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夜と枯れる華 2話

 私の村の家々には夜戸と呼ばれる木で出来た窓がある。窓は村に生えている植物から取った染料が塗られている。その植物は擂り潰すと真っ黒な液を出し、これを黒黄金虫を擂り潰したものと混ぜることで、粘性をもって染料になる。乾くまで草木の腐ったような匂いがするが、木の板に塗ってしばらくすると匂いがしなくなり、夜戸の近くに居ても不快な思いはしないで済む。ちなみに黒黄金虫の体液には毒があって、素肌に触れるとしばらくの間、触れた部分が痺れてしまう。

 村の掟で夜の空気を吸いすぎてはならない。夜の空気で身体が満たされると「ヤライ」という化け物になってしまうのだ。
 今日は夜戸の隙間から見える外の世界が普段より明るい、満月の日。

 前回の満月の夜、私は真夜中に森の奥から歌声がするのを聴いて、初めて夜の世界への冒険に出た。歌声の正体は夜の空気を吸い込んだ人間のなれの果て、人を残酷な方法で殺す化け物、ヤライであった。

 夜戸は夕方のうちに締めてしまうのが習慣になっているが、今日だけは私の部屋の夜戸だけは締めずにおいてある。音の鳴らないように慎重に木の窓枠に足をかけて、家の外壁伝いに足を下ろす。両手をそっと離して、私は夜の世界へと飛び込む。もう一度あのヤライに会いに行くために。

村の南側の森を抜けたところに一本だけ木の生えた草原がある。前回遭遇したときと同様に、私を待っていたマツリは木の根元に両膝を抱えて座り込んでいた。長く白い髪に、すらっと伸びた四肢が月の光に反射して輝いていた。整った顔立ちのヤライは大人びて見えるが、私の姿を見つけると、少女のような笑みを浮かべながら、私の元へと歩み寄ってくる。
「やあ、シクン。こんばんは。本当に来てくれたんだね」
マツリは心底嬉しいのだという様子を隠すことなく言う。

「この前満月の夜にもう一度来いと言われただけで場所とか時間とか何にも決めていなかったから、あなたがここで待っているか不安だったけれど、もしも私が今日ここ来ないで家に居る私や祖父母があなたに襲われても嫌だから。」

 いくら物語に出てくるようなお姫様のように綺麗な女性に見えても、相手はあのヤライである。私は警戒心を隠すことはせずに答える。
 するとマツリは私の顔にぐっと顔を近づけてくる。彼女の方が私よりも頭一つ分くらい身長が高く、少し前屈みになって私を見つめる。動悸が激しくなるのがわかる。だけどこれがヤライに襲われるかもしれない恐怖なのか、ただただ作り物のように美しい顔に見つめられているからなのかはわからない。
「まだそんなこと言ってるの?言ったでしょう?私たちは人間を傷つけたりはしないわ。安心して」
 彼女は笑みを崩さぬままそう囁く。今まで一番近い距離で聴く彼女の声は一層甘美な芳香を伴っていて、私は自分が耳の先まで真っ赤になってしまっているのがわかる。私はなぜこんなにも動揺しているのか。彼女の瞳を見ていると、心の奥底まで引っ張られて喰われてような感覚がして、彼女の言葉に返事が出来ないでいると、マツリは体勢をもとに戻して、私と同じように草原の先を見ながら横に移動してきた。
「ということでそろそろ行こうか」
「行くって一体どこに」
「前に言ったでしょ。君にヤライのことを教えてあげるって。そのためには私の知り合いのヤライに会ってもらうのが一番いいのかなって」
「他のヤライ・・・?」
 途端に先ほどの浮かれていたと言ってもいいような気分から一転、もう一度恐怖が蘇ってくる。初めてマツリに遭遇したときのように足が少し震え始めた。確かにマツリは前回も今回も私のことを襲っては来ていない。それでも他のヤライが同様に私のことを殺さないでおくとは限らない。やはり、ヤライの言葉に乗るのは危険だったのかもしれない。
 正直マツリにもう一度会えるのかもしれないと思って毎晩次の満月を待っていたときは期待で胸がいっぱいだった。彼女の淡く透き通るような歌を、美しい姿をもう一度見られる、それに次も殺されずに帰してくれるかもしれない。そう思うと早く明るい夜が来ないかとそう思っていた。ただし他のヤライに会うとなると話は別だ。これ以上危険を冒すことは出来ない。あまりマツリの気を悪くしないように断って帰ろう、そう思いマツリの方に目を向けた瞬間、手に冷たく柔らかい感触が滑り込んでくる。
「それじゃあ、行くよ。」
 甘く優しい響きと絹のように滑らかな指の感触で先ほどまでの悩みが嘘のように溶けていく。身体の震えも無くなった。もしかして私は非常に流されやすく、それでいて浅ましい人間なのではないかと若干の自己嫌悪を感じながら、彼女の手に引かれるまま、私は歩き始めた。

