#24_上下水道事業の金の問題
ここまで、八潮市の道路陥没事故を起点に、下水道インフラの構造、全国の重点調査、人手不足、そして水循環・分散型インフラの話まで書いてきた。事故・人手・技術・制度と視点を広げてきたが、業界で最も大きな課題の1つとされている「金」についてはほとんど触れてこなかった。水インフラの課題の根底には、「財源の制約」という避けて通れない問題がある。今回はこの部分に焦点をあてて書いてみたい。
1. 上下水道インフラの管理主体
これまでのブログでは、「取水 → 利用 → 処理 → 放流」という水循環のプロセスを軸に、水道・下水道の全体像を見てきた。今回は、これらのインフラを実際に誰が管理し、どのような枠組みで運営されているのか、そして問題となっている「金」についての話を整理したい。
まず、水道と下水道の定義を簡単に確認する。
水道:導管及びその他の工作物により、水を人の飲用に適する水として供給する施設の総体(全体像は以下の図のような感じ)

下水道:下水を排除するために設けられる排水管、排水渠きよその他の排水施設(かんがい排水施設を除く。)、これに接続して下水を処理するために設けられる処理施設(屎し尿浄化槽を除く。)又はこれらの施設を補完するために設けられるポンプ施設、貯留施設その他の施設の総体(全体像は以下の図のような感じ)

そして、これらの巨大インフラを“誰が運営しているのか”というと、答えはほぼ全国共通している。
■水道
原則として市町村が経営主体。
(水道法の枠組みでは市町村が担うことが基本)
■下水道
こちらも同様に市町村が主体。ただし、複数の市町村で共同負担する「流域下水道」は都道府県が主体となる。
さらに多くの水道・下水道事業は、地方公営企業法の適用を受けた「公営企業」として運営されている。この枠組みでは、原則として「独立採算」が求められる。つまり、日本の上下水道は、
地方公共団体(=市町村・都道府県)が、独立採算を基本に、巨大インフラを維持管理している
という構造になっている。これは、金の話に入っていくうえで重要な前提となる。
2. 上下水道事業の課題は「ヒト・モノ・カネ」へ収束する
上下水道事業の課題は、一般に「ヒト・モノ・カネ」で整理されることが多い。オペレーションを担う人員は減り、インフラは古くなり、そして、制度的に金が不足する——多くの自治体がこの3つの限界に直面している。

(1)ヒトが減る:生産年齢人口の縮小
まず「ヒト」の話。
これは言うまでもなく、人口減少の影響が上下水道事業にも直撃するという話だ。生産年齢人口はすでに減少局面に入り、以下の厚労省のグラフのように今後も確実に減っていく。現場を支える技術者・作業員は“エッセンシャルワーカー”と呼べる存在だが、この担い手がさらに減っていくのは避けられない。

https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/roudou/21/backdata/02-01-01.html?utm_source=chatgpt.com
(2)モノが古くなる:高度成長期の遺産としてのインフラ老朽化
次に「モノ」の話。
昭和の高度経済成長期に日本の水道・下水道は急速に普及した。それから40〜50年が経過し、施設・管路は次々と更新時期を迎えている。これまでにも、最低限の更新は行われてきたものの、いよいよ「本格的な更新期」に突入する。
水道も下水道も、国の資料を見ると今後の更新費・修繕費が大幅に増加することが確実とわかる。

https://www.mlit.go.jp/common/830005169.pdf

https://www.soumu.go.jp/main_content/000536241.pdf
(3)カネが足りない:独立採算という制度の限界
そして今回のテーマである「カネ」の話。
これは最も本質的だ。上下水道事業は地方公営企業法にもとづく「独立採算」が原則とされている。つまり、本来は水道料金・下水道使用料で事業費(維持管理・更新投資)を賄う前提だ。しかし現実には、以下の構造要因によって成り立たなくなっている。
■① 料金収入が構造的に減る
水道料金収入 = 給水人口 × 給水単価 × 1人当たり給水量だが、
・給水人口は減少
・1人当たり給水量も減少(節水・人口構造の変化)
よって料金収入は確実に減っていく。

