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⭐︎【無料部分どうぞ】残念ながら残虐なことを書きます 957

※ヘッダー画像は由美(仮名、長女)1才8ヶ月とミル(ウエストハイランドホワイトテリア)3ヶ月、仲良し姉妹


「罪悪感」って、私の中では要らないものの筆頭みたいなところがある。
この言葉を自分に使うときには「無駄な」「不必要な」「望まれてもいない」という言葉を、ついつい付け足してしまう。


「間違えてごめん」「期待外れでごめん」「望み通りでなくてごめん」「頑張ってるつもりだけど、ごめん」「力及ばずでごめん」……
幼い頃からこんな風に育っていると、どうしても罪悪感が纏わりついて離れない。
たとえ自分の所為ではなかったとしても「それはきっと私が悪いから」って。


自己肯定感が妙に高過ぎる人がいる。
私にはない要素なので羨ましいなぁと思う反面、絶対に真似したくはないよなぁとも思う。
「高い人」なら良い。
「高過ぎる」のが困る。


自己肯定感が高過ぎる人って、自己正当化に長けているように思う。
個人の感想です。
自己正当化だって悪い側面ばかりではない。
私みたいに全方位に自信がないものからすれば、眩しいくらいの才能。
ただ真似はしたくないっていうだけ。


自己正当化に長けている人って、他責感情を持ちやすいのだと思う。
個人の感想です。
気に入らなければ、困ったことが起きれば、誰か他の人の所為にしちゃう。
なんて楽だしお得なんだろう。
自分には何の落ち度もない。
たとえあったとしても、もう他人の所為にしちゃったんだもんね。
知ったこっちゃない、みたいな……


他責感情を持ちやすい人って、被害者意識が強いのだと思う。
個人の感想です。
たとえ発端が自分の蒔いた種であったとしても、時代の所為、社会の所為、タイミングの所為、システムの所為、何かの所為、誰かの所為、天気の所為、気温の所為、気圧の所為、季節の所為。
果ては、誰かが自分を陥れようとしているとか何とか、いやはや……


万が一、本当に陥れようとしている誰かが存在するのだとすれば、「何故陥れようとするのか?」「何故標的が自分なのか?」を省みればいいのに。
清廉潔白、陥れたところで何の得にもならない相手を、わざわざ陥れようなんてしないでしょ?知らんけど。


自分には要らない罪悪感なんだけれど、「少しくらい罪悪感を持てばいいのに」と思う人が「ひとりだけ」いる。
「いる」と書いているけれど、本当はいるかどうかは知らない。
生死も知らなければ、所在も知らない。


私がいくら「罪悪感を持っとけ‼︎」と強く強く念じたところで、その人は自己肯定感が高くて、自己正当化に長けていて、他責感情を持っていて、被害者意識が強い。
実は何年間か一緒に暮らしたことがあるのだけれど、「いつもオマエが俺を怒らせる」「オマエは俺の嫌なことばかり言う(する)」と言われていたし、後半の何年間かは無視されていたし、今も無視され続けている。


俺の言いたいことは言うから、黙って聞け‼︎
オマエの言いたいことは、聞かなくても分かってるから黙ってろ‼︎
俺の聞きたくないことは言うな‼︎
まあ、何と素晴らしい理屈なんでしょうね。
あら、もうお判りになりましたか?
元夫Hのことです。


私は罪悪感の塊みたいなもの。
Hにそう言わせてしまう私が悪いのではないか?
私さえ我慢すれば何とかなるのではないか?
無駄な時間と間違った努力は、夫婦間の溝を埋めないばかりでなく、母子間の溝まで広げてしまった。


ここまでの話はいろいろな処に書いてきた。
ああ、知ってる知ってる、読んだことあるよって思ったでしょう?
小説の原案にもしたしね。
つい最近、「麻子、逃げるなら今だ」を読み通してくださった方がいらっしゃる。
そして今「モラハラ夫編」を順番にお読みくださっている方がいらっしゃる。
本当に嬉しくありがたい。


Hの伴侶が、私なんかよりももっとずっと相性が良い人であれば、私が感じた自己肯定感や自己正当化や他責感情や被害者意識が、嫌な感じで表に出ることはなかったのかしら?
そんな風に考えるから、H=悪、私=善とは、今も思っていない。


何事も「相対的」な面ってあるでしょう?
Hにはお気の毒だったけれど、私だって気の毒でしょう?
よく頑張ったよね、よく我慢したよね、誰からも褒められないけれど、偉かったよね。


余談だけれど、私は義両親へも実両親へもHへの不満を言ったことはないし、Hのことで援助を求めたこともない。
実両親(と言っても父は既に亡くなっているし母は認知症)は、離縁したことも知らない。
母なんかは未だに時々「Hさんはお元気にしてはる?」と訊いてくる。
「してるんじゃないかなぁ?知らんけど」と答えるだけ。


そんなHについて、自虐的な私ですらどうしても書けなかったことがある。
no+eに書いていないだけではなく、ただのひとりにも話していない。
何でも書いちゃうから、読者の皆様からは口が軽そうに思われてるかもしれない。
私、実はめっちゃ口が固いんです。
「言わないで」と言われたら絶対に言わない。
仕事でもプライベートでも、家の中でも外でも。


