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1話 幼少期の始まり。|父を知らずに育った少年


2歳の時、両親が離婚。地上の父を知らずに育った少年。


はじめまして。チャンティです。

私はこのnoteで、自分の人生を赤裸々に書いていこうと思っています。

きれいな話だけではありません。傷も、失敗も、罪も、後悔も、迷いも、全部含めて書いていきます。

なぜなら、私の人生を通して、誰かの人生に光を届けたいからです。

暗闇の中にいる誰かに、ほんの少しでも光が届くなら。自分の過去にも意味があったのだと、今はそう思えます。

このシリーズは、私の人生の証です。

Buddhaの弟子から、キリストの弟子へ。地上の父を知らなかった私が、天の父の愛を知り、神の子として生き始めるまでの物語です。

そしてそこから、もう一度マイクを握り、妻と息子たちと共に、音楽やYouTube、教会の働き、家族の歩みを通して、誰かの人生に光を届けていく物語でもあります。

私には、息子と作った曲の中に大切な言葉があります。

スーパーヒーローはYOU。

この言葉は、ただ子ども向けの明るいフレーズではありません。今の私にとっては、とても深い意味を持っています。

誰かを励ます人。誰かのために祈る人。傷ついている人に寄り添う人。暗闇の中にいる誰かに、小さな光を届ける人。ただ、愛する人。

そんな人は、誰かにとって本当にスーパーヒーローなのだと思います。

毎朝、長男を小学校へ送り出す時、私はこう問いかけます。

「今から何をしに行くんだっけ?」

すると長男は、元気にこう答えます。

「友達と先生に優しくする!みんなを愛しに行くんだよ!」

このやり取りは、我が家にとって、とても大切な時間です。

学校は、ただ勉強をしに行く場所ではない。友達と比べたり、勝ち負けを競ったりするだけの場所でもない。

今日出会う人に優しくするため。誰かを愛するため。自分の中にある光を、誰かに届けるため。

そう思って家を出ていく息子の姿を見るたびに、私は思います。

人は、年齢に関係なく、誰かの人生に光を届けることができる。

スーパーヒーローはYOU。

それは息子に向けた言葉であると同時に、かつて暗闇の中にいた私自身にも向けられている言葉なのかもしれません。

けれど、私は最初からそんなふうに生きられたわけではありません。

私の物語は、父を知らない幼少期から始まります。

私は2歳の時に、両親が離婚しました。

それから今に至るまで、私は父に会ったことがありません。

正直に言えば、2歳の頃の記憶はほとんどありません。けれど、父がいないという現実は、私の人生の中にずっとありました。

運動会。授業参観。友達の家族。父親という存在が当たり前のようにある場所に触れるたび、私の心の奥には、自分でもうまく説明できない感覚がありました。

寂しさ。怒り。虚しさ。あきらめ。そして、ぽっかりと空いた穴のようなもの。

父とは何なのか。家庭とは何なのか。夫婦とは何なのか。男として、父として、自分に何ができるのか。

そんな問いが、ずっと心の奥にありました。

だから私は、長い間、結婚することにも、自分の子どもを持つことにも、どこかで恐れがありました。

どうせ自分も親のように離婚するのではないか。男と女は、結局分かり合えないのではないか。父を知らない自分に、父親なんてできるのだろうか。

そんな思いが、私の中にありました。

幼い頃の私は、よく分からないまま、心のどこかで「自分には足りないものがある」と感じていたのだと思います。

家族があるのに、どこか欠けている。生きているのに、どこか満たされない。笑っていても、心の奥は空っぽ。

それが、私の幼少期の始まりでした。

7歳の時には、母と一緒に踏切の前まで行き、死のうとしたこともあります。

今振り返ると、幼い私の人生には、ずっと暗闇のようなものがありました。

でも、不思議なことに、完全に光がなかったわけではありません。

この先の話で書いていきますが、私にとって最初に差し込んだ光のひとつは音楽でした。

