見出し画像

5話 心のポッカリを満たした父の愛。|地上の父を知らず、天の父に出会った日


父を知らずに育った私が、神の子として生き始めた。


妻との出会いは、私の人生に家族という光を差し込んでくれました。

父を知らずに育った私に、愛することを学ぶ場所が与えられました。
家庭というものは、壊れるだけの場所ではないのかもしれない。
自分にも、家族を持てるのかもしれない。

そう思わせてくれたのが、妻との出会いでした。

でも、まだ心の一番深い穴は、完全には満たされていませんでした。

夫になり、父になっても、私はまだ、自分が子として愛されていることを知りませんでした。

父親になる前に、私はまず、子として愛される必要があったのです。

家族が与えられました。
子どもも与えられました。
本当なら、感謝すべきことばかりでした。

それでも当時の私は、その恵みに感謝しきれませんでした。

表向きには、普通の夫婦。
普通の家庭。

でも家の中では、愛が冷めきっているような時期がありました。

妻に触れることすら嫌だと思ってしまうこともありました。
子どもと一緒になって、妻を孤立させるような言葉や態度を取ってしまうこともありました。

今振り返ると、本当に未熟でした。

子どもの叱り方も分からない。
どう愛したらいいのかも分からない。
怒りたくないのに怒ってしまう。
家庭を壊したくないのに、自分の弱さが出てしまう。

子育ては、本当に大変でした。

その大変さの中で、私は改めて母を尊敬するようになりました。

母は、父がいない中で、私と兄を育ててくれました。
あの頃の母がどれだけ大変だったのか。
大人になり、父になって、ようやく少しだけ分かるようになりました。

でも、分かるようになったからといって、自分がすぐに良い父親になれたわけではありません。

私は、父親としてどう振る舞えばいいのか分かりませんでした。

父を知らずに育った痛みは、大人になってからも形を変えて出ていました。

愛され方が分からない。
愛し方が分からない。
自分の価値を、どこかで証明しようとしてしまう。

妻を本当の意味で愛することも、子どもをどう導くことも、私たち夫婦には分からなくなっていました。

もう本当に、お手上げでした。

そんな中で、私たちの人生に神さまが介入してくださいました。

妻が、私より先にイエス・キリストに出会いました。

当時の私は、まだBuddhaの弟子でした。

だから正直、最初はこう思いました。

うわー、妻がキリスト教になっちゃった。

悲しみ半分。
面白さ半分。

我が家はまるで、漫画『聖おにいさん』みたいだなと思っていました。

でも、心の奥には悔しさもありました。

自分が信じてきた教えより、妻はキリストを取るのか。
そんなヤキモチのような思いもありました。

それでも、妻の中に何か変化が起きていることは感じていました。

表情が変わる。
言葉が変わる。
家の空気が少しずつ変わる。
そして何より、妻は祈るようになりました。

妻の祈りは、私の人生に確かに影響を与えていきました。

私は長年、タバコとお酒に縛られていました。
やめようと思っても、なかなかやめられない。
自分の意思ではどうにもならないものがありました。

でもある日、仕事帰りに突然、心の中に強い確信が来ました。

タバコ、やめるわ。

家に帰って妻にそう伝えると、妻は驚きました。

「え、それ一昨日祈ったことだよ。」

その時、私は思いました。

これは、自分の頑張りではない。
啓示だ。

努力して無理やり変えたのではなく、神さまからの光が心に入ってきて、自然と変えられていく感覚でした。

妻の無言の振る舞い。
聖書の言葉。
裏での祈り。

その一つひとつが、神さまに聞かれていたのだと思います。

私がJTM、Jesus Tribe Ministriesに触れた時、最初の印象は不思議なものでした。

妻の方が教会に抵抗があり、私はどちらかというと、未知なる探検のような気持ちで楽しんでいました。

でも、そこは不思議な空間でした。

初めて、目の前で自分のために祈ってくれる人の姿を見た時、私は思いました。

これは何が起きているんだろう。

でも同時に、心地よさがありました。
愛を感じました。

賛美の歌詞には、「キリストの血」や「神の命」といった、当時の私には少し怖く感じる言葉もありました。

それでも、歌う人たちのパッションは分かりました。

ここに何かある。

そんな予感がしていました。

そして、JTMのリーダーであるロギオン、岡野義喜牧師。
そしてエリカ牧師。

私たち夫婦にとって、二人は霊的な父母のような存在になっていきました。

ロギオンが語る神のことば。
エリカ牧師から語られる言葉。
聖書の奥義。

それらを通して、私たち夫婦は少しずつ悟っていきました。

ただ愛すればよかった。

でも、その愛は、自分の中から無理やり絞り出すものではありませんでした。

天の父に、まず愛されている。
その愛を受け取る。
そこからでなければ、愛は流れない。

私は、その恵みに気づき始めました。

「天の父」という言葉を聞いた時、最初はピンと来ませんでした。

父。

その言葉には、私にとって複雑な響きがありました。

地上の父を知らずに育った私にとって、「父」は近いようで遠い言葉でした。
心のどこかで求めていたのに、どう受け取っていいのか分からない言葉でした。

でも、祈りの中で、礼拝の中で、みことばを聞く中で、少しずつ分かっていきました。

父は、いなかったのではない。

天の父が、ずっと私を見ていてくださった。

特に、聖霊のバプテスマを受けた時。
身体に熱を感じました。

その瞬間から、不思議なほど自然に、Buddhaから心が離れていきました。
そしてイエス・キリストを学ぶようになりました。

無理やり変えたのではありません。
いつの間にか、神の子として、イエス・キリストの弟子として生きる自分が出来上がっていったのです。

祈りの中で、涙が溢れることもありました。

過去の悲惨な出来事の中にも、神さまが共にいてくださったのだと感じました。

4歳の時、ガラスで手首を切ったこと。
7歳の時、踏切で「死にたい」という言葉の重さを知ったこと。
8歳の時、毎日のように遊んでいた親友の死。
16歳、18歳の頃のバイク事故。
22歳の頃、命を落としていてもおかしくなかった危険な出来事。