Hからは口止めされていない。
それどころか本人の中では「なかったこと」になっているのではないか?と思っている。
私は時々思い出しては胸が苦しくて悲しくなるのに、当事者が思い出さないってどういうこと?
きっと罪悪感も持っていないと思う。
「ない」ことに罪悪感を持つわけないもんね。


タイトルに「残虐」と書いたけれど、Hは誰からも「優しい」と評価されていた(今は知らない)。
義両親も義姉も「息子は弟は優しい」と信じていた。
友人、仕事関係を含めHを知っている人からすれば、「残虐」なんていう言葉はHと対極。
Hの本性は3人の子ども達と私しか知らない。
但し、これから書くことについては子ども達も知らない。
進(仮名、一人暮らし次男)に至っては、生まれる前の話。


これね、手を下したのが私なら、間違いなく一生病むケース。
幻視•幻聴に苦しみ続けるかもしれない。
うっかりと「手を下す」なんて書いてしまった。
つまりはそういうこと。
ちょっとした犯罪級の残忍さ。


Hと離縁に至ったことも、その後も全く未練がないのは、実は根底にこれがあったから。
私には、こんなことを平気でやり遂げて、素知らぬ顔で生きて行けるなんてあり得ない。


今でもHが子ども達の父親だということは変えようがない。
だからこそ、悪様に言いたくない。
勿論、ここには書いても子ども達には絶対に言わない。
余りに残忍でHのことをもっと毛嫌いしそうだし、Hの血を引く自分自身を嫌いになってしまいそうだから。
もし自力でこのアカウントに辿り着いたら、知らんけど。


お読みくださる方には、私の重い気持ちを少しだけ分け持っていただく。
残忍なことに巻き込んで申し訳ない気持ちと、こうでもしないと死ぬまでひとりで抱えることになるという危機感。
世の中にはもっと残忍なことが溢れているのに、生温いこと書いちゃってと思われる方もいらっしゃるでしょう。
こればっかりは個人のキャパの問題なので、大目に見ていただけると助かる。


話はかなり遡る。
時効だと言われても仕方がないくらい。
でも私の気持ちに時効は成立しない。
当のHなら「オマエは直ぐにそうやって古い話を持ち出す‼︎」と一蹴するだろうけれど。


今では「母とは接点ゼロ希望」「幼稚園の頃からずっと死にたいと思い続けてきた」なんて平気で宣う由美。
ライブも映画も、友だちと行くよりも母を誘ってくれる由美には、嬉しい反面「年頃の娘としていかがなものか?」と思うくらい仲良し母娘の時期があった。


今年16回目の参加を果たした「1万人の第九」には、客席まで鑑賞に来てくれたこともあったし、「観に行けないけど頑張って」と手紙をもらったこともある。
「ママ助はどうせ自分で買わないでしょうから」と、誕生日に届くよう私が参加した回のCDを注文してくれたこともあった。
どこが「幼稚園からずっと」やねん……

ほ〜ら、これが証拠のCDだぁ



当時私のことを、由美はママ助、修(仮名、長男)はかあちゃん、進はママンと呼んでいた。
今では誰からも何とも呼ばれない寂しい身だけれど。


ミルの話をする。
もうひとり(1匹?)の主役だから。
犬を飼いたいとは常々思っていた。
小さな子どもと一緒に、きょうだいみたいに育てれば楽しいだろうなぁって。
ただ、タイミングが唐突すぎた。


修を妊娠中、しかも出産予定日間近にブリーダーからHに連絡が入った。
1才7ヶ月の由美、産まれてくる赤ん坊、躾もできていない仔犬。
可愛らしいという気持ちだけでは到底無理。
どうせ世話をするのは私ひとりなのでしょう?
残念だけど断ってくれるようHに頼んだ。


それでもHは決行した。
だってHにとっては、Hが思うことは全て正しくて私はHの邪魔をする存在なんだもの。
子煩悩だと思われるのが快感で、愛妻家だと思われるのが快感。
次は愛犬家だと思われたいのでしょう。


「俺が世話するから」「俺が毎朝散歩に連れて行くから」俺が俺が俺が……
果たして小っちゃくて真っ白けでふわふわで可愛らしい仔犬が、所沢のブリーダーから空港に舞い降りた。
そしてその2日後に私は修を産んだ。

我が家に来て間もない頃のミル
生後2ヶ月半くらいか
ふざけてパジャマの中に入れるH
いつの頃からか「汚い」と触らなくなったし
カーペットや布団の上に載ると
不潔だと言って追い払うようになった



産後1週間の入院がデフォルトの時代。
修はお乳を(哺乳瓶ですら)吸えなくて、栄養失調でミイラみたいにシワシワでガリガリ。
退院後は別の大きな病院に1週間検査入院。
勿論、付き添いは私。
つまり、修と私は2週間自宅を留守にしていたってこと。


満腹にならずに夜通し泣き続ける修に付き添い、退院後はフラフラのまま帰宅。
待っていたのは、あちらこちらに広がる排泄の跡、ひっくり返されたゴミ箱、噛みちぎったスリッパや名簿などの紙類。


ミルが悪いんじゃない。
飼ってはいけない家庭が飼ってしまっただけ。
親から離されて不安な仔犬には、四六時中側にいて安心させてあげなきゃいけない。
覚えるまでは、つきっきりで排泄を教えなきゃいけない。
修の検査入院中、Hは由美を隣家の義両親宅に預け、ミルを自宅で放したまま仕事に行っていた。
世話をすると豪語したけれど、実際に実行したのは水とフードだけだった。

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