6話 お父さん、ラップがしたいです。|自分を証明するためではなく、福音を届けるために。
天の父の愛を知った私は、心のポッカリが満たされていきました。
父を知らずに育った私が、天の父の愛を知った。
愛されるために、もう何かを証明しなくてよくなった。
私は、神の子だった。
5話までで、私はその大きな愛に触れました。
でも不思議なことに、天の父の愛を受け取ったあと、私の中で、もう一度動き始めたものがありました。
それが、音楽でした。
ラップでした。
昔の私にとって、音楽は自分を証明するためのものでした。
痛みを吐き出す場所。
孤独を声にする場所。
自分には価値があると確認する場所。
仲間や居場所を与えてくれるもの。
20代の頃は、正直、モテたかった。
かっこよく見られたかった。
自分を大きく見せたかった。
でも、ラップを続ける中で少しずつ変わっていきました。
俺でも、誰かの力になれるかもしれない。
誰かを励ませるかもしれない。
自分の痛みを歌うことで、同じような痛みを抱えた人を支えられるかもしれない。
30代になると、人生の儚さや、その中にある美しさを歌うようにもなりました。
自分なりに愛を伝えようとしていました。
でも、まだ心の一番深いところは満たされていませんでした。
40代。
私はBuddhaの弟子として生きていました。
感謝の言葉を口にし、人生を整えようとし、自分なりに真理を求めていました。
でも、やっぱり孤独でした。
そしていつの間にか、音楽からも少しずつ離れていきました。
家庭を持ち、子どもも生まれ、仕事もありました。
もう自分は表舞台に立つ側ではない。
若者たちを押し上げる裏方でいい。
エンジニアとして、誰かの音楽を支える側でいい。
そう思っていました。
もちろん、それも素晴らしい働きです。
誰かを支え、押し上げることには大きな意味があります。
でも、本音を言えば、私はずっとラップがしたかったのです。
ただ、それを認められませんでした。
もういい年だし。
子どももいるし。
どうせ人気なんて出ないし。
そんな言葉で、自分の中にある願いにフタをしていました。
でも神さまは、そのフタの奥にあるものをご存じでした。
水のバプテスマを受けたあと、JTMのリーダーであり、私たち夫婦にとって霊的父のような存在であるロギオン、岡野義喜牧師が、私のために祈ってくださいました。
その時、ロギオンから語られた言葉がありました。
「あなたから、たくさんのメロディが溢れ出ます。」
その言葉を聞いた時、心の奥の方で何かが動き出しました。
驚きました。
嬉しかった。
そして、思いました。
まだ音楽をやっていいのか。
自分の中に、まだメロディがあるのか。
自分でも閉じていたはずの扉を、神さまは知っておられました。
その後、私をJTMへ導いてくれた、今では神の家族であり、God Spell Musicの音楽仲間であり、ラッパーでもあるSpeedy UJからも声をかけられました。
「そろそろチャンティさんもラップやりましょうよ!」
その一言で、また心が疼き始めました。
Speedy UJは、私たち家族にとってとても大切な存在です。
彼がある日、我が家に来て「真理を見つけました!」と語り、JTMへ誘ってくれなかったら、今の私たちの平安はありませんでした。
彼のことは、いつか改めて深く書きたいと思っています。
ロギオンの預言の言葉。
Speedy UJの一言。
そして、心の奥で疼き始める音楽。
それでも私は、まだはっきりとは言えませんでした。
そんなある日、ひとりでスタジオにいました。
私は祈っていました。
すると急に、涙が溢れてきました。
止めようとしても止まりませんでした。
神さまの御前で、私の中に隠していた嘘が明らかにされていくようでした。
ラップしたい気持ちを、私は隠していました。
もういいと言いながら、本当はやりたかった。
裏方でいいと言いながら、本当はもう一度マイクを握りたかった。
その本音が、天の父の光の中に出されていきました。