思い返せば、命を失っていても不思議ではない瞬間がいくつもありました。

でも私は、今も生きています。

今なら分かります。

あの時も、天の父は私を見ていてくださった。
私が神さまを知らなかった時から、神さまは私を守ってくださっていた。

私は、捨てられていなかった。
私は、最初から愛されていた。

私は、神の子だった。

ヨハネの福音書には、こうあります。

「この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとなる特権をお与えになった。」

ヨハネの福音書 1章12節

また、ローマ人への手紙にはこうあります。

「私たちが神の子どもであることは、御霊ご自身が、私たちの霊とともに証ししてくださいます。」

ローマ人への手紙 8章16節

私は、神の子でした。

愛されるために、もう何かを証明しなくてよかった。

有名にならなくてもいい。
かっこよく見せなくてもいい。
強がらなくてもいい。
誰かに価値を認めさせなくてもいい。

神さまが、先に私を愛してくださっていたからです。

4話で触れた、結婚式の時に受け取った第一ヨハネ4章の聖句。
当時は意味が分かりませんでした。

「私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し……ここに愛があるのです。」

今なら、この言葉が心に深く響きます。

私が神を愛したのではありませんでした。
神が、先に私を愛してくださっていました。

ここに愛がありました。

それまでの私は、神さまは自分の中にいて、自分こそが創造主のようなものだと思っていたところがありました。

でも、そこには平安がありませんでした。

頑張って何かを成し遂げる世界。
自分の力で悟ろうとする世界。
人をジャッジし、見下し、そんな自分を隠しながら生きる世界。

酒を飲めば、その内側が爆発することもありました。

Buddhaの弟子だった頃も、私はずっと感謝の言葉を口にしていました。

「ありがとう」
「感謝します」

その言葉を大切にしていました。

でも、天の父の愛を知ってから受け取ったものは、それまでとは違いました。

それは、ただ感謝の言葉を口にすることではありませんでした。
無理に自分を整えようとすることでもありませんでした。

内側から、喜びが湧き上がってくる。
何気ない日常の中に、神さまの愛を見つけて涙が溢れる。
子どもの声、妻の笑顔、家族で祈る時間、その一つひとつが奇跡に見える。

そこにあったのは、神のいのちでした。

感謝の言葉は知っていました。
でも、感謝が湧き上がるいのちを、私はまだ知らなかったのです。

福音は、まったく違いました。

良い人になったから愛されるのではない。
努力したから救われるのではない。
先に愛されていた。
恵みによって救われる。

それは、私にとって本当にGiftでした。

誰でも受け取れるGift。

天の父の愛を知ってから、夫婦関係も変えられていきました。

謝れるようになりました。
赦し合うことを学び始めました。
妻を大切にしたいという思いが強くなりました。
一緒に祈るようになりました。

神の愛によって、人を赦し、愛することができるようになっていきました。

夫婦の亀裂が少しずつ閉じていき、家の空気も変わっていきました。

子どもとの関係も変わりました。

子どもを怒るだけではなく、神の子として見るようになりました。
祈ることを教えるようになりました。
毎朝のディボーションも、家族にとって大切な時間になりました。

神さまを知る前、長男は学校へ行けない時期がありました。
それによって、私も仕事ができず、本当に大変な時期がありました。

