パトリシアはどこにいる
電車の乗り換えで階段を上っていたら、後ろで若い男性の会話が聞こえた。
「最初の彼女とは受験のゴタゴタで別れたんだよね〜。そのあとつきあった子とも、ソッコー別れた」
黙々と階段を上りながら耳は後ろに全集中。なんでも、その彼女がほかの男子と仲よく話しているのを見て、自分じゃなくてもいいんだと思ったとのこと。
うーむ彼女がちょっとかわいそう…と思ったところで時間切れ。彼らは改札へと向かっていった。
さてその後も電車に長く揺られたわたしは、暇だったので過去の恋愛について思いをめぐらせていた。
そして思い出したのは、子どものころ好きだった漫画『キャンディ・キャンディ』。
持っていたのだ、愛蔵本。職場の友人の娘さんが読みたいというのであげてしまった。著作権問題で絶版になると知っていたら…悔やんでも後のまつり。
孤児院育ちの明るく元気な少女キャンディが、さまざまな苦難や恋愛を通して成長していく物語(合ってます?手元にないもんで…)。
素敵な男性がつぎつぎに現れて、みんなしてキャンディに恋をする乙女ゲームのような要素もあった気がする。
優しい王子さまアンソニーや、実は繊細なイケメン不良少年テリィなど、そうそうたるメンバーの中でわたしが好きだったのはステア。
機械オタクの発明家。
しょっちゅう失敗してテヘヘ…のキャラでありつつ、ほかの人のためにキャンディへの思いを封印して身を引く…という男。彼の人気が爆発するのはその命尽きるとき(戦場でもいい人を発揮してしまい撃墜…)なのだが、ここでは長くなるので置いておいて。
子どものころステアが好きだったという気持ちは意外と長く尾を引いて、現実の恋愛においても王子さまやイケメンくんより、「ものを作る人」に惹かれることが多かった。
そんなわたしを、初対面のママ友が、
「パティがここにいる!」
と言ったことがございまして…
800字近く費やしてやっと出てきたパティは本名パトリシア。まじめで地味なメガネっ子で、ステアの恋人になる少女である。
わたしが黙ってさえいればまじめで地味なメガネっ子だっただけの話なのだが、
「イメージよ!佇まいがすべてパティ。あの服を着て立っていてほしい」
と力説されて少々そらおそろしかった。
子どもの頃の疑似恋愛が、その後の人格形成に影響を与えるなんて…あるのだろうか。
さてここまで読んでくださった方(いるのかな…)のために、わたしがステアのような人と結婚したのかどうかを興味がなくても書いておこう。
先日、壊れた掃除機を工具一式持ち出して修理したわたしを、
「すご〜い!」
とほめてくれたのが夫である。
おかしい。
数十年の時を経て、わたしはパティではなくステアになっていたのだった。
