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昇級しなかった痛さは、金額そのものじゃない

新年度に昇級がなかった時、きついのは数万円の差そのものではない。

本当にきついのは、

なぜ上がらなかったのか。
次に何を満たせば上がるのか。

この二つが見えないことだ。

人は、忙しいだけならまだ耐えられる。

仕事が増える。
責任も増える。
面倒な案件も回ってくる。

それでも、

「これは次につながる」

と思えているうちは、まだ踏ん張れる。

しんどくても、自分の中で意味をつけられるからだ。

ところが、昇級を見送られたうえに、

理由が曖昧。
評価基準も不明。
次に上がる条件も見えない。

となると、話は変わる。

この時に起きるのは、単なる不満ではない。

見切りだ。

「今回は届かなかった」

ではなく、

「この先も上がらないのではないか」

と考え始める。

この瞬間から、会社の中での動き方が変わる。

余計な仕事を引き取らなくなる。
周囲の穴を埋めなくなる。
火消し役に回らなくなる。
改善提案もしなくなる。

辞める前に、まず余力が消える。

会社側は、ここを見誤りやすい。

昇級できなかった社員を見て、

「給料に不満があるのだろう」

と考える。

もちろん、金額も大事だ。

ただ、金額だけならまだ説明がつく。

原資がない。
枠がない。
今回は他の人が優先された。

納得できるかどうかは別として、理由が示されれば、社員は次の動きを考えられる。

本当にまずいのは、説明のない据え置きだ。

なぜ上がらなかったのか分からない。
何を改善すればいいのか分からない。
そもそも改善すれば上がるのかも分からない。

これでは努力の向きを決められない。

すると社員は、努力を増やすのではなく、損を減らす方向へ動き始める。

任された仕事だけをやる。
責任の曖昧な案件には近づかない。
誰かが困っていても、自分からは拾わない。

これは、やる気をなくしたというより合理的な防衛だ。

追加で動いても評価されない。
成果を出しても基準が見えない。
責任だけ増えて、等級は変わらない。

そう学習した人に、これまで通り自発的に動けという方が無理がある。

会社から見れば、社員は辞めていない。

だから問題は起きていないように見える。

だが実際には、

前より拾わない。
前より考えない。
前より背負わない。

在籍はしていても、戦力としては静かに目減りしている。

昇級を一回見送れば、人件費は少し抑えられるかもしれない。

しかし、その代わりに失うのは、文句を言わずに現場を回していた人の余力だ。

今までその人が無意識に拾っていた仕事が残る。
誰かのミスを埋めていた動きが消える。
面倒な案件が管理職へ戻ってくる。

表面上の人員は変わらないのに、現場だけが少しずつ回らなくなる。

昇級を見送ること自体が、必ず悪いわけではない。

評価が足りないこともある。
枠や原資の都合もある。
全員を上げられない事情もあるだろう。

ただ、見送るなら説明が必要だ。

なぜ今回は上がらなかったのか。
何が足りなかったのか。
次に何を満たせば上がるのか。

少なくとも、この三つは言葉にしなければならない。

そこが曖昧なままだと、社員は、

「今回は届かなかった」

ではなく、

「何をしても上がらない」

と受け取る。

この違いは大きい。

前者なら、まだ次を目指せる。

後者になった瞬間、人は会社のために余力を使わなくなる。

昇級しなかった痛さは、金額そのものじゃない。

この先も報われないかもしれないと悟る瞬間が、一番きつい。

そして会社が失うのも、退職者の数だけではない。

その前に、自分で動く人の余力を失う。

説明のない据え置きは、人件費の節約ではない。

自分で動く人から順番に冷やしていく、一番まずいコストカットだ。

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