Ⅳ記憶―見えなかった傷、見えた光/彼に届くまでの手紙たち
というのは、私のただの思い込みだったらしいと気づいたのは最近だ。
透明な私に光が反射して傷か見えなくなっているだけにすぎなかった。
私は親より10歳上の友人がいる。その人との関係性の中でできた深い傷が私の中にあるのを確かめた時、傷を癒すために必要なものが目から流れた。口に入ってきたそれはしょっぱかった。
家の近くの田んぼの土手に赤い彼岸花が咲き始めていた。
「華梨ちゃん、もう授業終わったの?」「うん。今日は昼までだったの。ねえおばさん、今日も家に荷物を置いたら遊びに行ってもいい?」「…お母さんがいいって言ったらおいで。」おばさんは笑った。
小学生の頃から近所のおばさんの家に行ってはおしゃべりをしていた。私はおばさんと話すのが好きだった。
「華梨ちゃんは、将来どんな人になりたいの?」
「大工さんとか。絵描きさんとかかな〜?」
キッチンで紅茶を赤いとんぼが何匹も描かれた綺麗なカップに注ぎながら、ぼーっと空を眺めている私におばさんは聞いてくれた。
「そっか、華梨ちゃんは何かをすることと、何かになることって何が違うと思う?」
「……難しい、どういうこと〜?」
「What’ll want to be? とWhat’ll want to do ?の違いは習ったかな?」
「授業で、Be動詞は持続的で、Do動詞は一時的な動作のことを言うって先生が言ってた」
「そうそう」
私は、なんとなくおばさんが私に聞こうとしていたことが何なのかわかった気がした。
少し考えて私は、「人を喜ばせられる人になりたい。」と言った。
「そっか、素敵だね」
おばさんが言った。嬉しかった。
私とおばさんは似ていた。
おばさんはいつでも自然に素敵な言葉で自分の考えを伝えられる人だった。私の憧れであり、心の底から嫌われたくない唯一の人だった。
今になって、あの頃の私は自分の考えをおばさんのような素敵な言葉で伝えようとしていたというよりかは、おばさんにとって心地の良い人間になろうとしていたのだということに気づいた。
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