https://www.mlit.go.jp/common/830005169.pdf
■② インフラ更新で費用は逆に増える
・老朽化施設の更新
・人件費・資材費・電気代の上昇
・調査・点検費の増加
減る収入 × 増える支出 の「サンドイッチ構造」になっている。
それでも事業が「潰れていない」理由は何か?これだけ厳しいのに上下水道事業が「潰れた」例は聞かない。理由はシンプルで、これまで国・都道府県・市町村が支えてきたからだ。
・国・都道府県からの補助金
・一般会計からの繰入
本来の独立採算は、実質的には成立していない。財源の穴は国・都道府県・市町村による公的な支援で埋められてきた。では、上下水道事業は どれだけ公的支援に依存しているのか。これを理解するには、まず事業の“収支構造”を押さえる必要がある。
3. 財源を見るための基本:収益的収支と資本的収支
上下水道事業は地方公営企業として運営されており、その決算は総務省が毎年刊行する「地方公営企業年鑑」にまとめられている。決算を見るときに鍵になるのが、「収益的収支」と「資本的収支」という2つの視点だ。
■収益的収支(毎年の"家計")
一事業年度における通常の経営活動に伴う“収入と支出”を表す。民間企業のPL(損益計算書)に相当するイメージで、
・料金収入
・減価償却費
・維持管理費
・人件費
・電気代・薬品代
・委託費
といった日々の運営に関わる金がここに計上される。
■資本的収支(インフラ更新・建設の"家計外")
一方、資本的収支は建設・更新・改良といった、大規模で複数年度にわたる支出を扱う。
・企業債の元金償還
・国庫補助金や企業債(借金)による財源
・浄水場・ポンプ場・処理場の改築
・管路の更新
・耐震化
など、"インフラに直接関係する大きな金"はこちらに入る。
■両者の関係性(全体像)
詳細な説明は割愛するが、両者の関係を図示すると次のようになる。

財布としては「収益的収支」と「資本的収支」に分かれているものの、実際には両者は連動しており、資本的収支に伴う費用の一部は発生主義に基づいて収益的収支(=当期費用)に反映される。
このため、発生主義ベースで"財源の依存度"を把握するには、収益的収支の「収益的収入」を見るのが最もわかりやすい。ここに公的支援(一般会計繰入や補助金)がどれだけ計上されているかで、事業の自立度が見えてくる。
4. 公的支援に対する依存度
■上水道事業:公的支援は総収益の「約11%」
まず水道事業の収益的収支を見ると、国・都道府県・市町村による公的支援は総収益の 約11% となっている。給水人口5,000人以上の上水道単独でみれば依存度は低いが、小規模な簡易水道事業の依存度が高いこと等があり、全体として1割を超えている。

■下水道事業:公的支援は総収益の「約42%」
では下水道事業はどうか。こちらは国・都道府県・市町村による公的支援が総収益の 約42% と、水道事業より約3割も高い依存度となっている。

※下水道事業には雨水(公的負担)と汚水(独立採算)が混在しており水道と制度構造が異なるが、ここでは全体を"独立採算前提"とした場合の依存度として整理する。
ここまで見てきた通り、
・上水道 → 約11%
・下水道 → 約42%
と、上下水道事業はすでに大きく公的資金に依存している。しかし、真に独立採算を貫こうとすれば、料金・使用料を上げざるをえない。だが、物価上昇・賃金据置の環境下で大幅な値上げは困難。
一方で、高市政権の積極財政があるとはいえ、「Wise Spending(賢い支出)」が求められる中で、国の財政出動にも当然限界がある。
だから——金が足りない。
この構造が、上下水道事業が抱える"金の問題"の本質として横たわっている。
おわりに
今回は、上下水道事業が抱える「金の問題」に焦点をあてて整理してみた。
あらためて構造を見てみると、特に下水道事業においては 公的支援の有無が事業の生命線 になっていることがわかる。
現在、多くの下水道事業体がウォーターPPPの導入可能性調査に着手している。その背景には、国庫補助の要件としてウォーターPPPの導入決定が求められるようになったことがあるが、さらに深いところでは 公的支援への強い依存構造 が横たわっている。
下水道事業は独立採算だけでは成立しづらい。料金・使用料の値上げによって自立を図るという議論もあるが、これはあくまで地方公営企業法に基づく制度上の考え方であり、現実には値上げには限界がある。
では国がどこまで支えられるのか。水道・下水道は国民生活を支えるライフラインであり、国が一定程度支えるのは当然だとしても、その前提となるのは「Wise Spending(賢い支出)」だ。
では、この“Wise Spending”とは具体的に何なのか。どこに、どのように、どれだけの公的資源を投じるべきなのか——。いま上下水道業界に突きつけられている本質的な問いは、まさにここにある。
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