#25_沖縄の断水事故は氷山の一角- 大動脈の更新を先送りすべきではない
11月24日に沖縄本島で大規模な断水が起きた。日本水道新聞の報道によると、破損したのは、米国規格のPCP管φ750mm。昭和42年布設。つまり、60年近く使われ続けた「旧世代の大動脈」。
このニュースを見て色々と調べていくにつれ思うことは、「なぜこんな管が大動脈で今も現役なのか」ということ。
今回、導水ルートは3本のうち1本が工事中、残り2本はほぼ並列で埋設されていた。2本の内一本でも壊れれば波及するリスクは、誰もが分かっていたはずだ。それでも工事は進み、そして事故は起きた。
もちろん、確信犯ではないはず。支えたのは「これまでも何とかなってきた」という楽観だと思う。根拠のない、すがるような正常性バイアス。だが今回の断水は、氷山の一角にすぎない。日本中の水道管は静かに老朽化し、更新率は伸びないまま、壊れやすい母集団だけが増え続けている。
1. 破損したのは“旧世代の大動脈”PCP管だった
今回沖縄県で破損した水道管は、ダムから浄水場へ水を送る大動脈。以前埼玉県の水循環を説明した際に利用した図を使って今回の漏水事故の発生地点を表すと以下のようになる。八潮市で発生した埼玉県流域下水道事業が保有する大口径管の腐食が原因とされる八潮市の道路陥没事故発生地点とは対極にある。

沖縄県民にとって極めて重要な水道管と位置付けられるものだが、日本水道新聞の報道によると、破損したのは、米国規格のPCP管φ750mm。昭和42年に布設され、既に60年近く利用し続けられたものだった。
PCP管は、コンクリートの中に鋼線を巻き、その鋼線でプレストレス(圧縮力)を与えて水圧に耐える構造になっている。以下のようなイメージ。

https://www.water.go.jp/kanto/sougicenter/guide/documents/110426_PCpipe.pdf?utm_source=chatgpt.com
当時としては最先端の技術だったが、最大の弱点は鋼線の腐食。以下は平成初期に独立行政法人水資源機工が公表した資料だが、既にこの時点でPCP管の腐食のメカニズムは解明され、警鐘がならされている。現在令和7年なので、30年近く前から警鐘がなさられていたという話だ。何故それを使い続けているのか?というところに、今回被害を受けた住民はもっと切り込んでいった方がいい。

2. 3ルート中1ルート工事中、残り2ルートは並列埋設──冗長性が最初から"成立していなかった"
今回の断水が深刻化した最大の要因は、導水ルートの冗長性が実質的に機能していなかった点にある。
沖縄本島の導水管は本来3ルートあるが、事故発生時はそのうち1ルート(第一導水管)が工事のため停止していた。残りの2ルートで全量を支えていたわけだが、その2本は「並列埋設」状態だった。つまり、同じ地盤環境に強く影響を受ける位置関係にあった。沖縄県企業局が公表した資料では、3ルートは以下のように示されている。赤(工事中)、青・黒(稼働中)がほぼ同じラインに沿って埋設されていることがわかる。

https://www.eb.pref.okinawa.jp/userfiles/files/page/top/message_20251128.pdf
実際に起きたことは、次の通りだ。
日本水道新聞の報道によれば、
① 導水管(φ750mm)が漏水
② 地盤沈下が発生し道路が陥没
③ すぐ隣(約1m)を走る導水管(φ1350mm)も露出
④ 土圧を失った状態で通水を続ければ破損リスクが高いため、導水停止
という流れだった。
実際の現場は以下写真に表されている。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD241650U5A121C2000000/
つまり、問題の本質は次の三点に集約される。
①60年経過したPCP管を大動脈として使い続けていた
②その老朽管のすぐ隣に、もう一本の主要導水管が並列で埋設されていた
③冗長性を確保すべきタイミングで3ルート目を工事で止めていた
60年選手のPCP管、隣り合わせの導水管、そしてその2本に全面依存する運用。この条件が揃えば、今回のような事態は起きるべくして起きた──そう言わざるを得ない。
3. 何故老朽管は使い続けられてしまったのか?
今回の事故を考えるうえでまず押さえておきたいのは、沖縄県企業局の意思決定がどのような組織構造のもとで行われているか という点だ。
企業局の組織図は公開されており、職員数は総勢239名(令和7年4月1日時点)。水源から導水・浄水・配水・料金・経営までを一気通貫で担う“大企業”と言っていい規模である。