そして私は、号泣しながら叫びました。
お父さん。
ラップがしたいです。
それは、天の父に向けた言葉でした。
父を知らずに育った私が、天の父に向かって、子どものように素直に叫んだ言葉でした。
甘えるような言葉でもありました。
許可を求めるような言葉でもありました。
そして、使命を受け取るような言葉でもありました。
「ラップがしたいです」
その奥にあったのは、昔のように自分を証明したいという願いではありませんでした。
神さまを証したい。
福音を届けたい。
日本の人に、イエスさまの愛を伝えたい。
痛みの中にいる誰かを励ましたい。
そんな願いでした。
昔のラップは、孤独から出ていました。
でも今は違います。
今のラップは、神さまの言葉から出る。
天の父の愛から出る。
神の子として受け取ったGiftから流れていく。
昔のマイクは、自分を証明するためのものでした。
でも、天の父の愛を知った私は、もう自分を証明するために歌わなくてよくなりました。
私はもう、愛されるために有名にならなくていい。
かっこよく見せなくていい。
強がらなくていい。
誰かに価値を認めさせなくていい。
私は、神の子だからです。
その時、私の中に眠っていた音楽が、神さまによって呼び起こされました。
小学生の頃の記憶も、鮮明に思い出しました。
ひとりで登下校していた時。
自分で作ったオリジナルの鼻歌を歌いながら、なぜか涙していたことがありました。
あの頃から、私は歌うことが好きでした。
誰に聴かせるわけでもない。
何かの評価を得るためでもない。
ただ、歌っていた。
その記憶がよみがえった時、私は思いました。
俺は、とにかく歌うのが好きなんだ。
神さまは、私の中にあったそのGiftを、もう一度呼び起こしてくださいました。
聖書には、こうあります。
「主は私の口に新しい歌を授けてくださった。
私たちの神への賛美を。」
詩篇40篇3節
また、こうも書かれています。
「それぞれが賜物を受けているのですから、神の様々な恵みの良い管理者として、その賜物を用いて互いに仕え合いなさい。」
ペテロの手紙 第一 4章10節
音楽は、私が自分で作り上げたものではありませんでした。
神さまから与えられたGiftでした。
そしてそのGiftは、自分を大きく見せるためではなく、誰かに仕えるために与えられていました。
それから、救われて初めての曲が生まれました。
「KAMINOKO」
Pistissという新しいラッパー名義で作った、最初の曲です。
Pistissは、「信仰」から取った名前です。
この曲は、神の子のアイデンティティをラップした曲でした。
私はもう、Buddhaの弟子ではなく、キリストの弟子として歌い始めていました。
KAMINOKOの中で、私はこうラップしています。
「あなたを信じ義人とされた者
召命 聴き悟り 福音のべ伝える
世々に蔓延る
悪っしきもの
見えない敵と戦う
我らJTM 神の子
御言葉のつるぎ
真の平和 愛の電波」
これは、昔の私のリリックとは違いました。
昔は、自分を大きく見せるために言葉を並べていました。
痛みを吐き出し、価値を叫び、存在を証明しようとしていました。
でもKAMINOKOでは、神のことばを握っていました。
福音をのべ伝える。
見えない敵と戦う。
神の子として立つ。
御言葉のつるぎを持つ。
真の平和と愛の電波を流す。
これは、ただの音楽活動の再開ではありませんでした。
これは、新しい歌の始まりでした。
KAMINOKOのHookでは、こう歌っています。
「神のことば 聖霊の臨在
おもい巡らし 炙り出す実体
闇を打ち消す 光あれ
豊かな水が地から湧き上がり
大地の全面を潤す
たとえ 死の陰の谷を歩むとしても
わたしはわざわいを恐れません
恵とまことに満ち溢れる」
この中には、私が受け取ったみことばが流れています。
「光、あれ。」
創世記1章3節。
「豊かな水が地から湧き上がり、大地の全面を潤していた。」
創世記2章6節。
「たとえ死の陰の谷を歩むとしても、私はわざわいを恐れません。」