 一人で歩く夜の森も澄んだ空気で満ちていて、心地よかったが、マツリと歩く森は暗い光に満ちていて、木の間にかかった蜘蛛の巣でさえ、鋭い輝きを持っていて私の心掴んで離さなかった。

 マツリは歩きながら、私のことをあれやこれやと質問してはさぞ楽しそうに相槌を打った。彼女自身のことはほとんど何も話してもらえなかったが、二人示し合わせたように、声を潜めて言葉を交わすことで私は満たされていた。村での仕事のこと、居なくなった両親のこと、今は祖父母と住んでいて、乗り気になれない縁談が家同士で進んでいること、家を夜に抜け出すことがどれほど大変なことかなど、本当に他愛のない話をしながら、村の周りの森をぐるっと回るようにして北の森まで歩いた。
 北の森は南の森と違って、地面からゴツゴツとした石や岩が飛び出ていて、歩きづらかった。
 マツリは大分森の歩き方に馴れているようで、私が一人で進みづらいところは手を引いて歩けるところまで導いてくれた。
 北の森をさらに進むと地面は土から一面石に変わっていき、歩きやすくなってきた。森を抜けると、大きな岩の壁で囲まれた渓流に出た。
「ほら、あそこ。滝の近く、屈んで手をせわしなく動かしているおじいちゃんがいるでしょ。あれが今日話を聞きに行くヤライ」
 マツリの指す方向には確かに老人が一人、手元になにか月の光に反射して輝くもの持ち、くるくると手を細かく回していた。

 「やあ、タンゲさん。来たよ」
タンゲと呼ばれた老人は私達を見ることなく、小さなため息をつく。
「それがお前の言ってた人間か。お前の"それ"もいよいよ末期だな。ヤライとして生きていても過ぎちゃいけない線はあるもんだ。見誤るなよ。」
 低くしゃがれていて、とても落ち着いた声だった。
 それにしても末期って一体何が?
「タンゲさんの目よりはまだまだだいぶマシだと思うよ。」
 マツリは何かタンゲさんに怒られていたように思うけど相も変わらず楽しそうに答える。
 私はなんだか話について行くことが出来ないように感じたので、タンゲさんの手元に目をやる。
 彼が手元で弄っていたのは針金だった。村では家畜小屋の柵に使っているくらいであまり馴染みのないものであったが、かろうじて何かはわかった。タンゲさんは針金を、もう一本の針金に巻き付けたり、交差になるように重ねて、まるで柔らかな糸を結ぶかのように素早く結ぶ。
 月光を避けてこの渓流にも差してくる。最初は暗くて見えなかったタンゲさんの姿が見えてくる。
 中肉中背で猫のように背を丸めてあぐらをかき、手元の針金を弄る姿は何かの職人のようにも見える。見かけの歳の割に髪は豊かで8割程が白くなっていた。程々に皺の入った顔は所々汗ばんでいて作業の真剣さが伝わってくる。
 目元は…はほぼ開いていないというか、閉じている。繊細な作業にも見えるけど目でよく見なくてもできることなのだろうか。私は再度手元に目をやる。いくつかのパーツになった針金組み合わさったものを次々と組み合わせていく。1本の針金にまきつけられたいくつか針金は、途中で交差を終えて拡がっていく。
 タンゲさんは珍しい枝を1本手折って持ち帰ったように、針金の複雑に絡み合ったそれを丁寧に触り形を整える。針金は1本たりとも曲げらずに使われるものはなく、微妙なうねりを与えられながら組み合わされていく。その様はまるで獲物を狙う蛇のように…

