれどもそのあと大変な苦労をした。
尋常高等小学校を出ただけの農家の長男は、自分より年下の兵学校卒の士官たちにこき使われたあげく、南方の島に送られて地獄をみた。
「蛇でもネズミでも、食べられるもんはなんでも食べた」
あまり戦争のことを語らなかった祖父だが、それだけはくり返し聞かされた。
奇跡的に生還した祖父は、士官にいじめられたことがよほど悔しかったとみえて、
「勉強したい者はとにかく上の学校へ行け」
田畑を売ってでも父たちを進学させてくれたそうだ。
そんなウラ話を、この夏帰省して母から聞いた。
祖父も祖母も父も、もうこの世にはいない。
上海から祖父が土産に持ち帰ったという、こまかい山水の彫られた石の置物のかけらだけが、まだ玄関に飾られている。

「この石はね、ひいおじいちゃんが上海から買って帰ったらしいんだけど、子どもの頃のおじいちゃんたちが遊んで放り投げたりして欠けちゃって、これだけしか残ってないんだって」
身もフタもない石のいわれを息子らに語りながら、
のっぽの祖父やこまい祖母のことを、私が次の世代に語り伝えていかなければなぁと改めて思った。
石のかけらは、ただそこにあるだけで何も語ってはくれないのだから。