詩篇23篇4節。
「恵みとまことに富んでおられます。」
詩篇86篇15節。
みことばが、ラップになっていきました。
聖書の言葉が、ビートの上で流れ始めました。
昔の私は、自分の痛みから歌っていました。
でも今は、神のことばから歌うようになっていました。
それは、自分でも驚くほど自然でした。
昔は、あれこれ考えながら歌詞を書いていました。
時間もかかりました。
迷いもありました。
でも今は、作るとなったらとても早いのです。
特にリリックを書く時、ペン先に迷いがありません。
伝えたいことは、ひとつだからです。
神さまのこと。
福音のこと。
イエス・キリストの愛。
それだけです。
だから言葉が流れるのです。
KAMINOKOのVerseでは、私はこうラップしています。
「Roaring lion 揺るぎない愛を
Heavenly father 燃えたぎるPower
Jesus christ あなたの弟子
DNA脈々と流れる Y&E 愛しき父母」
ここにも、私の新しいアイデンティティがありました。
揺るぎない愛。
Heavenly Father。
Jesus Christ。
あなたの弟子。
そして、Y&E。
愛しき父母。
これは、私たち夫婦にとって霊的な父母であるロギオンとエリカ牧師への感謝でもあります。
私は、ひとりで立ち上がったのではありません。
天の父の愛。
みことば。
祈り。
神の家族。
霊的父母。
音楽仲間。
そのすべてを通して、私はもう一度マイクを握ることになりました。
KAMINOKOには、こんな言葉も入っています。
「求めよ さすれば与えられる
祝福のシャワー 敬愛なるアバ、父よ」
これは、マタイ7章7節と、アバ父への叫びにつながっています。
「求めなさい。そうすれば与えられます。」
マタイの福音書7章7節
そして、
「神は『アバ、父よ』と叫ぶ御子の御霊を、私たちの心に遣わされました。」
ガラテヤ人への手紙4章6節
私は、父を知らずに育ちました。
でも今は、天の父に向かって叫ぶことができます。
アバ、父よ。
お父さん。
ラップがしたいです。
この叫びは、ただの夢の再開ではありませんでした。
福音を届けるための、新しい歌の始まりでした。
そしてKAMINOKOは、後に長男がfeatして、公園で撮影したMVとしてYouTubeにも上がっています。
救われて初めて作った曲です。
KAMINOKO / Pistiss
神の子として、もう一度マイクを握った最初の一曲。
よかったら、こちらから聴いてみてください。
《YouTubeリンク》
この撮影の裏側にも、神がかり的な面白いことがたくさんありました。
それも、いつか改めて書きたいと思っています。
でもこの時点では、まだ私は想像していませんでした。
神さまの計画が、私だけで終わらないことを。
長男は5歳の時、急に「レコーディングしたい!」と言い出し、フリースタイルで4曲録ったことがありました。
なので、いつかラップするのかな、くらいには思っていました。
でも、まさか一緒に福音ラップをすることになるとは、、
家の中には、祈りがありました。
賛美がありました。
みことばに反応する子どもの姿がありました。
でも、次にマイクを握るのが、小さなダビデになるとは、まだ知らなかったのです。
昔のマイクは、自分を証明するためのものでした。
でも、天の父の愛を知った私は、もう自分を証明するために歌わなくてよくなりました。
神さまは、私の中に眠っていたGiftを呼び起こしてくださいました。
お父さん。
ラップがしたいです。
その叫びは、福音を届けるための新しい歌の始まりでした。
そして神さまの計画は、私だけでは終わりませんでした。
過去の私から、今の私へ繋がれたバトン
その火は、やがて息子にも流れていきます。
次にマイクを握るのは、小さなダビデでした。
Buddhaの弟子から、キリストの弟子へ。
痛みは証に。
光は闇に勝つ。
スーパーヒーローはYOU。
Blessings to you.