「ワイヤーアートっていうらしいよ。何本も針金を組み合わせて動物とか建物とか、とにかくなんでも再現しちゃうの。王都では時々土産物とかで並んでたなあ」
 耳元からするマツリの声に私は思わず仰け反ってしまう。彼女がこれほど近づいてきていたことも気づかなかった。それほどに私はタンゲさんの作業に集中してしまっていたらしい。
 当のタンゲさん本人は私たちの様子を気する素振りもみせずに作業に取り組み続けていた。
 それから私たちは黙って制作の様子を見つめた。一本一本の針金を結びつけていた時とは逆に、8個に別れた針金のグループは最低限の繋ぎ目で結ばれていく。2つが1つになる度にタンゲさんはそれぞれの針金に細かな手を加えていく。そういった些細な調整が最終的にどこに繋がっているのか皆目見当もつかなかった。
 そうやって作業を見守っていると突然タンゲさんが口を開く。
「シクンと言ったか、お前はヤライになりたいのか?」 

「まさか。ヤライは今でも怖いですし、私は村に祖父母がいるので突然いなくなったら困ると思います」

「そうか、お前はそのままでいるのがいい。間違えてもヤライになろうなんて思ってはいけない。」
今日聞いた中で最も優しい声色だった。
「マツリ、お前もだ。一体シクンに何をさせようとしているのかは分からんが、この子をヤライに堕とすような真似だけはするなよ。大体お前のやり方は間違っている。昼に人間に迷惑をかけないようなやり方をだな・・・」

「タンゲ爺さんも間違えだらけじゃん」
 マツリの声はタンゲさんのとは真逆で今まででもっとも冷たくて悲しいものだった。
 タンゲさんは作業を続けながらため息をついて、うなだれるように顔を落とした後、静かに語り始めた。
「ヤライというのは本当に愚かで浅ましい生き方なんだよ。俺だって好き好んで夜の世界で生きているわけではない。ヤライになってもう40年は経ったかもしれん。それでも俺は時々夢に見るんだ。人間だったとき太陽の光を浴びながら毎日に絶望しながらも世界に希望を見いだそうと幼くも足掻いていたあの時のことがね」
 彼は話しながらも手元の針金を結ぶことをやめなかった。だけど、彼の表情は本当に遠く、閉じた瞳を向けているようだった。
「村での仕事を終えた夕過ぎのこと、あの村に行商をしている連中が帰ってきた。馬車にたくさんの品物と金貨、それに見たことのない人々を乗せて。あの村では珍しいことでは無かったんだよ、外の人間を村に連れてくること自体。今はさてどうなのかはわからぬが。行商人は始めに東へと向かって進む。王都に行って、売れるだけの品物を売りさばいて品物を仕入れるためだ。それから王都から見て北西の方へと馬車を向かわせる。
西方の領主様に金貨の一部を納め、また売れ残った品々をもらって頂くためだ。当時の領主様は大変心優しい方で、王都での商売の売れ残りなんてものをお渡ししても、お怒りになられるどころか、大変嬉しそうにその品々を受け取ってくださったという。
 そもそも村に売れ残りが帰ってきたところで使い道はないのだから、これほど良い話はない。その日やってきた外の人間は王都と領主様の治める町とちょうど中間にの辺りで拾った旅芸人だそうで、それから次の行商人が旅立つまでの間、夕方日の落ちる直前まで村長の家の前で様々な芸を見せてくれた。
 そのなかには、針金を使っていろんな動物を作りあげる芸もあった。俺は本当に感動したんだ。無機質な金属の線から、今にも動き出しそうなほど雄大で生き生きとした動物の姿が現われたんだからな。針金の鳩は今にも飛んでいきそうで、針金の熊は両の手くらいの大きさでしかないのに、思わず後ずさってしまうほどの迫力があったんだ。
 俺はすっかり、ワイヤーアートの虜となってしまった。行商人とともに彼が村を離れた後も、興奮が忘れられなかった。気づけば、俺は朝日が出るか出ないかの時間に、大工小屋や農場に忍び込んでは針金を盗んできて、夜な夜な皆が寝静まった時間にこっそりと作品を作り始めていた。毎日毎日夜が楽しみでしかたがなかった。
 彼はまるで力を加えていないかのように針金を自由自在に曲げて、折って結んでいたが、俺には最初ちょうどきれいな角になるように針金を折るだけでも難しかった。毎日毎日コツコツと針金で遊び続けて3ヶ月、俺はついに一つの作品を作り上げた。西の小屋で羊と一緒に飼っていた子犬を作ったんだ。できあがる頃にはもうそいつは子犬ではなくなっていたけれどな。一度作品ができあがれば、あの旅芸人の作品には到底及ばないような駄作であってもかわいくて仕方が無くなる。これは大層すごいものを作り上げてしまったぞと自慢したくなるし、誰かにその作品を認めて欲しくもなった。
 ただ若い頃の俺も盗んだ針金で作った作品を村の誰かに見せつけるなんてことはしなかったよ。そんなことを考えるよりももっと愚かだったのさ。その月の行商人が村を出るときにこっそり荷台に俺の作品を忍び込ませた。これがもし何かの手違いで王都で売れるようなことがあればと夢に見て送り出したんだ。
 俺が愚かだったのはその作品が売れたかどうかなんて確かめようようもなかったってことさ。どうせ王都で売れずとも俺の作品は領主様が嬉しそうにもらってくれるのだからな。それなのにも関わらず私は作品が出来る度に荷台にそれを忍び込ませた。それこそが私の描いた希望だったのだろう」