https://www.eb.pref.okinawa.jp/sp/opeb/43/46
(1)意思決定の中心には「企業長」と二つの統括監がいる
沖縄県企業局の最終責任者は 企業長(管理者) だ。ここですべての経営判断が下される。その直下には、局全体を横串で統括する二つのキーポジションが置かれている。
・企業企画統括監(総務・経営・会計の統括)
・企業技術統括監(建設・配水・施設管理の統括)
今回特に重要なのは後者の企業技術統括監である。技術系事務を一元的に統括し、実質的に「企業局の技術責任者」と位置づけられるポジションだ。
さらに、水道法19条に基づく水道技術管理者(水道の技術管理トップ)もこの技術系ラインに属している。実務感覚からすれば、技術統括監が技術管理者を兼ねている、あるいは極めて近い位置でリスク評価に関与している可能性が高い。
この構造を踏まえると、次の問いが立ち上がる。
「老朽導水管の重大リスクは、いったいどこで共有され、どこで止まったのか?」
(2)情報は現場に集中し、決定権は上位にある ― その“ねじれ”が先送りを生む
老朽化や腐食の兆候、微細な漏水、地盤変状の肌感覚…。こうした“危険信号”を一番よく知っているのは 現場(管理事務所・配水管理課) だ。しかし、
・更新判断
・予算化
・年度の投資方針
・工事計画の優先順位
これらの権限はすべて 企業長と技術統括監などの上位層に集中 している。つまり、
・リスク情報の場所(現場)
・意思決定の場所(トップ)
が組織的に分断されている。この構造自体は日本全国の自治体で共通だが、問題はその間に生じる“ねじれ”である。
・現場
「上げても予算は通らない」「今まで何とかなってきた」
→ 危険を“強い言葉”で上げなくなる
・技術管理者・統括監
「重大な報告は来ていない」
→ リスクを過小評価する
トップ
「支障は生じていない」
→ 更新計画は後ろ倒し(=先送りが“最も安全”に感じられる)
結果として、もっとも危険な大動脈ほど、誰も本格的に向き合わないまま年月が過ぎる。これこそが今回の事故の背景にある「構造としての先送りメカニズム」だと思う。
(3)技術統括監/技術管理者は本来「止められる立場」だった
水道技術管理者には、水道法19条に基づき強い権限と責任が与えられている。
・施設基準への適合確認
・異常の早期把握と必要な措置
・給水に重大支障がある場合の停止判断
・上位への報告義務
つまり、老朽PCP管という“明らかな重大リスク”は、本来このラインが注意喚起し、必要な措置を主導すべき事案だったと言える。にもかかわらず、
・導水の大動脈(φ750mm)が60年放置
・3ルート中1ルート停止
・残り2ルートは並列埋設で相互影響リスク大
という状態が平然と成立していたということは、「危険情報が十分に上層に届かなかった、あるいは届いても組織的に意思決定が行われなかった」ということ以外に説明がつかない。
これは「責任が不明確だった」のではなく、むしろ 責任は規程上明確に定義されていたにも関わらず機能しなかったということだ。
(4) ではなぜ誰も本気で“止めなかった”のか?
何故これが起きてしまったのか。自治体水道部門では、次のような文化的要因が強く働いているように見える。
・過去に大事故がなかった
→ 「今回も大丈夫だろう」という正常性バイアス
・予算要求に“負け癖”がつく
→ 現場が危険を強く言いづらくなる
・技術系の人材不足・経験不足
→ リスクの大きさを評価・説明する能力が弱体化
・上位役職者が現場に深く踏み込まない
→ 実態と意思決定の乖離が固定化
そして一番問題なのは、“更新しないこと”が最もコストがかからず最も波風が立たない意思決定になってしまう構造である。この環境が長年積み重なれば、老朽化した大動脈が誰にも止められないまま延命されていくのは、むしろ自然な帰結と言える。
最終的に、この状況を根本から変えられるのはトップの強いリーダーシップだが、自治体組織の構造上、こうした改革的リーダーシップが発揮されにくい環境があることも、今回の背景として無視できない。
まとめ
今回の漏水事故は、古い管が壊れたという“設備の問題”ではない。先送りを許す構造と、それを断ち切れないリーダーシップの欠如が生んだ“意思決定の事故”だ。沖縄で起きたのは偶然ではなく、全国どこでも起こり得る必然である。この構造的問題を直視しない限り、同じ事故は必ず繰り返される。
いま必要なのは、管の更新より先に、意思決定の更新だと思う。