でも今では、学校はただ行かされる場所ではありません。

友達や先生を愛するために行く場所。
光を持って行く場所。

朝、私は息子に聞きます。

「今から何をしに行くんだっけ?」

すると息子は答えます。

「友達と先生に優しくする。みんなを愛しに行くんだよ。」

神さまの愛は、私たち夫婦だけでなく、子どもたちにも流れ始めました。

私は、自分が受けられなかったと思っていた愛を、今度は子どもたちに流したいと思うようになりました。

でもその愛は、私の力ではありません。

天の父から受け取った愛です。

神の愛を受け取ってから、子どもと過ごす何気ない瞬間に、涙が溢れることが増えました。

一緒に話している時。
笑っている時。
ただ隣にいる時。

ふと、思うのです。

子どもを授かることは、当たり前じゃない。
子どもと話せることも、当たり前じゃない。

私はずっと、子どもとお話しすることが夢でした。

その夢が、今、目の前にある。

息子たちの声を聞けること。
一緒に笑えること。
祈れること。
賛美できること。

その一つひとつが、神さまからの奇跡に思えて、喜びが溢れます。

かつては、満たされない心で、今ある恵みにも感謝しきれなかった私が、今は何気ない日常の中に神さまの奇跡を見るようになりました。

子どもの声。
妻の笑顔。
家族で祈る時間。
朝のディボーション。
学校へ向かう息子の背中。

その全部が、当たり前ではありません。

すべてが恵みです。

すべてが神さまの奇跡です。

だから今は、心からこの聖書の言葉が分かります。

「いつも喜んでいなさい。
絶えず祈りなさい。
すべてのことにおいて感謝しなさい。
これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。」

テサロニケ人への手紙 第一 5章16〜18節

これは、ただのきれいな言葉ではありません。

私たち家族の中で、生きる言葉になりました。

喜びは、状況が完璧だから出るものではありませんでした。
祈りは、困った時だけするものではありませんでした。
感謝は、良いことが起きた時だけするものではありませんでした。

神のいのちが内側に流れる時、喜びが湧き上がる。
天の父の愛を受け取る時、祈りが呼吸のようになる。
自分の力で感謝しようとしなくても、恵みが見えるようになる。

天の父の愛を知った時、日常の見え方が変わりました。

何気ない時間の中に、神さまの愛がある。
家族の会話の中に、神さまの恵みがある。
子どもと過ごす一瞬の中に、天の父の愛が流れている。

私は、ようやく気づきました。

心のポッカリを満たしたのは、人からの評価でも、音楽でも、家庭だけでもありませんでした。

天の父の愛でした。

父親になる前に、私はまず、子として愛される必要がありました。

そして今、私は告白できます。

私は、神の子です。

父を知らずに育った私に、天の父の愛が注がれました。

愛されるために、もう何かを証明しなくてよかった。

私は、神の子だったのです。

そしてその愛は、やがて私の中に眠っていた音楽を、もう一度呼び起こすことになります。

かつての音楽は、自分を証明するためのものでした。
自分には価値があると叫ぶためのものでした。

でも、天の父の愛を知った私は、もう違いました。

今度は、自分を証明するためではなく、福音を届けるために。

誰かの心のポッカリに、天の父の愛が届くように。

その時、私は天の父にこう叫ぶことになります。

お父さん。

ラップがしたいです。

Buddhaの弟子から、キリストの弟子へ。

痛みは証に。
光は闇に勝つ。

スーパーヒーローはYOU。

Blessings to you.

いいなと思ったら応援しよう!