 タンゲさんの手元で作品が組み上がっていく。四本の足がある。何かの動物だろうか。話しながらも彼の作業はより細かく丁寧になっているようだった。

「10個目の作品を忍び込ませた馬車が村に帰ってきたとき、ようやく俺は自分の作品の行方について確かめようと思えてきた。簡単なことだ。領主様の屋敷に行って、最近針金で出来た動物の作品が届いていないか聞いてみるだけでいい。領主様の屋敷にもらわれていないのなら、誰かが王都で私の作品に価値を見いだしたことになる。
 昼間の仕事を抜けだして、俺は領主様の屋敷に向かった。連絡用の馬を使っていけば日が落ちる前には村に帰ってくることが出来る。屋敷に向かうまでの俺はどんな気持ちだったのだろうな。領主様の家に届いてなければきっとそれほど嬉しいことはなかっただろうな。屋敷にあればきっとがっかりするだろうと思いながら馬を走らせていたのだろうか。
 結果だけを言うなら、屋敷に俺の作品はあったんだ。やはり突然得体の知れない針金の塊があったとして、それを行商人が王都で売ってくれるわけがなかったのだ。それでも俺はそのとき、きっと王都で売れたのかもしれないと思うよりも幸せな光景をみたんだ。町の中心となる大きな街道の終着点にある領主様の屋敷は、2階建てのおおきなお屋敷で柱や窓枠が青空みたいに綺麗な水色で塗られていることが特徴だった。外から見て屋敷の正門の右側1階の窓、それも水色の染料で塗られた窓枠の内側に俺の作品はあった。
 正確にはレースのカーテンの奥で俺の作品はいくつかの電球に結びつけられて飾られていた。
 ひと目でわかったよ。俺の作品たちはここで大事にされているって。それからしばらくの間、うっとりとその窓を見つめていた。
 日が傾いて来たのに気がついた時にはとても残念な気持ちになったよ。日が落ちればおそらく部屋の主は針金に括りつけた電球を光らせるだろう。それは今まで考えたことのない作品の使い方で、どんなに綺麗に見えるだろうか。
 だけどもうそろそろ日が落ちてしまう。急いで馬に跨り村へと帰った」

 そうか、これは馬か。頭部はまだ結びついていないが、それでもこれは馬だという確信があった。4本の脚が風に吹かれる柳のように荒々しく靭る。胴体はゴツゴツとしていて、懸命に走る筋肉が浮き出ている。内部にまで針金が張り巡らされて、細い金属で出来た体は中身までびっしりと筋肉が詰まっている印象を受ける。だけど、馬の頭側の胴体の中に不自然な空白がある。ぽっかりと空いたように針金は避けて通る場所がある。これから頭部をつけるために必要な余白なのだろうか。

「それからというもの、俺は昼間の仕事をしていても、夜部屋で針金を触っていても、屋敷のことが頭から離れなくなった。灯りで彩られた俺の作品はどんな風に見えるのだろうか。そもそも誰があんなふうに飾り立ててくれたのか。お前らも知ってると思うが、電球なんてものはなかなかに高級品だ。それを2こも3こも贅沢に、誰が作ったかもわからんものに飾り立ててくださるんだ。俺の作品を相当気に入ってくださったのだろう。
 話をしたいと別に思っているわけじゃなかったんだ。ただ俺の作品を大事にしてくださるところが見られたらそれで良かった。夜に電球に光を入れて、それを見て楽しんでくださっているところが見られれば」

