ストーリーズの中の、わたしの痕跡
推しの質問箱に採用されると、それだけで半日くらい余裕で生きられる。
これ、オタクじゃない人に説明するとだいたい伝わらない。
「それって誰にでも送ってるやつでしょ?」とか、「名前出るわけじゃないんでしょ?」とか。
そうなんだけど、そうじゃない。
あれはもう、“接触”なんだと思う。
接触イベントでもないし、リプが返ってくるわけでもない。
でも、自分が打った言葉が推しの視界に入って、選ばれて、あのフォントとあの背景でストーリーズに載る。
その一連の流れが、「確かに通った」という実感を生む。
しかも質問箱って、地味に競争率が高い。
みんな送ってるし、タイミングもあるし、内容も多少はセンスが問われる。
ただの「好きです!」じゃ弱い気がして、ちょっと気の利いた言い回しを考えたり、推しのテンションに合わせたりする。
あの数分間、わりと真剣に“最適解”を探してる。
で、載ると。
まずスクショ。反射で撮る。
たぶん同じ画面、5回は見てる。
拡大して、自分の送った文面と推しの返答を並べて、「これ自分だよな?」って確認する。
当然名前なんて出てないのに、めちゃくちゃ“自分宛て感”がある。
ここが一番バグってると思う。
何百人のうちの一人なのに、なぜか「ちゃんと拾われた」感じがする。
しかも、推しの言葉って、ほんの一言でも妙に解像度が高い。
たぶん普段から見てるから、文体とかテンションとかが身体に入ってるんだと思う。
だから、効く。
通知欄に何か来たわけでもないのに、脳内ではちゃんと“報酬”として処理される。
ドーパミンってこういう時に出るんだな、みたいなわかりやすさがある。
で、その報酬が意外と長持ちする。
通勤中とか、仕事の休憩中とか、ふとしたタイミングで思い出して、もう一回スクショを見る。
そのたびにちょっとだけ気分が上がる。
結果として、「今日はまあいけるか」というラインが底上げされる。
半日、生きられる。
たぶんこれ、かなりコスパがいい。
ライブに行くわけでも、積むわけでもない。
無料で、数分の労力で、ここまで情緒が回復する。
だからこそ、やめられない。
「また載るかもしれない」が発生するから。
ストーリーズを開く頻度が上がるし、質問箱が来たらとりあえず送る。
ちょっとでも“拾われやすそうな角度”を考える自分もいる。
もはや軽いゲームに近い。
でも、これを全部「依存」とか「承認欲求」で片付けるのも違う気がする。
もっとシンプルに、
“好きな人に届いたかもしれない”っていう感覚が、普通にうれしいだけだと思う。
現実の距離は変わらないし、関係性も増えない。
それでも、「ゼロではない」瞬間が一回でも発生すると、世界の見え方が少し変わる。
だから今日もたぶん送る。
どうでもいいようで、ちょっとだけ考えた一文を。
既読もつかない場所に投げるみたいに。
で、もしまた載ったら、
同じようにスクショを撮って、何回も見返して、
「しばらくは大丈夫だな」って思う。
それで回っていくなら、それでいいと思ってる。
