うつ病患者になってからのこと⑤~結婚生活の終焉へ~


ずいぶん久しぶりの投稿になってしまいました。
いよいよ、最初の結婚が破綻する過程を投稿します。

やはり記憶障害のため全く覚えていない部分も多いですができるだけ思い出しながら書いていきます。


ある日私は一人で市役所の学校教育課にいました。娘の給食費の免除と学用品代の支給を求めるためです。
手続きが終わったとき、係の方が「おかあさん。国や県や市はもっとおかあさんの現状を助けることができますよ」と、言われたのです。

わたしは「へっ」とぽかんとしてしまいました。

そんな私に精神障害者手帳と生活保護と母子手当と無料弁護士相談の窓口を紹介してくれました。順番に窓口を回って説明を聞きました。大変お恥ずかしい話が、それまで日本の社会保障がこんなにも整っていると知らなかったです。若干救いを感じながら最後に無料弁護士相談を訪れました。

もう夕方になっていました。弁護士さんの後ろの窓から夕日が逆光で差し込んでいます。問われるままに我が家の悲惨な経済状況を答えました。

そうです。その時点で我が家は経済的に破綻していました。
家や車のローン、各種クレジットカードの支払い等が計算することもできないほどかさんでいたのです。リビングの机の上には黒いはがきにでかでかと「警告」とかかれた警告書がいくつも積まれていました。各種金融機関の返済を促す最後通告です。悲惨な光景でした。

話し終わったとき弁護士さんは私をじっとみて「死ぬことを考えていませんか」と聞いたのです。その言葉は心にストレートに刺さりました。涙がひたすらに溢れます。その頃私は毎日、この状況から逃れるには一家三人で死ぬしかないと考え始めていました。
でも、未来のある娘は巻き添えにできない、でも、一人でおいてもいけないと考える毎日でした。

弁護士さんは「死なないでください。まだ人生を立て直すラストチャンスがあるんです」と説明を始めました。

債務整理の説明でした。自己破産です。デメリットも多い起死回生のラストチャンスです。
10年ほどいわゆるブラックリスト入りです。大きな不自由が伴います。
何よりも債権者に申し訳ないです。二度とお天道様の下を歩いてはいけないんじゃないかという気持ちになりました。

帰宅後夫に債務整理の話をしました。反対するかと思いきや何年も見たことがなかった笑顔で「なんだ。金って返さなくていいんだ」と言ったのです。

「えっ。なんてことをいうんだろう」そのとき初めて夫との未来に疑問を抱きました。

それでも二人で作った債務です。いっしょに手続きをすすめました。自宅に買い手がつき明日は不動産会社に行き引っ越し先を相談しようという夜でした。私は入浴していたのですが突然「このまま夫と暮らしていてはいけない!」と衝動的に思いました。債務整理ができてもおそらく夫は何も変わらない。私のためにも何より娘のためによくない。私と可愛い娘の人生の大逆転をかけて離婚しよう!
強く決意しました。

さすがに夫に切り出すのはしばらく悩みました。ある日意を決して夫に切り出しました。なんとあっさり「いいんじゃない」といったのです。拍子抜けしました。特に揉めることもなく離婚届を書いて夫は出ていきました。

これが最初の夫との別れです

当時は出て行った夫の気持ちは全くわかりませんでした。最近になって少し理解できる気がします。
夫はかわいそうなほど弱い人だったのでしょう。責任をもって家族を守っていくことができない人だったのかもしれません。家族に対する責任がなくなったときほっとしたのかもしれません。私が夫も守っていく覚悟があればよかったのかもしれません。しかし当時の私には到底無理なことでした。

うつ病を抱えた私と娘の二人暮らしがスタートしました。








私がどん底の中で立ち直るきっかけをくれたのは、ある“推し”の存在でした。
その存在が、私のうつ・離婚・人生のすべてに光をくれたこと。

その全記録を有料noteにまとめています。

少しでも「わたしと似てるかも」と思った方へ、届きますように。

→ 有料noteはこちら



いいなと思ったら応援しよう!