タンゲさんの顔が綻んでいく。きっとそれは美しい思い出なのだろう。

「それで夜に村を抜け出して、お屋敷まで行ったわけだ」
マツリが先を急かすように言う。
「ああ、そうとも。本当に綺麗な眺めだったよ。陽の光よりもよっぽど暖かな光がそこにはあったよ。いかに雄大に作品を作り上げようとも、無機質な強さしか表現出来なかった。はじめて本当の命を作品に与えてくれたのかと思うと、身震いがしたよ。いつまでも眺めていたい景色だったよ。というよりもいつまでも眺めていたんだ。
 だから、彼女と目が合ってしまったんだ。領主様には娘がいて、名をライラというんだ。きっと彼女は夜にワイヤーアートに灯りをつけてしばらく眺めることが習慣になっていたんだろうな。灯りを消して寝ようとしていたところ俺の姿を見つけてしまったんだ。怪しい人物に見えてもおかしくないだろうに、彼女は俺に手招きしたんだ。俺は一つも迷うことなくお屋敷の柵をよじ登った。後で聞いたことだが、普段から正門には錠をかけておらず、門から入れば変に危ないこともなかったようだったが。彼女は窓を少しだけ開けて潜めた声で言った。

"貴方もこれが気に入ったのですか"
小鳥のように済んだ声だった。

 素直にとても綺麗に飾られていて好ましく思ったことを伝えた。
宝石のようにキラキラとした目を大きく開いて彼女は言った。

"実はこれは父から貰ったものなのですが、あなたに一つだけお譲りします。きっと同じように大事にしてくださるでしょうから"

 若干の後ろめたさを感じながら俺は、その作品を作ったのは自分なのだと、ここにどのようにして運ばれてきたのか、どうしても夜にここ景色を見たくてここにやってきたのだということを洗いざらい話した。
 金の髪が揺れる。ライラはさらに目を輝かせて驚いた。
”月に一度運ばれてくる不思議な贈り物で楽しみにしていましたの。私は生まれつき身体が弱くて、外に長い時間出ることができないのです。だけど父が私にくれるこの針金の動物達のおかげで、自分の部屋で居ることが退屈では無くなりました。本当にありがとうございます”
その笑顔は、今まで見たものの中でもっとも美しかった。

 俺はその日から、彼女のために作品を持ってくることを約束した。領主の娘ような高貴な立場のものに俺のような田舎者が白昼堂々会うわけにもいかないから、夜になって、こっそり馬を走らせた。彼女が窓際にいないときは、窓を小さくノックする。バタバタと慌てた様子で窓際にやってくる彼女の姿が可笑しかった。幸せな日々だった。
 それまで以上に作品作りに熱中して足繁く彼女のもとへ通った。いつも俺の新作を受け取ってはは、うっとりとした顔で隅々まで見て、それからじっと窓際に並んだ作品達を見て作品の配置を決めていた。それが終わると少しの間、話をするんだ。次のワイヤーアートのことや最近会ったこと、何でもない話をするんだ。そんな短いやり取りの中でも彼女はいつも笑顔だった。まるで彼女の身体そのものが光っているんじゃ無いかってくらい、暖かくて、見つめれば見つめるほど眩しいくらいの人だった」

それまで穏やかながら流暢に話していたタンゲさんの口が閉じる。
思わず彼の顔をのぞき込む。やはり目は開いておらず、それでいてぎゅっと固められた布のように皺が顔中に深く刻まれていて、苦しそうだった。

「ライラは生まれつき、心臓が弱かった。日の光に当たりすぎたり、激しい運動をすると、心臓に負担がかかる。
 それでもあれほど若くして亡くなる必要があったのだろうか。ある夜いつものように屋敷の窓に近づいてノックをしても、彼女はすぐには寄ってこなかった。しばらくして、突然窓際に飾ってあった針金の動物達が一斉に光り出したんだ。彼女がスイッチを入れたのだろうと思ったけれど、それからどれほど待っても彼女は顔を見せることなく、仕方なく俺はその日は家に帰った。夕方になって、彼女が亡くなったという話を聞いた。突然暗闇に突き落とされた気分だった。頭ではそんなのは間違った噂だと否定したかったが、前日の夜のことを思い出して、本当に彼女はいなくなってしまったのだろうと、直感的に分かってしまった。
 それからというもの、昼間の仕事に集中できず、ただ食事を取るだけでもどっと疲れて、それでいて、夜になると無性に目が覚めてしまって、寝るに寝られぬ日々が続いた。絶望の中で俺は針金を弄ることだけはやめなかった。もう見て欲しい相手が居るわけでは無いのに、無心で形を作り続けた。そして、頭にかかった靄みたいなものがとれて、冷静に物事を考えられるようになったときにはもう俺は夜の住人だったわけだ」

