#23_添架水管橋の耐震不足(後編) ― 制度・人・AIの三層構造で考える現場の限界
10月21日の会計検査院による報告は、単なる技術的ミスの指摘にとどまらない。「制度が動いても現場が動けない」という、構造的な課題を浮き彫りにしていると思う。後編では、その背景にある意思決定の構造、そこから見えてくる業界の課題、そして人・制度・AIの関係について考えてみたい。
1.なぜ橋本体の耐震性が無視されたのか
今回の検査で指摘されたのは、「橋の耐震性を確認していないまま水管を添架していた」という事実。しかし、水管橋の一般的な設計仕様書を改めて読むと、以下に示すように橋梁本体の耐震性確認は前提条件として明記されている(詳細な説明はここでは割愛する)。つまり、「ルールがなかった」のではなく、「ルールを適用できなかった」という話だ。

https://gwhp.city.joetsu.niigata.jp/nyusatu/wp-content/uploads/sites/3/2023/07/80ddd65a7e220e3944e797e9ccd9664c.pdf
実際の現場では、こうした懸念は設計段階で担当コンサルタントが認識し、発注側の上下水道事業体担当者に共有されているケースが多い(残念ながら、両者の知識や経験不足により認知されない場合もあるが)。
問題は、「橋本体の耐震性に課題がある」と報告した瞬間に、話が「橋の補強」や「道路管理者との協議」に発展してしまうこと。そうなると、当然事業の枠を超え、予算やスケジュールは跳ね上がる。
結果として、自治体・上下水道事業体内部、あるいは事業体とコンサルタントの間で、「予算と納期の範囲で可能な妥協案」が合意され、そのまま計画として形になる。
会計検査院の報告書には、検査対象となった事業体名が具体的に記載されている。これらの現場のいくつかでは、まさに上記のような「予算と制度の板挟みの中での妥協」が起きていたのではないかと推測される。

https://www.jbaudit.go.jp/report/new/kobetsu06/r071021_01.html
2.「仕様書通りにやれば安全」ではなくなった
本来、仕様書は安全を担保するための基準だ。だが、現場の人員が減り、時間が足りず、関係者が増えると、「仕様書を理解して運用すること」自体が困難になる。今回のような案件では、以下のような状況だったのではないか。
・事業体職員は仕様書の内容を理解できず、
・コンサルタントは最低限の納期優先で設計し、
・道路・河川管理者との協議も形骸化する。
結果、成果物は「仕様書に準拠しているように見える」ものになる。しかし中身は、安全を確かめた設計ではなく、説明責任を満たすための設計に変質している。精度は存在しても、運用の主体が弱体化すれば、安全は紙の上だけのものになる。
3.制度と人のあいだにある「沈黙の構造」
設計を担当した上下水道事業体の担当者、もしくは委託を受けたコンサルティング企業の担当者はさすがに気づいていた。だが、問題を提言すれば事業が止まる。上下水道事業体は予算やスケジュールを理由に進めたい。結果、「言わない方が現実的」という沈黙の合意が形成される。
これは上下水道事業だけでなく、日本の成熟産業に共通する現象なのではないかと思う。安全を守るための制度は増え続け、その中で労働人口は減っていき、組織はリスクを直視しないようになっていく。その結果、制度が現場を守るどころか、人の正しい判断を邪魔する壁になっていく。
4.技術力だけでは防げない
今回のような構造的課題は、もはや「担当者の倫理」や「教育」の問題ではない。制度、組織文化、そして人材の構成が複雑に絡み合っていると思う。現場でよく話をすることではあるが、今は、
・コンサルタントの品質が下がり、
・上下水道事業体の職員が仕様書を理解できず、
・第三者チェックも機能していない。
つまり、制度が精緻化していく中で、人はその対応に追いつくことができず、補完すべき仕組みも機能しないという状況に陥っている。これを現場の努力だけで立て直すのは難しい。
5.AIとの協業が不可欠になる
制度は過去の失敗を封じ込めるために作られる。八潮の陥没事故、和歌山の崩落事故の後に何が起きたのかを見れば明らかだ。事故が起きるたびに再発防止の検討が進み、新たな制度がつくられる。
制度の観点では、より安全な社会が築かれていく。しかし業界が成熟すればするほど、制度は積み重なり、複雑化していく。そして、人が減る中で、次第に人が制度に追いつけなくなり、制度を守ること自体がリスクになる。
こうした状況で必要なのは、「AIとの協業」だと思う。人がカバーしきれない部分をAIが補完し、AIが多くの人々の知識・経験をナレッジとして共有化することで、人を支える。そうすれば人に余裕が生まれ、制度の最適化や、制度を抜け漏れなく活かす現場が整っていく。
ここで意識しておきたいのは、AIは「覚悟を決める」ことはできないという点。最終判断は人が担う。AIはその判断を支える存在であり、人を置き換えるものではない。AIの活用は今後ますます必須になると思うが、同時に重要なのは、AIを使いこなす人材の育成と、その人たちを守っていく組織文化の醸成だと思う。
6.制度 × 人 × AI で、持続可能な更新を
AIを進化させるナレッジの共有、正しい判断ができる人の育成、そしてその人たちを守る組織文化。成熟産業として更新期を迎える上下水道事業は、この三層が噛み合わない限り、持続可能にはならないと思う。
AIを上手く組み合わせていかないと、制度の複雑化には追いつけない。分散型など新しい要素を組み込みながら、未来のインフラの青写真を描くことも難しい。
制度の成熟は、人とAIの協働によって初めて機能する。そして、その変革を加速させるのがWPPP(ウォーターPPP)という事業枠組みの進化だ。私は、今後の上下水道事業の更新は、まさにこの方向に向かっていくべきだと感じている。
おわりに
上下水道業界は、いまや成熟期にある。そのこと自体は社会的な成果だが、同時に制度が複雑化し、膨れ上がり、見た目上の安全性だけが高まっていく一方で、人が追いつかなくなっている。新しいインフラデザインや施策を取り入れ、制度を上手く活用しながら、人口減少社会において持続可能な上下水道を描くためには、AIの活用が不可欠だと思う。
正直、上下水道事業体のAI活用は民間企業と比べてまだ遅い。それを解決するのが、WPPP(ウォーターPPP)なのではないか。オペレーションをどんどん民間に開放し、知と技術を業界内に循環させていくべきだと思う。そうしなければ、制度に守られているように見えて、実際には「安全ではないインフラ」が静かに増え続けていくことになる。そしてそれは、「Wise Spending(賢い支出)」とは言えない。
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