小谷城を訪ねて―浅井三代とお市・三姉妹の戦国絵巻
戦国時代、最も鮮やかに散った一族は誰か、と問われれば、
私は迷わず浅井氏の名を挙げる。
湖北・小谷山の山上に築かれた「小谷城」は、浅井亮政・久政・長政の三代が本拠とし、そして信長の娘婿・長政の選択によって滅びた城。
戦国史を語る上で避けて通れない、日本100名城 No.49である。
## 浅井三代の興亡 初代・亮政が京極氏を追い、
浅井家を戦国大名に押し上げたのが16世紀初頭。
二代・久政は温厚な守成の人だったが、三代・長政は時代の才人だった。
信長との同盟、妹お市の輿入れ、そして姉川の戦いの裏切り――長政の判断は、戦国の地政学を揺らした。
## お市と三姉妹 そして小谷城は、女性史の舞台でもある。
長政の妻お市は信長の妹、二人の間に生まれたのが茶々(後の淀殿)、
初(京極高次室)、江(徳川秀忠室・家光の母)――戦国の三姉妹。
彼女らはこの山城で生まれ、育ち、そして落城の日に母と共にこの山を下った。
## 1573年、落城 織田信長の猛攻は二度にわたった。
姉川の戦いから三年、ついに1573年9月、信長は小谷城を包囲。
長政は京極丸に火を放ち自刃。久政は小丸で自ら命を絶つ。
お市と三姉妹は信長に保護され、山を下った――戦国の終焉の始まりだった。


## 今に残るもの 番所跡、御茶屋、御馬屋、桜馬場、黒金門、大広間、本丸、中丸、京極丸、小丸、山王丸――山頂まで続く各郭を巡れば、かつての城郭の規模に圧倒される。
特に山王丸の大石垣は圧巻だ。 戦国の風が、今も小谷山を吹き抜けていく。
動画はこちら!(❁´◡`❁)
https://youtu.be/t_C2a-UlrPo