頭部がしっくりと結びついて、勇ましい姿の馬が完成した。
タンゲさんの話を聞いて納得がいった。

「じゃあ心臓は電球・・・」
タンゲさんは驚いた顔を私に向ける。それに、マツリまでじっと私を見つめていた。
「空白って首の下の所よね。確かにそう見えなくはないけれど」
タンゲさんは吹き出して、笑い始めた。
「気づかないうちに、ライラが飾りやすいように作品を作っていたのかもしれんな」
それだけいうと彼はしばらく笑い続けた。

「なんで心臓だって思ったの、位置・・・だけじゃないよね」
マツリは私の手にその冷たい指を絡ませながら聞いた。
「その、電球って強く光りつづけると、すぐに壊れちゃうって聞いたから・・・」
顔全体が熱くなるのを感じながら私はなんとか答える。
マツリが私の肩に寄りかかってくる。
「爺さん、シクンが言ったとおりだよ。さぞライラさんは綺麗だったんでしょうね」
マツリは非常に満足げだった。

もうすぐ夜明けだ。東の空がだんだんと明るくなってきた。
タンゲさんは針金の馬を大事そうに抱えながら、立ち上がった。
「また顔を見せに来るといい。ただ俺たちのようにならんように本当にたまにでいい。といっても俺には何も見えないんだがな。」
 彼は森の奥へと歩いて行った。

「やっぱり、見えてなかったんですね」
「まあヤライだからね」
マツリは私の肩に寄りかかったまま呟く。
 私は身体の右側の熱さに抗いながら答える。
「関係あるんですか?」
「さあ、どうだろうね」
結局の所マツリに連れてこられて、タンゲさんというヤライのことについては知ることが出来たが、ヤライそのものについて何か知り得たのかというと微妙なところだった。
「ヤライってつまり一体何なのですか?」
「あら、いろいろ分かってくれてと思ったけどなあ」
マツリはぐっと私の肩に手置いて力を込めて立ち上がった。私は逆に座りながらよろけてしまう。
「まず第一に、私たちヤライは人のことを襲わないということかな。」
確かに今日もタンゲさんに私を害する気配は見られなかった。それどころか初対面の話に、とても大事にしてきたであろう思い出を語ってくれた。
きっとヤライは人間に悪意を持っていない。だとすれば、村の近くでたまに見つかる無惨な死体は一体誰が・・・

「それから、私たちヤライは何かを生み出すことが好きなんだ。私は綺麗な歌を歌っていたいし、タンゲ爺さんはワイヤーアートと眩しい光に夢中になったんだったね。」
「二人以外のヤライもみんな、何かを創るってことですか」
「少なくとも私の知っているヤライは全員洩れなく、何かに囚われちゃってるね」
”囚われている”という言葉が頭に残っていた。ヤライ達は望んでそうはなっていないんだ。タンゲさんみたいに何か原因があってそうなっている。
それはマツリも例外なくそうなのであろう。彼女はいつか私にそれを話してくれるだろうか。

「でも今の話が本当なら、人間がヤライを恐れる理由はないですよね。人は襲われないし、あの歌を聴かせてもらうことだって出来るかもしれない」
「いや、人間は正しいと思うよ」
意外な答えにどう返せばいいか分からなくなる。
「人間がヤライを恐れることは何も間違ってはいないのよ。ごめんね」
何に謝ったのだろうか。そんなに哀しそうな声を出すくらいなら言わなくてもいいのに。思わず私は近づいて、彼女の手を握った。いつ触れても冷たい手だ。
マツリは空いたほうの手で私の頭を優しく撫でたあと、手をするっと私の両手から抜いてしまう。
彼女は右足を軸に一回転半して振り返る。
「今日の最後にもう一つヤライについて教えてあげるわ」
 
東の空が青白く色づいている。
「ヤライは日の光に当たると灰になるの」
マツリはタンゲさんが行った森の奥へと駆け出した。突然のことに私は追いかけることが出来なかった。

「またね!」
森の奥で手を振る彼女は朝霧のように白く、淡く、気づくと見えなくなってしまった。


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