20歳でラップに出会い、言葉を学び、歌詞を書き、自分の中にあった痛みや怒りや虚しさを、音楽に乗せるようになりました。

最初は、正直に言えばモテたくて始めたラップでした。

でも、自分の曲を聴いてくれた人が、

毎朝聴いてるよ。勇気をもらってるよ。

そう言ってくれた時、初めて思いました。

私の人生にも、誰かのために使えるものがあるのかもしれない。

音楽は、確かに私を一度救ってくれました。私の人生の軌道を変えてくれました。

けれど、それでも、心の一番深いところにある穴は塞がりませんでした。

その後、私はありとあらゆるものを学びました。

心理学。EQ(心の知能指数)。心理術。脳科学。量子物理学。マヤ暦。etc

そして約3年間、Buddhaの弟子として歩んだ時期もあります。

本気で探していました。

平安を。真理を。人生の意味を。救いを。

私はずっと、何かを知れば変われると思っていました。何かを成し遂げれば満たされると思っていました。もっと強くなれば、もっと賢くなれば、もっと認められれば、いつか平安にたどり着けると思っていました。

でも、それは後に分かります。

本当の平安は、私が勝ち取るものではありませんでした。信じて受け取るGiftでした。

妻と共に作った賛美に、こんな言葉があります。

LET THERE BE LIGHT / 光、あれ。

闇の中から光 輝き出よ。

この言葉は、今の私の人生そのものです。

父を知らずに育った私。家庭を恐れていた私。自分には父親などできないと思っていた私。心にぽっかり穴が空いたまま、必死に何かで埋めようとしていた私。

そんな私の人生に、光が差しました。

これからこのnoteでは、そんな私の歩みを、10話ほどのシリーズとして書いていこうと思っています。

1話では、父を知らずに育った幼少期の始まり。2話では、孤独と痛みの中で、生きる意味を探していた日々。3話では、音楽との出会いと、ラップが私にくれた最初の光。4話では、妻との運命的な出会いと、家族への恐れが少しずつ変えられていく過程。5話では、天の父の愛を知り、ぽっかり空いた心の穴が天の父の愛で満たされ、「あなたはわたしの愛する子」という真理に出会うところまで。

そして6話以降では、神の子として生き始めた私が、45歳、2児の父として、もう一度マイクを握る話。息子と共に歌い、家族で礼拝し、みことばに立ち、スーパーヒーローはYOUというメッセージを届けていく話。妻と賛美し、家族で福音を発信し、誰しもが愛し合えることをゴールに、家庭から光を広げていく話を書いていきます。

これは、私だけの成功物語ではありません。

むしろ、弱さだらけの人間が、どのように光に出会い、立ち上がっていったのかという証です。

父を知らずに育っても、父になれること。愛を知らずに育っても、愛する者に変えられること。死にたかった人生にも、意味が与えられること。ぽっかり空いた心の穴も、天の父の愛によって満たされること。痛みさえ、誰かの希望に変えられること。

そして、光を受け取った人は、誰かの人生に光を届ける者になれること。

それを、私の人生と家族の歩みを通して伝えていきたいと思っています。

聖書には、こう書かれています。

「光は闇の中に輝いている。闇はこれに打ち勝たなかった。」ヨハネの福音書 1章5節

私は、この言葉を本気で信じています。

どんなに暗い過去があっても、光は届く。どんなに深い傷があっても、光は消えない。どんなに自分には価値がないと思っていても、天の父の愛は人を立ち上がらせる。

私の物語は、ここから始まります。

2歳の時、両親が離婚。地上の父を知らずに育った少年。

でも、その少年の人生にも、やがて光が差します。

Buddhaの弟子から、キリストの弟子へ。

暗闇の中にいた私が、光に出会い、今度は誰かの人生に光を届ける者へ。

ここから、私の人生を赤裸々に書いていきます。

スーパーヒーローはYOU。

Blessings to you.

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